6-5 謎幽霊サダコのお座敷
「どうする、モーブ。さっそくその幽霊さんを探しに行く?」
ランに見つめられた。
「謎解きは、『魔道士にして魔道士ならざる者の、無念を晴らせ』でしょ。詐欺師さんに利用されたその人は、監獄で死んじゃった。幽霊になってるに違いないよ」
「それなんだがな、ラン。ひとつ引っかかることがあるんだ」
「なあに」
「この木の子野郎のクエストは、人探しじゃなくて謎解きだ」
「うん」
「なら幽霊探しに俺達があちこち行くのは違うんじゃないか」
「そうかなあ……」
「だってそうだろ。仮にその幽霊がその獄中で地縛霊になってるとするなら、俺達はそこをまず探し、現場まで行かないとならない。次に現地の大審判に抗議するなりなにか新証拠を見つけて提出するなりして彼女の名誉を回復し、無念を晴らして成仏させたとする。そうしてこの場所に戻って来る。……どうだ」
俺は首を振ってみせた。
「そうね。わたくしにも、モーブの言いたいことがわかってきたわ」
「それもそうよね」
マルグレーテとリーナ先生も頷いている。
「たしかに……」
ヴェーヌスが腕を組んだ。
「何日も掛かるのう」
「下手すれば何か月かよね、モーブくん」
リーナ先生は、頬に手を当てた。
「ええリーナ先生。その間、飲まず食わずのレミリアとスレイプニールはどうなる、って話さ。そうだろ、みんな」
「あたし、おしっこ漏れちゃうよ」
レミリアが網を揺らした。
「……そこかよ」
なんだかアホらしくなった。いやそれよりでかい問題があるだろ。てか迷いの森のトラップで漏らしそうになったの、よっぽどトラウマになってたんだな。
「ドーナツも食べたいし」
「わかったわかった。……なあヴァパク、この出題自体が謎解きの一環だろ。ほら、幽霊出せよ」
「……さすがに引っかからんか」
ヴァパク・ソーマは、感心したような声を出してみせた。
「見た感じ、リーダーの男は大馬鹿に思えたのだがな」
「余計なお世話だ。みっつの謎解きだろ。どれもそんなに時間が掛かるはずはないからな」
「謎さえ解ければ……ですよ、モーブ様」
アヴァロンに釘を刺された。まあそうなんだけどさ。三人寄れば文殊の知恵。俺達は十人+猫一匹だ。なんとかなるだろ。
「では呼び出すとするか。はあーっ」
残念無念と言わんばかりにヴァパクは、わざとらしい溜息をついた。こいつ本当に神様か。狼神アルドリーとずいぶん違うじゃんよ。
「サダコさーん」
「はーいーっ」
森の奥から声が響いた。女の娘だが、意外に低い声だ。
「十三番で、お座敷だーよーっ」
「はーいーっ」
気のせいか、嬉しそうに響く。
「はあっ。ちゃらすかてれつくすとろこどん、ちゃらすかてれつくすとろこどんっ」
大木の背後から白装束の女がひとり、手足を振りながら出てきた。ゆっくりと。阿波踊りでも踊るかのように。スリムな感じのかわいい系美人だ。
「これはまた、こんち旦那様とお嬢様方ご機嫌ですねっ。私はサダコ。今後ともご贔屓にーっ」
「いや今後もクソも、このクエスト終えたらとっととこの森を出るわ」
「これはまたきついひと言ぉっ」
自分の額をぽんと叩いた。
「なんかイメージ違いますね」
いつもは真面目なカイムが呟いたので、噴き出しそうになったわ。ハイエルフも呆れるおちゃらけ加減というか。こいつ本当に悲劇の幽霊か。
「久し振りのお座敷、このサダコ、今日は精一杯芸を見て頂きましょう」
「いや別に芸とかいらんし」
芸者遊びの太鼓持ちだなーまるで。前世社畜時代、役員の営業に連れ出されてお座敷遊びしたことあるわ一度だけ。まあ俺は単に「馬鹿になりきって商談相手を笑わせる」役だったけどさ。
「旦那は、モーブ様ですね。ひとつ野球拳でもどうですか」
「いや幽霊を裸にひん剥いても仕方ないし」
「幽霊じゃエッチなことはできませんもんね。それに旦那、お仲間多いし、エッチには困っていないと見えます。これは艶福だ。わははははっ」
のどちんこ見せて大笑いする。……なんだよこいつ。詐欺師に利用されて悲惨で短い人生を終えたってのに、キャラおかしいだろ。それに艶福とか、ずいぶん古臭い言葉使うな。マジ、太鼓持ちじゃんよ。
とっ捕まったレミリアとスレイプニールには悪いけど、なんだかどんどん馬鹿らしくなってきた。
「まあいいや。おいサダコ。お前の無念、俺が晴らしてやる」
「よっ。さすがお大尽っ」
「お大尽の誤用ね。モーブはお金持ちじゃないわよ」
冷静に、マルグレーテがツッコむ。
「早くお話しなさい。なにが無念なの」
「それなんですがね、旦那」
急に表情が変わると、悲しげな瞳となった。潤んだかと思うと涙がひと粒こぼれ落ちる。まあこっちは全員、呆れて見てるだけだが。
「私には魔導力はなくてですね。ただ……子供の頃から不思議な力があった。触りもしないのに物を動かせたり。それに箱に密封したまっさらな白紙に、焼き付けるように文字を書き込めたり。両親は特に驚いてはいませんでした。ただ、それをなるだけ隠そうとはしました。でもある日、私は山賊にさらわれて……」
