6-4 第一の謎解き「偽魔道士の無念」
「みっつも謎解くのかよ。めんどくさっ」
思わず口を衝いた。
「ひとつでいいだろ。ドケチ木の子め」
「嫌ならこの娘と馬は、余が栄養としよう」
「はあ? 食虫植物みたいなことすんのかよ。二匹捕まえたんだから、せめて謎ふたつでいいだろ」
「モーブったら、あたしは『匹』じゃないもん」ぷくーっ
レミリアの奴、怒って網目の罠をがさごそ揺さぶってやがる。
「悪い悪い。流れでついさ」
「残念ながら、ふたつでは余が困るな。みっつだ」
「くそっドケチめ。それでも神様かよ」
つれない野郎だな。
「なんとでも言え。ああそろそろ、消化液を出すかのう……。エルフなど食べるのは何百年ぶりであろうか」
「モーブっ!」ゆさゆさ
「……」
俺は溜息をついた。やるしかないな、こりゃ。見回すとみんなも、俺の対応を待っていたし。
「わかったよ、茸神ヴァパク・ソーマ。はあーっ……。ほら、謎を出してみろ」
「うむ。よい心掛けである。第一の謎掛け、それは……」
こっくり。傘が頷いた。
「魔道士にして魔道士ならざる者の、無念を晴らせ」
「はあ? なんだそりゃ」
俺の声は、深い森の中に消えていったよ。まず謎の意味からわからないのに、どうすりゃいいってんだ、これ。
「ヒント出せ、木の子野郎」
「余からの暗示、手掛かりはな……モーブよ」
もったいぶるかのように、ひそひそ声になる。
「ない」
「この野郎ーっ」
「剣など握り締めても詮無き事」
飄々としてやがる。
「謎を解け、モーブ」
「ねえモーブ」
マルグレーテが、俺の袖を引いた。
「魔道士じゃない魔道士でしょ。あれのことじゃないかしら」
「あれ?」
「辺境の宿で聞いたじゃない。昔、世界を放浪している謎の大魔道士が居たって」
「なんだっけ、えーと……」
考えた。たしかにどこかの酒場で、なにか小耳に挟んだような……。
「強い力だったけど、魔導力じゃなかったって話だよ、モーブ」
ランが言い切った。記憶力抜群だからな、ラン。なんせヘクトール時代に分厚い「魔導大全」を、最後の一ページまで丸ごと暗記したくらいだし。
「ほら興行主と二人三脚で辺境の街々でショーをしてたっていう、女の娘」
「あーなんか聞いたことがあるか」
「僕も思い出したよ、モーブ」
アールヴのニュムが進み出た。
「大魔道士しか使えない物質の瞬間移動とかをショーで見せたって。まだ二十歳にもならない、可憐な娘が」
「それどころか、魔道士や錬金術師が誰ひとりとして成功していない、物質の完全消失まで見せたというからな」
なんとなく思い出してきたわ。消失じゃなくてどこか楽屋裏にでも転送したんだろと思われないよう、転送封印結界の張られたガラス容器の中から消したとかいう話だったよな、たしか。
「辺境で大評判になり、行く先々で客が押し寄せた。興行主はとんでもなく儲けたという話でしたよね、モーブ様」
「そうだったな、カイム。だけど結局、ただの詐欺師だったんだろ。手品かなんかで」
「あるとき高名な大魔道士がショーを観察して見破った。あれは魔導力ではない。もっと別の、邪悪な力であると。そして……ふたりは断罪された」
「監獄に置かれて、刑罰が科せられることになったんだよな。詐欺師の刑罰は舌切りだが、彼らは罪がさらに重いとして、嘘の宣誓に用いた右手首も切断された」
「正確にはひとりがな」
ヴェーヌスが唸った。
そう。すべてを取り仕切っていた詐欺師が先に執行された。舌を手首を失った興行主は傷が悪化して死んだ。翌朝刑が執行されるという深夜、女は監獄内で死んだ。理由は誰にもわからなかった。ただ……きれいな身のまま、眠るように死んでいたという。
「この女の無念を果たせってんだろ、ヴァパク。たしかこいつは、『詐欺師に利用されていただけ』と主張していたって話だし」
「それでも情状酌量はされなかったのよね、モーブくん。それは……悔しかったと思うわ。その女の娘も」
リーナ先生は眉を寄せている。
「どうなんだヴァパク。ここまでは正しいだろ」
「……」
黙ったまま、木の子の傘が縦に動いた。
「そうか……」
俺は腕を組んだ。なんだか面倒なクエストだ。しかもこれ以外にも、あとふたつある。
「モーブ……」
「……」
網目の牢獄から、レミリアとスレイプニールが、俺を見つめている。泣きそうな顔で。
わかってる。俺がなんとしても助け出してやるからな。少しだけ……待っていてくれ。




