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5-5 アルドリーの崩壊遺跡

「ここは……」


 狼神アルドリーに付き従うこと半時ほど。森と下草の隙間にぽっかり開いた暗い獣道を辿っていると、つと開けた場所に出た。あの泉のように森が円形に切り取られており、見上げると遥か高みの樹冠がまんまるの空を取り囲んでいる。そして……。


 そして目前に遺跡が広がっていた。低い背の建造物。レンガ状に加工した岩だかなんだかでできている。建造ははるか昔らしく、壁はほぼほぼ草や苔で覆われている。


 高さこそないものの、サイズはそれなりに大きいはず。なにしろ頭上に見える空は野球場ほどはある。それだけの土地をひらいて造られているのだ。


「モーブ……」


 マルグレーテが俺の袖を引いた。


「見て」

「わかってる」


 遺跡は破壊されていた。有機的な曲線と端正な直線で構築されているが、入口と思しきあたりが、内側から破裂したかのように崩壊。周囲に岩の破片が飛び散っていた。


「ふむ……」


 しゃがみこんだヴェーヌスが、岩の表面を撫でた。怖いもの知らずに近づいた猫が、岩の匂いを嗅いでいる。


「破砕面には苔が生えておらん。しかも断面は鋭く尖っており、風雨に丸められてもいない。……最近だな、ここが破壊されたのは」

「いかにも」


 アルドリーは頷いた。


「二年ほど前になる」

「ここはお前の巣なのか、アルドリー」

「余の……というか、我らの拠点だな」

「人間の姿を捨てて消えた狼神は三人だよね。アルドリーさんとあとふたり」


 レミリアは首を傾げた。


「三人の拠点ということだね」

「そうだ」

「残りのふたりはどこ行ったのさ」

「……」


 黙ったまま、アルドリーは首を振った。


「モーブに褒美を与えると約したが、その前に確認したいことがある」

「なんだよアルドリー、改まって」


 このパターンは嫌な予感しかない。ゲームでよくあるフラグだわな。


「モーブが首からげているのは、野薔薇のロザリオであろう」

「ああそうだ」

「それは余が渡したもの。はるか昔、命を預け合った朋友の誓いとして」

「そうなのか」


 いやそんな話、ベイヴィル女将からは聞いてないわな。公式にも……寝物語としても。


「モーブの体からは、デュール一族の匂いがする。もし……デュール家を襲い奪い取ったというなら、容赦はせん」


 俺を睨みつけると、低い唸り声を上げた。


「いやいやいやいや」


 首と手をぶんぶん振ったよ。だってこのワン公、凄い迫力……というか威圧感だ。さすが神様だけある。こんなんと戦うなんてごめんだ。


「もらったんだよ、モーブが。アルドリーさん」


 ランが微笑んだ。物怖じしないなあ、ランは。


まことか」

「ほんとだよ。リゾートの女将さんからね。名前は……えーと、ベイヴィル・ウォーセ・デュールさん」

「ウォーセ……」


 ちらと森を見ると、アルドリーは遠い目をした。


「それを……代々のミドルネームに……」


 潰れた左目から、なにかがぽたりと落ちた。傷からの体液か、涙かはわからない。


「デュール家が経営する森林リゾートは、経営難に陥っていた。それをモーブくんが救ったの。私達仲間のアバターが戦うイベントを開催して」


 リーナ先生が付け加えた。


「そのときの謝礼として、女将さんから譲渡されたのよ」

「モーブ様は受け取りを辞退していました。貴重な品だからと。……ですがそれでは祖霊にも顔が立たないと、ベイヴィル様が」


 アヴァロンは、胸に猫のシュレを抱いている。アルドリーがアヴァロンを見ると、猫がにゃあと鳴いた。こくこく頷いている。こいつ猫のくせに俺を助けてるつもりなんだろうか。


「……そうか」


 天を仰ぐと、アルドリーは深く息を吐いた。


「ならばよい。余が力を得るこの場所で、刺し違えてでも……と思っておったが」


 のそのそ、俺に近づいてきた。


「おいおい。今、誤解を解いたばかりだろ」


 食われたらたまらん。


「じっとしておれ。とって食いやせん」


 俺に鼻をつけると、足先から下半身、それに上半身から脇の下まで嗅ぎ回っている。ふんふんと。狼神だけに、犬とか獣人アヴァロン並に鼻が利くんだろうなあ、多分。でも俺達がリゾートを後にしたのは結構前だ。あれからあちこちに泊まっているし、もちろん風呂にだってなるだけ頻繁に入っている。あのリゾートや女将の匂いがまだ残ってるなんて思えない。なにを感じ取っているのだろうか……。


「しゃがみこめ」

「……こうか」


 俺の首筋に鼻をつける。


「……やはり選んだのか。それで……」


 ぷいと顔を背けると、また遺跡の脇に戻った。


「余にはわからんな」


 首なんか振ってやがる。なんかわからんが、ムカつく。これ多分、俺のことを馬鹿にしてるだろ。


「だがまあモーブ、お前は本来、この世界の者ではないな」

「だからなんだよ」


 お見通しか。さすが神格。


「出会った瞬間から、それは感じ取れた。……だからここに連れてきたのだ。一石二鳥だからのう。モーブがデュールの敵なら殺す、そうでなければ役立ってもらうと」

「どういうことよ」

「遺跡の奥に、お前と同じ波長を持つ魂がおる。そいつを……救ってやってくれ。余ではできんことだからのう……」


 溜息をつくと、アルドリーは語り始めた。二年前、狼神三人を襲った、その瞬間のことを。

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