5-3 俺の煩悩、爆散w
「──と、いうことなんですよ」
「それがスカウト王アルドリーの伝説か、アヴァロン」
「ええモーブ様」
微笑むとアヴァロンは、俺の腿に手を置いた。
馬車の御者席。道中の暇潰しにと、話してくれたんだ。辺境の山道を、馬車は駆けている。アヴァロンのネコミミが時折、風に揺れている。
「辺境に伝わる、狼神の伝説ね」
マルグレーテは、ほっと息を吐いた。
「わたくしも興味深いわ、テイマースキル持ちとして」
「でも王様たって要するに、ただのワン公だろ」
「失礼よモーブ。神様じゃない。それにスカウト王時代は人型になっていた。そもそもエスタンシア・モンタンナで、ついこの間までわたくしたちが泊まったコテージが、アルドリー王滞在のために建てられたものだし。あの立派なコテージよ。当時は相当権勢が高かったに違いないわ」
「それもそうか」
マルグレーテに怒られたわ。すまんすまん。
「……にしてもさ。辺境の伝説とかよく知ってるなあ、アヴァロン」
「私は三つ子ですよ、モーブ様。三人分の体験と知識が今、私の体に収まっていますから」
そういやそうだった。獣人アヴァロンは三つ子。三人娘がそれぞれの道を歩み、儀式で合体してひとりになった。
「長女は母の側、聖地のぞみの神殿で巫女修行。次女が大陸の辺境を巡る冒険者。三女は大海を渡りポルト・プレイザーのカジノでバニーガールをしていた。……そりゃ経験豊富なわけだよな」
「男性方面は、モーブが経験豊富にしたしね」くすくす
マルグレーテの奴、余計なこと言うなし。
「ねえモーブ」
荷室から、レミリアの声がした。用事の想像はついたので、俺は天を仰いだ。獣道寸前といった趣の山道だ。両側に高い木々が迫っており、望める空は狭い。そのわずかな領域に、太陽が差し掛かりつつある。
「お腹減ったーっ」
やっぱりか。そろそろ真昼に近い。こいつが正午まで我慢できるわけないもんな。荷室を振り返るとレミリアの周囲に、包み紙が散乱していた。
「菓子でも食っとけ。そこらに積んでるから」
「全部食べた」
悪びれもしない。いつものように壁に背をもたせたヴェーヌスが、面白そうにレミリアを見ている。ランは他のエルフ組とブランケットにくるまって昼寝中。リーナ先生は手慰みも兼ねてか、服のほころびを繕っている。
「エスタンシア・モンタンナでもらった奴もたくさんあるだろ」
「もうない」
「……」
食い意地モンスターかよ……。
「わかったわかった。今は道が上っている。平坦になったら止まるから、そこで飯にしよう」
辺境だけに道は狭い。だからまあ、荷室で車座だな。
「モーブ、すぐ先が開けてるわよ」
マルグレーテに裾を引かれた。見るとたしかに、右手の森が抉れるように大きく割れており、下が泉になっている。水は澄んでおり、微かに湯気が立っている。地熱で温められていそうだから、沐浴にも向いていそうだ。
もう休んでくれーと言わんばかりの設えで、危険な土地であれば罠を疑うくらいだ。なんせ畔に座れる草地まであるし。
「レミリアの食欲が招いた奇跡だのう」
先を覗いたヴェーヌスが苦笑いしている。
「ちょうどいいわね。それにここ数日は険しい山道で人っ子ひとり居ない。もちろん宿なんかないからみんな、濡らしたタオルで体を拭くだけだったし」
リーナ先生が微笑んだ。
「あそこでお風呂にしましょ。体洗いたいわ。いくら清浄魔法できれいとはいっても、習慣があるものね」
「わーいっ」
レミリア、バンザイ。
「ならあたし、ランとみんなを起こすね。あそこなら焚き火できそうだし、干し肉を焼いちゃおうよ。脂で身が軟らかく戻るから、おいしいよーっ。それにそれに、肉の脂で野草を焼けば、香ばしい野草炒めになるし、あとあと多分この森にはスイーツ代わりになるあまーい木の子が生えてそうだから、エルフ組で探すよ。それにあのその──」
「わかったからもう黙れ。レミリアお前、よだれ垂れてるぞ」
「あっ……」
慌てて拭ってやがる。困った奴……というか本能に忠実な奴だ。待てよ……それなら俺も本能に忠実になってもいいかな。あそこには泉がある。みんなで風呂にする。当然全員、素っ裸だ。脱がす手間がない。まず手近なレミリアをひっ捕まえて、それから……。
黙りこくった俺を見て、マルグレーテが不審げな瞳になる。それでも手綱を俺から取って馬を誘導し、畔へと馬車を向けてくれた。
●
「あー食べた食べた」
レミリアは満足気だ。タオルで口と手を拭うと、にっこり笑う。
「あたし、お茶回すね」
茶の入った革袋を、順送りにする。食後のお茶はうまいからな。俺のところにも来たからひとくち飲んで、ランに回す。
「もっと飲んでもいいよ、モーブ」
「いいんだよ、ラン。それよりそろそろ風呂にしよう」
「食べたばかりだよ。喉乾いてると、体壊すよ」
「いいからさ。ラン、俺はな、なんか早く体洗いたいんだ。……みんなだってそうだろ」
「……モーブったら、なんか早口」
マルグレーテに睨まれた。
「ヘンなこと考えてないでしょうね。まだ真っ昼間よ」
「だ、誰も見てないからさ」
「……やっぱり」はあーっ……
「わたくし、今日は断ろうかなあ……。昨日の晩もされて、疲れちゃったし」
瞳を閉じて、ぷいと横を向く。頬が少し赤い。
「そんな悲しいこと言うなよ」
「そんなにわたくしとしたいのかしら」
「愛してるからな」
「……」
わずかに目を開け、ちらと横目。
「まあ……しかたないわね。……モーブだし」
「どういう意味だよ」
「わかってるくせに」
目を見開く。
「そもそもモーブは──」
「楽しそうな昼餉だのう……」
急に声がした。俺達の誰でもない、太い声が。身構える間もなく、大きな狼が木陰から現れた。のっそりと。
体長は二メートル近い。美しい銀の毛だがぼさぼさ。顔の左半分に大きな傷跡があり、隻眼。左耳も半分千切れている。
「気配を感じなかった……」
シルフィーが呟く。
「それに話している。……ただの狼ではないな」
注意深く相手を観察しつつも、迎撃態勢を取らない。魔族ヴェーヌスもそうだ。ダークエルフと魔族という戦闘全振りの種族がこれならまあ、俺も慌てて剣を抜く必要はないか。いきなり食い殺されそうな雰囲気はないし。
「僕も見たことがない狼だ」
「エルフの森には居ない方ですね。辺境ならではでしょうか」
カイムとニュムも首を捻っている。
「肉の焼けるあまりにいい香りがしたので堪え切れず、様子を見に来た。なにせこの姿に戻ってからというもの、生肉しか食べてないからのう……。余も交ぜてくれんか、楽しい宴に」
「その匂い……。神格を感じます」
正座を組み直し、アヴァロンが居住まいを正した。
「もしや……狼神アルドリー様では」
「いかにも」
狼は頷いた。
「余はアルドリー。人間共と話すのは、何十年ぶりであろうか」