「子供の頃から、他人の考えが読み取れたりもしただろ」
「これはっ!」
目を見開いた。
「よくおわかりで。さすがモーブ様はお大尽ですねっ」
「誤用」
「そうか……」
わかったわ。こいつ魔道士じゃなくて、超能力者だ。さらわれるか安く買われるかして大魔道士に仕立て上げられ、詐欺師の商売道具にさせられてたってことか。
「このゲーム世界に超能力者……か」
あり得ない。羽持ちというわけでもなさそうだし、ナチュラルボーンサイキックとか。ここファンタジーゲームの世界だぞ。……いや。
なにかが頭の隅をかすった。前世の、プレイヤー時代の記憶が。
「……」
そういや「失われた大陸」地方辺境に、「古代の研究所跡」ダンジョンがあった。あそこでは魔導アンドロイドとか、ちょっとSFっぽいモンスターがちょろちょろしてた。中ボスもなんかそういう厨二モンスターだったし。
あの研究所ははるか昔に滅びた廃墟だったが遠い過去、あそこで研究対象になっていた特殊な人間がいても不思議ではない。その末裔が、周辺に根付いていたとしたら……。
「……お前の両親、この大陸の生まれじゃないだろ」
「はい。両親は従兄妹同士。場所は知りませんが、とある事情で赤ん坊の頃、村を旅立つ人に養子として預けられてこの大陸に……」
やっぱりか。転生後、俺は新旧ふたつの大陸を彷徨ったけど、失われた大陸にはまだ行っていない。
「お前はな、場違いなところで育ったんだ。さらわれて事情をなにも知らない悪党に買い取られ、詐欺のネタとしてこきつかわれてな」
「……」
「だからお前は、故郷に帰れ。お前のルーツに。能力のある人間の里の近くで、祖霊となれ。そうすれば無念は晴れる」
「心に安寧が訪れるのだな、モーブ」
「そうさシルフィー。それが彼女のためだ。……もう無理に明るく振る舞わなくてもいいぞ、サダコ」
「……ほ、本当に」
信じられないといった表情のサダコに見つめられた。
「で、でも……私、一族の故郷のこと、なんにも知らない」
「失われた大陸だ。そこに古代の研究所跡という廃墟がある。……おいヴァパク」
「……なにかな、モーブ」
「お前はふざけた野郎だけど、曲がりなりにも神様だ。この哀れな幽霊を、そこまで飛ばしてやれ。なに肉体を失った魂だけだ。物理的移動じゃないんだから、神格ならなんとかなるだろ」
「うむ」
傘を揺らすように頷くと、レミリアとスレイプニールが中でごろごろ転がった。いたたたた……とか愚痴ってて笑う。
「それはたしかにいい案だ。サダコはなんとか成仏させてやりたかったが、余には方法のわからなかった。それに故郷に返すとしても、その場所もわからなかったし」
器用に、傘を捻ってみせた。
「いいかサダコ。これからその場所に転送しても」
「もちろんです師匠っ」
サダコが叫んだ。てかヴァパクって幽霊の師匠だったんか。……なにを教えてたのかは知らんが。
「でもちょっと待って下さいっ!」
言うや否や、歩いてもいないのに俺のすぐ脇にいた。首に手を回してきて……。
「……」
「……」
「……っ……と」
唇を離す。
「へへーっ。これでもうモーブの旦那は私のモノ。まあ……死んだ後の予約だけど」
「ちょおっとおっ」
マルグレーテが大声を上げた。
「キスくらいなら許すけど、死後独占ってヒドいじゃないっ」
「モーブはあたしや仲間のものだ。死んでからもなっ」
「そうだよっ。死んでもモーブは僕がもらうよ。ホントにもうっ」
ヴェーヌスやニュムも主張する。いや嬉しいは嬉しいが……死ぬ死ぬ言わんでほしいわ。俺はまだ当分、死ぬつもりなんてないし。
「ええーっ。みんなはこの世でモーブの旦那とさんざんっぱらエッチなことしまくるんだからいいじゃん。私は現世ではできないし。死んだ後くらいちょうだいよ、ケチ」
「断る」
「お断り」
「んなーん」<猫
「……ならみんなの仲間になりなよ。天国で。それならサダコさんもお嫁さんだよっ」
ランの提案に、サダコの顔がぱあっと明るくなる。
「決まりーっ」
さっと消えると、ヴァパクの隣に出現する。
「ならもう心残りはない。すぐ飛ばして下さい、師匠。ルーツを共にする人達を見守って暮らしたい。今すぐ」
「うむ」
茸神が重々しく頷いた瞬間、もうサダコは消えていた。
「彼女は転送した。故郷の土地の、村外れの古井戸の底に」
おいおい。それヤバくね。まさか井戸から這い出してきて魔導テレビの画面から抜け出てこないよな。まあ……魔導もクソも、この世界にテレビなんてないけどさ。
「よし」
俺は手を叩いた。
「これで一件落着だ。俺は謎解きに成功した。さ、レミリアとスレイプニールを解放しろ。約束だぞ、ヴァパク」
「……あと二問あるではないか、馬鹿者」
くそっ。さすがに騙されないか。はあーっ……。




