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5-4 ランとマルグレーテの毛づくろい

「こいつ……本当に、神様かよ」


 呆れ返って、俺は溜息をついた。


 だってそうだろ。このアルドリーとかいうワン公、試しに余り肉出したら瞬殺。面白がったみんなが次から次へと焼いても、底無しの胃袋に収まるだけ。馬車の備蓄塩漬け肉をあらかた食ったら、どたんと横になって動きやしねえ。


「いいじゃんモーブ。かわいいよ、アルドリーさん」

「そうは言うが、ラン……」


 ぼさぼさの毛がかわいそうだからと、リーナ先生が清浄魔法で汚れを落とし、ランは膝枕でブラッシング中だ。


「本当にきれいな毛だねー」


 ランは楽しそうだ。まあ……ランは田舎の山育ち。動物の手入れは大好きだからな。なにせこいつ二メートル以上の体長ででかいから、マルグレーテが後ろ半分をブラッシングしてる。マルグレーテもテイマー気質だし、子供の頃から乗馬趣味で馬の手入れは好きだったようだし。ふたりとも楽しいんだろうさ。でもなあ……。


「なんかムカつく」


 気持ち良さそうに目を閉じて、尻尾なんかぶんぶん振ってやがる。しかの喉をごろごろ鳴らして。こいつ猫かよ。猫気質を見て取ったのか、猫のシュレなんか怖がりもせず、アルドリーの腹の上で丸まって居眠りしてるからな。


 ワン公のくせに猫気質かよ。いやワン公じゃなくて狼……でもなくて狼神なわけだけどさ。俺のランを独占しやがって。


「おいワン公。そのくらいにしとけ。これから俺達、風呂入るんだからな」


 そうだ。風呂に入って体をきれいして……ついでにもやもやも解消する。それが重要だ。


「……」


 ちらと薄目を開けると、アルドリーは首だけ起こした。


「グルルルルル」

「おわっと! 睨むな。牙剥くな。怖いわ」


 なんせ本気になれば俺の頭、全部口に入るサイズだからな。


「いいんだよモーブ。私、ブラッシング好きだし。村でも猟手伝いのワンちゃん、ブラッシングしてたし」

「そういうことだ。ほっておけ、人間」


 また目を閉じて、ごろごろごろ……。


 いやお前、今ワン公扱いされたんだぞ。俺がワン公って言うと怒るくせに、女子は別かよ。これもう男性差別だろ。


 まあ……たしかに毛並みが見事なのは認める。輝くばかりの金属質。ダークエルフのシルフィーくらいきれいな銀髪だわ。銀狼。


「いいではありませんか、モーブ様」


 ハイエルフのカイムが、俺の腕を取った。


「これほど見事な動物神、エルフの森にもおわしません」

「そうそう、なんなら故郷に持って帰りたいくらいだよねー」

「僕もそう思う。アールヴのふたご国王にも謁見させたい」


 エルフ四人組はみんな気に入ってるみたいだな。


「好きにさせてあげよう、モーブくん」


 ランとマルグレーテの行為を、リーナ先生は楽しげに見つめている。


「この神格にしても、狼の姿に戻ってからはこんなに優しくされたことはないに違いない。甘えたいのよ」

「すれっからしのジジイ神でもですかね」

「誰しも、魂の奥には子供を隠し持っているものですよ、モーブ様。実際……」


 意味ありげに、アヴァロンは俺を見つめた。


「実際、寝台でのモーブ様は、時には赤子のようではないですか。私達の胸に溺れて吸っています。胸を与える私が頭を撫でると、うっとりして……」

「そうだな。あのときは、魔族のあたしにも母性というものが心の底から沸き上がってくる」


 ヴェーヌスが首を傾げた。


「早く……この腹の仔が産まれてほしいものだ。かわいがりたいし、モーブが……」


 微かに眉を寄せる。


「モーブが生きておるうちに、娘を育てたい。……一緒に」

「ふわーあ……」


 大口を開けて、アルドリーがあくびした。鋭い牙が並んでいる。むくっと起き上がると、うーん……と体を伸ばして。


「すっかり寛いだわい。皆には世話になった」

「いいんだよ、アルドリーさん。私も楽しかったし」

「また毛を梳いてあげてもよろしくてよ」

「うむ。ランにマルグレーテ、ふたりとも大儀であった。……して、お前達の長は、その男なのかな」

「ええ」

「モーブはみんなのお婿さんだよ」

「その男がか……」


 瞳を細め、検分するかのように俺を見つめる。


「まあ……時代は変わる。こういう男がモテる奇跡も起ころうというものよ」


 められてるのかけなされてるのかわからん。


「だが、ヒューマンから獣人、エルフや魔族まで束ねる男だ。なにか……余にはわからない魅力があるのであろう」


 それよそれ。


「ならば毛繕いと宴の礼としてモーブにひとつ、贈り物をしよう」

「いいねそれ」


 そのくらいの「ご褒美」が無けりゃ、せっかくの温泉回をお蔵入りにした価値がないからな。温泉回潰したアニメとか、ファンも怒るわ。


 それに真面目に考えても、これは神様との遭遇だ。それなりのイベントが無いんじゃ、ゲームとして失格だろ。……まあこんなイベ、原作には無いけどさ。そもそもアルドリーなんて、噂にも登場してないし。


 アドミニストレータが滅び、この世界は自律制御を始めた。世界各地で様々な神話が自動的に紡ぎ出されてるんだろう、アルネ・サクヌッセンムすら知らないところで。あるいはアルネ得意の「製品版には入れられなかった裏設定」って奴かもしれないが。


「ついてまいれ、モーブ」

「よしきた。行け、ワン公」

「……やっぱりやめるか」

「モーブったら」


 マルグレーテに、思いっ切りつねられた。


「いい加減に拗ねるのはやめて」


 耳元に口を寄せてくる。


「夜になったら……ね」

「お、おう……」


 俺は、大きく息を吸った。もう大丈夫だ。


「失礼した。狼神アルドリー、よろしく頼む」

「うむ」


 頷くと、くるっと前を向く。


「この泉は、かつて仲間と創り出したものだ。我らの憩いのために。そして……この仕組みも」


 ひと声吠える。太い雄叫びが森に響き渡ると、畔の草がさっと左右に倒れた。人ひとり通れるくらいの幅で。


「行くぞ。一列になって余に従え」


 隠し通路に消えてゆく。俺達も、一列縦隊で続く。


「モーブよ……。お前に礼を授けよう。ただし……お前が生きていられれば……だが」


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