4-14 「決勝戦」展開予想
「今の試合は……」
ようやくといった様子で、ベイヴィル女将が声を絞り出した。
「どうにも、ひとりだけ特殊な技能をお持ちのようですね、モーブ様」
「本人にもわからないみたいだからなあ……。ねえ先生」
「もうさっぱり」
ぶんぶんと首を振っている。
「カンストすれば私、あれが使えるのかな」
「そうなれば補助魔道士ではなく、もはや特殊剣士ですね」
楽しそうに、アヴァロンが微笑む。
「モーブ様パーティーの戦略が、さらに分厚くなります。楽しみです」
「さて……次はいよいよ決勝戦ですが」
女将の振りに、観客が大喝采。
「二回戦と決勝戦の間に、ランチタイムを挟みます。観客の皆様には、席に観覧弁当を配りますので、そのままお待ち下さい。飲み物はその際にご注文下さいね。本日はフリードリンク。観覧料金に含まれておりますので」
観客はもう、大喜びよ。
「それで昨日より三倍高いのか」
「こりゃ飲みまくって元取るしかないな」
「飲み過ぎて寝るなよ。何しに来たって話になる」
もっともだ。実況席の猫「シュレ」も、うんうん頷いている。こいつ多分、言葉の意味少しはわかってるだろ。さすがはゲーム世界の猫だけある。そういや元々、転生失敗者に寄り添って慰めてたんだもんな。言葉がわかってても不思議じゃないか。
「こちらもここで食事を取りますので、失礼致します」
実況席の背後に、丸テーブルと山盛りの料理が運び込まれた。そこでみんなで飯にする算段だ。もうレミリア、よだれ垂らさんばかりに瞳が輝いてるな。まあたらふく食ってくれ。
「まあ飯の間、話をしましょう。マイク持ち込めばいいっしょ」
「えっ……いいんですか、モーブ様」
「雑談ですよ。こっちも負担じゃないし、お客さんも少しは楽しめるでしょ」
「そうだーっ」
「いいぞモーブっ」
声援を受けた。そりゃみんな聞きたいだろうしな。
「ランちゃんの好きなタイプを聞き出せ」
「ニ、ニム様のスリーサイズも頼む」
「ヴェーヌス様に踏みつけられたい」
「アヴァロンちゃんのもふもふをああして──」
「は、裸エプロンが……」
もう後半、何言ってるかわからんな。無視だ無視。
「それにしても決勝戦、楽しみですねモーブ様」
山盛りのケータリングを前に、ベイヴィル女将がマイクを握った。
「組み合わせは、えーと……」
持ち込まれた紙を見る。
「今勝った、リーナさん。それに先ほどの勝者、ヴェーヌスさん。あと二回戦シード枠だったシルフィーさんですね」
「補助魔道士の教師、魔族の格闘士、ダークエルフの魔法戦士になるわね」
がっぽがっぽ食いまくるレミリアの横でマルグレーテは、上品にナイフとフォークを使っている。
「大会前のわたくしの予想だと、アヴァロンも決勝に残ると思ったけれど」
「今の一戦以外の予測はだいたい当たっていたということか」
我が意を得たりと、アヴァロンが頷いた。
「さすがは頭脳派、マルグレーテだ。あたしはさっぱりだったわい。なにせ異種格闘戦のような競技だからのう」
「三人の予想を聞いてみたいですね、当人に」
ハイエルフのカイムは、楽しそうだ。これはあくまで模擬仮想戦。敵もいない気楽な戦いだからだろう。
「いいね。僕も聞いてみたい」
ニュムの発言に、当の三人は顔を見合わせた。
「たしかにダークエルフは、エルフ各部族の中では総合的な戦闘力は高い。ましてあたしは魔法戦士だし」
「離れたところから魔法攻撃に弓矢。近づいたら剣で斬り合いだもんねー」
ランはもうメインを終えたようだ。今はもう、香草入りのクッキーを摘んでいる。観客の声援に時折、手を振り返しながら。
「ATKやVITも高いし、魔力も強い。能力を円で表せば特に凹む欠点がないもんねー」
「たしかにランちゃんの言うとおりね。パーティー戦ならむしろ能力特化型が生きるけれど、こうした一対一決闘だと、穴の無さはとても有利だわ」
「んなーん」
マルグレーテの言葉に、猫も納得顔だ。まあこの野郎、生意気に人間様と同じ飯食ってやがるんだが。というか勝手にみんなの皿を舐めてるわけだけどさ。
「でも……」
シルフィーが続ける。
