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5-6 アルドリーの述懐

「強欲にして恩をすぐ忘れるもの。人間の本質はそのようなものだ」


 狼神アルドリーは話し始めた。


「だがそれはひるがえって利点でもある。前例にとらわれず新たな試みができるからな」

「それは確かだ」


 我が意を得たりと、ヴェーヌスが頷いた。


「我ら魔族の日常は、裏切りと謀殺の繰り返し。その魔族ですら時には、ヒューマンの無情な戦略に驚かされるからのう」

「いくら我らが辺境の民を束ねてきたと言えども、王国勃興の流れは止められん。ならば我が民を人間の王族に任せるのも、時代の流れ。そう考え、余とともがらは身を引き、姿を消した。モーブら人間の寿命からすれば、何十代も前の話だ」

「でもモーブはだいぶ寿命を延ばしてるよ」


 ランが口を挟んできた。


「私やマルグレーテちゃん、リーナ先生もそうだけど。そうやって寿命を延ばして、他のお嫁さんとみんなでいつまでも楽しく暮らすためだよ。実際──」

「ランちゃんの言う通りだけどアルドリー様、続きをどうぞ」


 マルグレーテがさりげなく止めに入ってきた。このままだとラン、俺がいかに寝台で元気に大暴れしてるかとか、無邪気に明かしそうだからなあ……。


「……」


 面白そうにふたりのやりとりを見ていたアルドリーが、咳払いをした。


「とにかく、そうした経緯で余と仲間は狼の姿に戻り、ここに隠棲した。野山を駆け狼神として獣やモンスターの諍いを取りなし、冷夏で辺境の民が困窮することがあれば、特別などんぐりや果実を、彼らの手の届く森にばら撒き。……楽しい日々であった」

「それがニ年前まで続いていたんだね」


 ニュムは興味津々だ。


「森の動物神はやはり聖性が高いね。僕達アールヴの森に、来てもらえないかな、アルドリー様」

「ダークエルフの森でもいいぞ」

「ハイエルフも入れて下さい。各部族の中間地点に住んでもらえればいいわ」


 シルフィーやカイムも大賛成。森の民だからか、エルフは皆同じだな。なんか懐から出した菓子かなんかをもぐもぐやってるレミリアだけは別だけど。あいつどうせ、この後なに食べようかしか考えてないだろ。


「それは、余と仲間が昼、ここで休息しているときに起こった。狼神は昼も夜も野を駆ける。だから時折、昼寝をするのだ」


 話はこうだった。突然、ここ狼神の聖地に轟音が響き、異様な振動が起きた。まるで地震か噴火のようだったという。しかもそれは外からではなく、聖地内部……それも中心からだった。


「駆けつけるとそこには、通路が開いておった」

「通路……非常口かなんか?」


 レミリアは能天気だ。


「次元の穴だ。空間に渦巻きが生じ、緑に発光しながら回転して。明らかにこの世界のものではない気配がして……そして穴の前に、ふたりの人間がおった。というか、人間らしき物体が」

「モーブと同じ気配……ということは、転生者なのかな」


 ニュムが首を傾げた。


「てんせい……というのは知らんが、とにかく異世界人だ。だが……」


 アルドリーは低く唸った。


「だが、普通の状態ではなかった」


 それは奇妙な光景だったという。男が立っていた。棒切れのように。もうひとりは背後から男を支えていた。いや、抱き締めていた。首に頭を埋め、なにかをしていたという。女だ。


「その女は微動だにしなかった。突然、世界を割って現れたというのに。男のほうは苦しそうに身をよじっているというのに」


 アルドリーと狼神ニ体の前で、男の体には皺が寄り、どんどんしなびていったという。まるで干物にされた野菜のように。男の生命力が落ちていくのに反比例し、女の力が強まったのがわかった。


 なにをしているのかと問うアルドリーを、女は睨んだという。首から顔を離さないまま。男は意識が混濁するばかりで、大きな狼体に気づいてもいないようだった。


「それにふたりとも、肉体としての人間ではなかった。丸裸の魂だったから。……悲惨な魂は救わねばならん」


 アルドリーは溜息をついた。


「何度制止しても、女は中断しなかった。なので我ら三体は飛びかかった。とにかくふたりを引き離す必要があったから。……と、女がなにかを吐いた。なにか……命のようなものを。それは周囲の空間と反応して、とてつもないエネルギーを発した」

「魂をエネルギーに変換しておるのだ」


 ヴェーヌスが呟いた。


「魔族から、はるか古代に失われた能力だ。魔王からすらも」

「それでどうなったの」


 ランは悲しげだ。ランはみんなに幸せになってもらいたがるタイプだからな。


「吹き飛んだ。余も仲間も。聖地の屋根を突き破り、高く、高く」

「神だろみんな。なんとかならんかったのか」

「モーブよ、神格があっても防ぎ得ない攻撃だったのだ。それにエネルギーも凄かった。気がついたとき、余ははるか三昼夜の距離に倒れていた。片目を失い、瀕死の状態で」

「神様も死ぬんか」

「もちろん」


 やれやれ……と言わんばかりに頷く。


「この世界には神殺しの剣すらある」

「ふたりの仲間は」

「飛ばされる瞬間、ふたりは余の前におった。守るために。……当然、余より強く、ダメージを受けたはずだ」


 ひと声唸ると続ける。


「ようやく歩けるようになった余がここ聖地に戻ると、仲間の姿は無かった。それから今まで戻ってきてはおらん。……少なくとも、狼神の姿では」


 そこで言葉を切ると、アルドリーはゆっくり俺達を見回した。ひとりひとりを、時間を掛けて。


「そうして、女も消えていた。入口まで破壊の後があったから、そこから飛び出したのであろう。そうして……男は残されていた。命を吸い取られ尽くした、哀れな魂として」

「そうか……」

「モーブよ、お前と同じ波動の魂だ」


 転生者だな。間違いない。女はわからんが、少なくとも男はそうだろう。


「その男を救ってほしいんだな、アルドリー」

「そういうことだ。余には無理であった」


 多分、半端に転生したからだ。ゴーゴン孤児院逗留中に出会った、あの転生失敗者のように。


「モーブ……」


 マルグレーテが、俺を見上げた。


「どうするの」


 瞳が語っていた。救うため、哀れな魂をまた殺すのかと。


「……会ってみよう、とりあえず」

「こちらに参れ」


 入口に開いた大きな穴から、アルドリーは俺達を導いた。聖地遺跡の最奥部まで。そしてそこにはたしかに、ひとりの男がいた……というか存在があった。



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