6-7 アンデッド分離手術
だが、どういうことだろう。
俺の脳内を、疑問が駆け巡った。
だってそうだろ。こいつは単なる転生失敗者ではない。これまで俺が出会った転生失敗者は、闇の幽霊のような存在だった。だがこの男は、アンデッドに体が埋まっている。言ってみれば、存在のあり方が全く違う。
「……ヴェーヌス、お前は魔族だ。呪いについては詳しいだろ。これをどう思う。転生者が誰かに呪われて、アンデッドになりかけたとかか」
「そうは思わん」
厳しい瞳のまま、ヴェーヌスは首を振った。
「転生とやらに、こやつは失敗したのだ。おそらく普通ならそこで魂が完全に消え去る。あるいはこれまで出会った失敗者のように、運良く彷徨える魂となるか」
いやあれが「運良く」なら、他は悲惨の極地だろ。
「おそらく、魂が転生した時空に、アンデッドがおったのだ。そこで魂がアンデッドに吸い込まれた」
「モーブ様、それは御霊下ろしです」
アヴァロンが口を挟んできた。彼女はのぞみの神殿で代々神と草薙の剣を祀ってきた巫女の一族。心霊現象には詳しい。
「言ってみれば降霊術と同じ。普通は巫女や霊媒に御霊が下りる。ですが今回は、たまたまそこにいたアンデッドに、魂が吸われてしまったのでしょう」
「アンデッドに魂が上書きインストールされたってことか」
そりゃ駄目だな。人間とアンデッドだ。クリーンインストールならまだしも、BIOSやOSレベルで異なる存在に上書きなんかしたら。パソコンやサーバーなら、二度と起動しなくなっても不思議じゃあない。
「この方は、混乱し切ったアンデッドの魂に驚き、抜け出そうとした。だから半身だけ現れたのです。ですが……」
「吸われた部分が同化していて、ここまでしか逃れられなかったってことか」
「おそらく」
「そうか……」
「どうやって救うんだい、モーブ」
ニュムに見つめられた。
「呪われた魂だよ。やっぱり……」
アールヴは呪力に優れている。最後まで言わなくてもわかる。これまでの魂同様に、消失させてあげてくれってことだろう。
「んなーん」
俺を見上げて、猫も鳴いた。なんだよお前、早く救ってやれってか。まあこいつ……そう言えば転生失敗者に寄り添っていたんだもんな。なんか猫なりの使命感みたいなのがあるのかもな。
「……いや、少し考えさせてくれ」
そうしても良かった。たしかにそれで、この魂は消える。苦しみから解放された。……でもそれでいいのだろうか。転生者は、言ってみれば俺と同類だ。「解放」という名目であっても、存在を消す……つまり殺すことに違いはない。
それにこれは「謎解き」だ。もっといい解法があるはずなんだ。だってそうだろ。サダコにしても俺は、囚われの魂を解放して、故郷で祖霊としての安寧を見つけてやった。それこそ「課題を解く」ってことさ。テスト問題を前にして問題自体を消しゴムで消滅させるのは、「解いた」とは言えないだろう。
「間違ってインストールされたんだから、アンインストールしてやればいいのさ」
言い切ると、全員の視線が俺に集まった。
「このアンデッドから、転生者の魂を切り離す」
「どうやって」
「こうするのさ、マルグレーテ」
闇落ちして裏ボスとなったブレイズ。ブレイズが遺してくれた闇の無銘剣を、俺は引き抜いた。真っ黒の煙が、途端に溢れ出す。
「この剣には、あらゆる存在の抹消スキルがある。これでアンデッドを消してやればいいのさ」
俺はみんなを見回した。
「そうすれば、転生者の魂だけが残る。こいつは別に失敗したわけじゃない。単に重なっただけ。アンデッドさえ消滅したら、転生者としてきちんと生を受けるはずだ」
「そ……そうしてくれ。つ、辛いんだ」
謎の転生者の体は、ゆらゆらと苦しげに揺れている。
「でもその剣でそのスキルを使うと、使用者に致命的な反動が……」
マルグレーテの瞳が、じわりと潤んだ。
「わたくしは嫌よ。他人を救うためにモーブが命を落とすなんて」
「大丈夫だよ、マルグレーテ」
「どうしてそう言い切れるのよ」
「思い出せよ、このスキルの条件を。『敵存在』に抹消スキルを発動した場合、使用者に致命的反動あり、だ。ヴェーヌスが鑑定してくれた。そうだろ」
「まあ……そうだ」
ヴェーヌスは、眉を寄せたままだ。
「今回は敵抹消じゃない。哀れな魂を救うために使うんだ。だから俺に反動はないはず」
「でも消すのはこの人じゃないよ、モーブ」
ランが首を傾げた。
「消すのはアンデッドでしょ。それってモンスター。……つまり敵じゃないの」
痛いところを衝いてくるな。俺もそれは少しだけ悩んだ。
「このアンデッドからはすでに意思も意志も抜けている。それが証拠に、俺達を前にしても襲いかかってこない。魔物としての本能はもうない、ただの抜け殻だ。転生者と融合した瞬間からな」
「でも……」
「それに敵に使ったとしても、必ず俺が死ぬと決まったわけじゃない。実際、アドミニストレータを倒したときも、俺には反動がなかった。誰の人生にも一回ある大勝負の場だけは、運命のストリームに抗えって、居眠りじいさんが言っていた。俺はその賭けに乗って、運命って野郎に勝ったんだ。だから今回だって大丈夫さ」
「……」
ランはなにも言わなくなった。黙ったまま俺に寄り添い、胸に顔を埋めるようにして抱き締めてくれた。
「……うん。モーブならできる。きっとできるよ」
ランの体……いや魂から、労りの心が流れ込んできた。俺を賦活するかのように。
「だってモーブだもん。私の命を救い、ここにいるみんなを助けて……それに世界を救ってくれたモーブだもん」
「ありがとうな……ラン」
「モーブ……」
背伸びしてきたランに、口づけした。ランの体の、いい匂いがする。俺を落ち着かせる。柔らかな唇からも、なにかのエネルギーが流入してくる。
「……頑張って」
唇を離したランが呟く。
「まあ見てろって」
改めて、闇の無銘剣を構えた。
「この剣で、アンデッドの魂を切除する。転生者から。……あんたの名前は」
「……ショウ」
「お前も現世で死んだんだろ。事故か病気で。そんときいくつだったんだ」
「十六。……腫瘍の手術に失敗したんだと思う。最後の記憶が麻酔だったから」
「なんだ若いな。安心しろ、ショウ。俺がきちんと転生させてやる。腫瘍からも解放された、楽しい人生が待ってるぞ。まあ……異世界だから日本ほどのんびりはできないけどさ」
「……頼むよ」
「よし」
みんなを下がらせると、集中に入った。魂の輪郭を思い描き、アンデッドの肩に剣を置く。このまま斜めに切り裂いていけば、魂は分離できるはず。そうすればアンインストールされた魂が、この世界のアバターとして展開されるはずだ。そう作ってあるんだからな。アルネ・サクヌッセンムが。
「始めるぞ」
俺の剣は、アンデッドの体に入っていった。なんの抵抗もなく。すっと。




