5-8 赤い実の聖別メダリオン
「冥府に向かったか。同じ魂の揺らぎを持つモーブなら対処できるとは思っておった。あるいはふたり揃って対消滅してしまう懸念はあったが……。いずれにしても、よかった」
転生失敗者が消えた聖地の奥で、アルドリーは安堵しているように見えた。いや俺が消えるかもまで想定してたのかよ。そらたしかにこいつ、不吉な予言はしてたけどもさ。
「あの苦しみ、見ていて哀れなほどであった」
「最後の言葉で、モーブに感謝していたね。あの彷徨える魂は」
アールヴのニュムが、ほっと息を漏らした。
「なんだか……かわいそうだった」
「それにしても……」
ニュムが呟く。
「その女のとやらは、なんなのか」
「転生者なのかな、モーブ」
ランが俺を見上げた。
「いや……どうだろう、それは」
考えた。哀れな男と一緒に転生してきたのは確かだろう。だがこの原作ゲームをプレイしていたかは、やや疑問だ。男がゲームプレイヤーだったのは確実。でないと転生しないからな。つまり……。
「刺された男が転生するときに、その女がすがりついたんじゃないか。なんたってほぼ同時に死んだんだ。異世界に向かう魂を見て。ちょうど……カンダタが蜘蛛の糸にすがりついたように」
「カンダータってなに。おいしい鳥かなんか」
「いやレミリア。俺の前世の寓話だよ」
「なあんだ」
露骨にがっかりしてるな。いやなんでも食いたがるのやめれ。
「となると、その女は、モーブ様や哀れな魂のような、転生者の要件を満たしていないことになりますね」
アヴァロンは、きっと唇を結んだ。
「……嫌な予感がします」
「本当の『イレギュラー』よね、これ」
マルグレーテが、俺の手を握ってきた。
「卒業ダンジョンで罠を張っていたアドミニストレータは、モーブを『イレギュラー』と呼んだわ。本来この世界に存在してはいけないと判断した、転生者だったから」
「その女は、哀れな転生失敗者から、命を盗み取った。そうして力を高め、狼神アルドリーや仲間を吹き飛ばして、どこぞの世界の陰に消えた」
ヴェーヌスは眉を寄せている。
「この世界にとって、厄介な寄生虫ということだ。なにをするかわからんからな。アヴァロンの言うように、要件外の存在だ。この世界の理に従っておるとは思えん」
「実際にアルドリー様や仲間に致命的なダメージを与えましたしね」
確かに。カイムの言う通りだ。彼女はハイエルフ。霊力に優れているだけに、ここに残された魂の残存気配を感じているだろう。その女は、言ってみればこのゲーム世界のチートプレイヤー。しかも元が強盗だろ。魂が腐ってるのも見えてるしな。
「アドミニストレータ〇〇一として世界管理業務を引き継いだモーブくんが、今度は『イレギュラー』に対処することになったのね」
リーナ先生が首を傾げた。
「皮肉な運命ね」
転生者としてアドミニストレータに追われた俺が、今度はアドミニストレータ〇〇一として、謎の転生者を追うことになったのか……。たしかに皮肉な運命と言える。
「別にほっとけばいいじゃん」
レミリアが笑い飛ばす。
「世界は広いよ。どこかのすみっこに魔物が一匹増えただけの話でしょ」
「それで済めばいいがな……」
アヴァロン同様、俺も嫌な予感がするわ。
「アルドリー、モーブは約束を果たした」
これまで黙って経緯を見守っていたシルフィーが、初めて口を挟んできた。腕を組むと、きれいな胸が服の上に盛り上がる。
「これでいいのだな」
「よい」
アルドリーは首を縦に振った。
「モーブには感謝している。なにせ不思議なオーラの魂であった。モーブと融合してしまうやも……と危惧しておったが……」
楽しそうだ。
「腐ってもデュール家の祖霊が選んだ男であった」
「腐ってて悪かったな」
「ふん……」
睨まれた。
「祖霊が許しても、余はまだ許してはおらん。ベイヴィルの一件についてはな。ベイヴィルは魂の友であるが故」
「……なにしたの、モーブ。やっぱり……」
マルグレーテに睨まれた。
「それより礼はどうしたんだ、アルドリー。仮にも神様だろ」
「……急に話変えちゃってさ」
「ったーっ!」
思わず跳び上がっちゃったよ。マルグレーテに、思いっ切りつねられたからさ。いやその下半身をさ。
「お前、魔道士のくせになんでこんなに握力あるんだよ」
「知らないわ」
つーん。
「多分、モーブのものを毎日握ってるからじゃないの」
「んなわけあるかよ」
「いちゃつくのも大概にしろ」
アルドリーに呆れられた。いや今のはそういうのじゃなくて、シンプルにDVなんだがそれは……。
「礼はする。……これを」
傍らの窪みに鼻面を突っ込むと、なにかを咥えた。それを俺の手に、ぽとんと落とす。
「……なんだこれ」
直径三、四センチほどの、コインかなんか。黒い金属でできており、異様に重い。表にも裏にも、文字ともシンボルとも判別できない模様がびっしり刻まれている。表面中央部に、ここだけ真紅の浮き彫りがあった。さくらんぼのような、赤い木の実の。これも金属製らしいが、着色ではない。素材自体の色だろう。当然これが全体と同金属とは思えないが、強固に一体化している。彫金技術ではないだろうから、魔法による加工だろうか。
「昔の貨幣か」
「いえモーブ様。端に穴があります。これはメダイですね」
アヴァロンが教えてくれた。
「メダイって……」
「メダルと同じような意味です。宗教的な信仰のためのアクセサリーで」
「んなーん」
寄ってきた猫シュレが、手の上のメダイを、ぺろぺろ舐め始めた。
「貸してみろ」
ヴェーヌスが手を差し出す。
「あたしが鑑定してやる」
「おう、頼む」
結果はこうだった。
銘 「赤い実の聖別メダリオン」
クラス不明装備
狼神アルドリーから伝授。由来不明。デュール家家宝ロザリオと対を成すらしい
特殊効果:暗黒面からの加護。ボーナスポイント不明
材質不明のメダリオン。メダル、メダイとも呼ぶ。かなり古い品と思われる。
「対を成す……か」
銘 「野薔薇のロザリオ」
クラス不明装備
デュール家家宝。由来不明
特殊効果:暗黒面に落ちる魂の救済効果。ボーナスポイント不明
材質不明のロザリオ。アンクは古代のシンボルのため、かなり古い品と思われる。
「これとペアということだな」
「そういうことになるのう。まあ、大事にしてくれ」
後ろ脚で、アルドリーが体を掻いた。
「アルドリーさん、痒いの。私がまた、ブラッシングしてあげるね」
「おおラン。よろしく頼む」
秒でごろんと横になった。激しく尻尾を振っている。ぶんぶんぶんぶん。
いやこれだけ見ると、ただのワン公なんだけどな、やっぱり。




