6-3 茸神ヴァパク・ソーマの罠
「……なにしてんの、レミリアお前」
「あっモーブだ。おーいおーいっ」
網目から手を出して、精一杯振っている。
「これはまた……」
ヴェーヌスが腕を組んだ。
「面白い眺めだのう、婿殿」
「いやホント」
獣道は、先で大きく広がっていた。なぜか下草もそのあたりだけ背が低く、奥にぶっとい楢の木が聳え立っている。その幹のすぐ脇に、これまた巨大な木の子が生えていた。二メートルもあって、おいしそうな、香ばしい匂いが漂っている。広く開いた木の子の傘は網目状になっており、その中にレミリアとスレイプニールが抱え込まれていた。
「網に掛かったアザラシとマンボウかよ」
「こんな大きな網目茸など、見たことも聞いたこともないわい」
「ふたりとも、馬鹿なこと言ってないで早く助けてよ」
レミリアが体を揺すってみせた。網も動くが、破れる気配はまるでない。
「ぜえんぜんこれ、取れないんだから」
スレイプニールも、首をぶんぶん振っている。
「なんかこんなん前もあったな。お前の死の首輪を外すために、迷いの森クエストしたとき」
「あのときはレミリア、罠に掛かったのよね。魔族の仕掛けた、網の罠に」
マルグレーテは腕を腰に当てている。
「懲りない娘ねえ……本当に」はあーっ
「なにがあったの、レミリアちゃん」
リーナ先生が、首を傾げた。
「それがねえリーナ。スレイプニールと一緒に、スイーツ木の子を探してたら……」
まあ聞かなくても想像はつくけどな。
「ここに大きな大きな木の子があって。いい匂いでしょ。ぜえったいおいしいに違いないもん。スレイプニールと近づいたら、地面に広がっていた傘が急に閉じて……」
やっぱり。というかもう予定調和だろこれ。
「この網、ナイフで切れないんだよ、ぜえんぜん」
「困り果てて鏑矢を使ったのか」
「うん。……ごめんねモーブ」
「いいよ。お前はいいキャラだ。周囲を明るく、楽しい気分にさせてくれるし」
馬鹿とも言うが。
「切ってあげて、モーブ」
「おう」
ランに促され、冥王の剣を抜いた。
「なるだけ離れてろよ、レミリアもスレイプニールも。刃が触れると怪我する」
「うん」
「ぶるるるっ」
「えーと……」
試しに、端の網に刃を当ててみた。まず切れ味を試す。問題なく網が破れるようなら、何箇所か切り離せばふたりとも、転がり落ちてくるだろ。
「……なんだこれ」
刃が全然通らない。硬いのに、ゴムのような感触。刃を跳ね返してくる。
「嘘だろ。冥王の剣は、必中スキル持ちだぞ」
「モーブ様、これは罠です」
「んなーん」
猫を胸に抱いたアヴァロンが、俺を見た。猫もこくこく頷いている。
「たしかに罠だな」
ダークエルフのシルフィーは、剣を鞘に収めた。
「ここで広場になっている。それに下草が短く、木の子がよく見える。いい香りで、手をつい伸ばしたくなる木の子が」
「おいヴェーヌス、王国側のこんな辺境に、魔族の罠があるのか」
「知らんのう……。こんな辺境に罠を張る意味などない。迷いの森に罠を張ったのは、あそこが魔王発生の地だったからだし」
首を振っている。
「それに罠の仕組みからして、魔族ではない。我らならもう少し致命的、ないし苦痛を与える罠とするであろう」
「それもそうか」
基本、残忍だからな。
「わたくしが斬撃魔法を使うわ、モーブ」
マルグレーテが進み出た。
「よさんか。無駄だ」
突然、声が響いた。男の声。もちろん俺ではない。それに木の子から聞こえる。
「それに攻撃されればこちらも、この娘を馬を締め上げるしかなくなる。仲間を失いたくはないであろうよ」
「お前……木の子か」
「余は茸神ヴァパク・ソーマじゃ。見知りおけ」
「じょうしん……って、なんだ」
「木の子の神様っていう意味よ、モーブくん」
リーナ先生が教えてくれた。
「はあそうか。……てか狼神とか茸神とか、さすが辺境。古代の神々が生き残ってやがるな」
「ヴァパク様……」
ハイエルフのカイムは、ぺこりと頭を下げてみせた。
「仲間を解放していただけますか。エルフは森の子。言ってみれば木の子は友。決して無闇に害をなしたりはしません」
「そうそう。必要な分だけ、森の恵みとしてもらうだけだからね」
「そのとおりだ」
ニュムとシルフィーも同意する。まあレミリアと同族だからな。
「解放してもよいが、条件がある」
「はあ? 木の子野郎、お前そもそも罠仕掛けといてなんで偉そうなんだよ。神様ってのは、領民のこと守るのが本分だろ」
「これが余の本分。領民に森の智慧を授けるのが務めだからのう」
めんどくせーっ。
「なんでもいいからモーブ。はやくなんとかしてよ」
「んひひーん」
「なーご」
うるさいわ。てか猫まで一緒に鳴くのやめれ。
「ならとりあえず、その条件っての話してみろ。お前の胞子をそこらにぶん撒けとか、そういうのか」
「みっつの謎を解いてもらおう」
「謎解きだと……」
「然り」
頷くかのように木の子が動くと、網の中のレミリアとスレイプニールが揺れた。




