6-2 レミリアの消化力、SSSクラス確定
「はあー食べた食べた」
どたーっ。レミリアが後ろに倒れ込んだ。森のランチタイム。みんなで焚き火を囲み、干し肉と木の子、果物をたらふく食べ終わったところだ。
「あたしもう、お腹いっぱい。幸せーっ」
「でしょうねえ」
マルグレーテは苦笑いだ。
「ものすごい勢いで食べるから、馬がみんな目を見張ってたわよ」
「馬はもともと、目がまんまるじゃん。マルグレーテの意地悪」
「まあ実際……馬もドン引き気味だったがのう」
あっさりと、ヴェーヌスが言い放つ。
「育ち盛りなんだもん。仕方ないじゃん」
「育ち盛り……ねえ」
ダークエルフのシルフィーが、レミリアの体を見下ろす。
「どこが育っているのか、謎だな」
「あたしだって……」
レミリアが、がばと起き上がる。
「胸、大きくなったもん。モーブのお嫁さんにされたから」
「されたから……って、無理やりみたいな言い方すんなよ。俺が悪いみたいじゃんか」
「エルフが育つのには、時間が掛かるんでしょ。なんたって寿命が長いし」
リーナ先生がフォローする。
「だから今、胸が小さくても悩む必要ないわよ。レミリアちゃん」
「大きくなってるったら。そうでしょ、モーブ」
睨まれた。
「……そうだな。大きくなってるよ」
「ほら見て。毎日あたしの胸をもてあそぶモーブが言ってるんだもん。間違いないよ」
いや毎日はしてないが。まあいいけどさ。
「そうだなレミリア。大きくなってる気はするよ。そんな感じがすることが、たまにある。……というか稀にあるかもしれない」
「モーブの意地悪」
つんと顔を背けると、立ち上がる。
「あたし、木の子狩りしてくる」
「お腹がこなれるまで、休んだほうがいいよ、レミリアちゃん」
「いいんだよラン。もうこなれた。というか、お腹減ってきた」
「減った……って」
さすがの天然ランですら絶句したの笑うわ。レミリアお前、数分前に「お腹いっぱい」言ってたじゃんよ。レミリア驚愕の食欲にも動ぜず、猫はランの膝の上でごろごろ言っている。まあ猫だから当然だが。
「なあカイム、これエルフの特徴なんか。体内で霊力錬成するのにエネルギーを異様に使うとか」
「そうですねえ……」
ハイエルフのカイムが微笑んだ。アールヴのニュムを見る。ニュムは首を振った。シルフィーも同じだ。
「森エルフ部族だけの特徴かも知れませんね。特に……レミリアさん一族オンリーの特質かも。……なんならレミリアさん個人のみのスキルだったり」
「もういい」
レミリアは、スレイプニールの手綱を手に取った。
「行こ、スレイプニール。あたしたちだけで、おいしい木の子探すんだよ。あまーい奴。生でケーキみたいな味のする、特別な木の子を」
甘い木の子と聞いて、スレイプニールは首を縦にぶんぶん振っている。なんなら尻尾もぶんぶん。いや犬かよ。狼神アルドリーと触れ合って、メンタル犬化したんじゃあるまいな。まあ……犬じゃなくて狼だけどさ。
パーティー内の人間は、例の長寿草を定期的に採取して、徐々に延命を計っている。馬も同様だ。いかづち丸やいなづま丸、あかつき号にスレイプニールは、俺の親友も同然だからな。エルフや魔族、獣人と同じくらいまで、寿命を延ばしてやる心積もりだ。
「おいしい木の子見つけたら、ふたりで食べちゃお。ぜえーったいみんなにはあげないで」
「……」こくこくぶんぶん <スレイプニール
「まあ……持って帰って、エルフの仲間にはあげるけど」
ちらと俺を振り返る。
「……それにお嫁さん仲間にもみんなあげる」
ちら。
「モーブにはあげない」
「なんでだよ」
「知らない」つーん
