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5-7 彷徨える魂の救済

「……やっぱりか」


 俺達の前に、闇の渦が広がっていた。ぼんやり人の形の、どこまでも黒い闇が。不浄の呪いを振り撒きながら。アルドリーは神格だし、アヴァロンやニュムは巫女筋だ。だから普通の人間のように呪われることこそない。だが聖地というのに気配は不穏だ。


 以前、ゴーゴン孤児院の近くの洞窟での経験と同じだ。やはり彷徨える魂……転生失敗者だろう。


「あんた……転生者か」

「てん……せい……」


 闇が揺れた。


「なんのことかわからない。ついさっき、ここに着いた。ここは……夢か」

「あんたはここに二年立っている」

「……そんなはずはない。今しがただ」

「モーブ様……」


 ハイエルフのカイムが袖を引いた。


「彼は混乱しているのです」

「かもな。それとも……」


 失敗した転生により、時間間隔がバグっているかだ。


「んなーん……」


 猫のシュレが進み出た。転生者の足許に、体を擦り付ける。そういやこいつ、あの洞窟で転生失敗者に寄り添ってたんだよな。慰めるかのように。


「……」


 脇に立つアルドリーが、黙ったまま俺を見上げた。わかってるって。


「俺達が見えるか」

「いや……声だけ」


 同じだ。


「最後に覚えている光景を教えてくれ」

「宝石店で……強盗に出くわした」

「強盗に……」


 闇バイト強盗って奴かな。プロなら真っ昼間からそんなとこ狙わないだろうし。


「三人いた。男ふたりと女と。連中は、刃物で脅してきた。……逃げようとしたんだ。そしたら女が襲いかかってきて、もみ合いになった。包丁の取り合いで無我夢中になって。女が自分の腹を刺した。男が駆けつけてきて、俺の背中に包丁を……」


 首を振るかのように影が揺れると、不穏な空気が振り撒かれた。


「思い出した。いつの間にか変な暗闇を潜り抜けていて、その女が俺についてきたんだ。どこかの細い道を通り抜けるとき。俺にしがみつくようにして。暗い……道の先に、光が見えた。そのときだ。なにか……変な感じがしたんだ。なにか……自分が変えられてしまうような」


 頭を抱えている。


「そうして気がついたらここに……。女が後ろから俺を拘束して……。く、首が……」


 一瞬、黙った。


「首が熱かった。痛い痛い痛い熱い熱い熱い」

「落ち着いて」


 思わず……といった様子で、ランが声を掛ける。


「もう怖い人はいないよ。大丈夫、モーブが助けてくれるから」

「……ここはどこなんだ。地獄か。俺は死んだのか」

「転生したんだ、あんたは。俺も転生者だから、あんたの苦しみはよくわかる」

「なら俺を助けてくれ。……苦しいんだ。ここにいるだけで。ここはどこだ。地獄か」

「苦しみから解放されたいか」

「もちろんだ」

「……自分の存在が消えて、無に還ってもか」

「無に……」


 彷徨える魂は黙り込んだ。こちらを見透かすかのような体勢で。もちろん、実際には何も見えてはいないはずだが。輪郭が微かに揺らいでいるだけだ。


「そうしてくれ」


 ぶっきらぼうに言い切った。


「この苦しみから……解放されたい」

「モーブ……」


 泣きそうな表情の、ランに見つめられた。……わかってる。でも救うにはこれしかないんだ。失敗した転生者だから。それに……転生時にこの魂は、同時転生した女に生命力を吸い尽くされている。それだけに、ゴーゴン孤児院のあの魂より、よほど苦しいはずだ。


「あんたの無念、いずれ俺が晴らしてやる」


 ブレイズの例の無名剣を、俺は抜いた。刀身から、闇色の煙が噴き出す。


「いやモーブ、冥王の剣を使え」


 俺の手をヴェーヌスが、やんわり止めた。


「その女とやらに吸われて、残渣は少ない。その剣を使う必要すらない。冥王の剣を使え。それなら哀れな魂をまっすぐに、冥府の王の前に送ってやれる。それが……この魂のためだ」

「……わかった」


 冥王の剣を、胸の前に構えた。


「悪いな。アドミニストレータ〇〇一を引き継いだばかりの俺は、とてつもなく未熟。彷徨える魂を救うのには、このやり方しか思い付かないんだ」


 踏み出すと、魂の胸を貫いた。哀れな魂が冥府冥界で安らげるようにと祈りながら。

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