すたすたと、森の獣道へと消えていく。
「なんだよあいつ。いつの間にかツンデレ技レベル、カンストしてるじゃん」
「まあまあ……」
珍しく、ニュムが仲裁に入ってきた。
「あれもレミリアなりの、斜めの愛情表現なんだよ。わかるんだ。僕も……自分を殺し、男として育ってきたから。素直に言うのが恥ずかしいんだ」
「ニュムも丸くなったしのう」
「いやヴェーヌス、君に言われる筋合いないよ。なんでも君は昔、モーブを決闘に誘い込んだんだろ。殺し合いの宿命のため、わざとモーブに殺されようと偽装して」
「……それは」
「究極のツンデレですねえ……」
いつもは優しいカイムにまでツッコまれ、ヴェーヌスは黙り込んだ。顔がみるみる赤くなる。
「そのことはもう言うな」
ぼそっと告げる。
「今度口にしたら殺す」
「おお、こわ」
「これだから魔族は」
「殺す殺す言えばいいかと思って」
あちこちから遠慮なくツッコまれるヴェーヌスとか、面白いわ。なんせこいつ、魔王の娘だからな、本来。それもこれも、俺の仲間がみんな仲いいからだ。軽口を叩き合えるほどにな。
「ところでさ、生食できる甘い木の子とかマジであるんか」
「ええモーブ様」
カイムは頷いた。
「上質の生クリームの味ですよ。表面は香ばしくてパリパリ。バターを塗ったパイ生地のように」
はあ。要するに一級品のシュークリームみたいなもんか。
「エルフなら探し出せる。森の子だからな」
レミリアの消えた獣道を、シルフィーは見やった。
「ましてあいつは、特に食い意地が張ってるし」
とどめのひと言に、みんな笑った。と──。
──ひゅーっ──
切り裂くような音が、上空に響いた。森の奥から。
「あれは……鏑矢か?」
「いかん」
「レミリアっ」
全員、立ち上がった。音を出す矢を射った以上、あれはレミリアの信号だろう。注意を惹きたいか、助けを求めているのか。
少なくとも、宝物を見つけたから知らせる──とかではない。それなら戻ってきて話すだけでいい。つまりなにか、不測の事態が発生しているのは明らかだ。
「全員、戦闘装備装着」
言いながら俺も、剣帯を確認した。
「獣道はふたり幅だ。二バイ五の戦闘索敵フォーメーションで進む」
「はい、モーブ様」
「任せよ」
先頭に、アヴァロンとヴェーヌスが立った。ヴェーヌスは盾役。それに万一の戦闘時に初手交戦し後続対応の時間を稼ぐ役目もある。アヴァロンはもちろん、獣人ならではの嗅覚視力聴力を生かした、索敵役だ。
「行くぞモーブ」
「おう」
続いて、シルフィーと俺。さらにみんなが後ろに位置する。馬はよくわかっているから、自分で焚き火の周囲に円陣を組んでいる。互いの尻を近づけ、広い視野で三百六十度を警戒する。猫のシュレは、ランがあかつき号の背中に置いた……が、なぜか駆けてきて、俺の脚を駆け上り、肩に乗った。
「なんだお前、ついてきたいのか」
「なーん」
「死んでも知らんぞ」
「なーん」
猫に構っている時間はない。面倒だ。もういいや。勝手にしろ。
「慌てるなよ、みんな。俺達に向かって、レミリアは信号を発した。なにが起こったにせよ、そのくらいの余裕があるんだ」
「なーんご」
「いきなり多数の魔物に戦闘をを仕掛けられていては、そのような行為もできんからな」
「そういうことさ。注意して進め、ヴェーヌス」
「おうよ」
「アヴァロン、頼むぞ」
「はいモーブ様。レミリアの匂いが続いています。問題なく案内できるかと」
「よし」
無言のまま、俺達は獣道を突き進んだ。くねくねと曲がりながら森の奥へと繋がる道を。そして……。
そしてレミリアとスレイプニールは、道の奥で囚われの身となっていた。