「能力の絶対値では、あたしよりヴェーヌスのほうが高いと思うんだ」
「なにせまお……ま、魔族だからな」
つい魔王の娘と言いかけて、マルグレーテに睨まれたわ。悪い悪い。ここでは秘密だったな。
「そのへんどうよ、ヴェーヌス」
慌てて当人に話を持ち込む。
「決勝はなモーブ、実力だけでは決まらんところだな、モーブよ」
「どういう意味だ」
「一対一ではないということだ。三つ巴戦だからな。なんなら一番強いと目される相手を、残りのふたりが阿吽の呼吸で手を組んで倒すとかな」
「なるほど」
「あるいは手を組んだと思わせておいて、ぎりぎりで裏切るとか。なにせあたしは魔族。裏切りは得意技だわい」
たしかに。
「それになにより、リーナにはあの謎の技がある。決勝戦の展開や結果がどうなるか正直、あたしにもわからん」
「そうよ。私なんか、自分の技すらわからないんだもん」
リーナ先生の発言に、会場からどっと笑いが巻き起こった。
「そりゃそうだ」
「誰か賭けに乗らないか。俺は先生に賭ける。十万ドラクマだ」
「なら俺はヴェーヌス様に。俺が勝っても金はいらない。ヴェーヌス様に、あのボンデージ姿のまま踏んでもらう」
「では俺はダークエルフのシルフィーだ。勝ったら彼女に膝枕してもらって、耳掃除されながら胸に溺れる。ああ……エルフの胸……」
「お、俺はリーナさん。養護教諭の白衣姿で、鞭打ってほしい。『カンキくん、また宿題忘れたのっ』って罵ってもらって」
「ほんなら俺は風呂で──」
「露天風呂で──」
いや後半もう、謎性癖暴露合戦になっとるじゃん。さすがの女将も呆れて、食卓の話題変えたぞ。
そんなこんなでどたばたしているうちに、いよいよ決勝戦の時間となった。すでに三戦士はバーチャルコロシアムに登場し、正三角形の頂点に立っている。皆、無表情。表情から動きを読まれまいとするかのようだ。まあ三つ巴戦だからな。誰が誰を狙い、どの技を使うとか、読まれたくはないだろ。
「モーブ様、一般的な展開を予測して頂けますか」
実況席にはいつもどおり俺と女将。それにヴェーヌス、シルフィー、リーナ先生が陣取っている。みんなはその背後だ。
「そうですね、ベイヴィルさん。ここでは誰を狙うとかは考えず、まずは各人のスキルだけ考えてみましょう」
静まり返った会場を、俺は見渡した。
「開始と同時に動くのは、リーナ先生。三人の中でただひとりの防御型キャラクターですからね。まずは補助魔法を連発し、戦闘フィールドに少しでも自分に有利な効果を与えるはず。そうでないと厳しいから」
「魔法ならシルフィーさんも使いますよね」
「そう。だからシルフィーも詠唱するはず。初手から攻撃魔法で、ふたりのHPを少しでも削ろうとする」
「それにシルフィーには弓矢もあるからのう」
実況席のヴェーヌスがマイクを握った。
「両方とも使ってくるだろう。初手の遠距離攻撃は貴重だ。どっちを先に選ぶかは……わからんが」
「詠唱中のリーナは不動になる。外れのリスクが減るからあたしはまず、矢を使うと思う」
シルフィーが解説する。
「それから魔法。これは多分リーナとヴェーヌス、双方に向けるはず」
「対してヴェーヌスは基本、格闘戦を好む。だから接近戦に持ち込もうとするだろう。だが、ここにポイントがある」
「どういうことでしょうか、モーブ様」
「ええベイヴィルさん。たとえばヴェーヌスが先生に向けて走れば、狙いは一目瞭然。そこでシルフィーがどう動くか。ヴェーヌスとふたりで先生を潰し、とりあえずひとり消そうとするか。あるいは味方すると思わせておいて、ヴェーヌスの背中に矢を射ち込むか」
「なるほど。三つ巴戦ならではの展開ですね」
「相手の出方の読み合いになる。その意味でヴェーヌスが初手にまたあの魔法を使う可能性はある」
「アペプだな。たしかにあのあたしならやりかねんことだ。ふたりに同時に向ければいいからのう。それへの対処を見ながら、どちらから潰すか判断する」
「わかったーっ。もう待ち切れん」
「はよ始めてくれーっ」
「賭けに勝ったらシルフィーに膝枕を──」
いや知らんがな。
「時間となりました。それではモーブ様、決勝戦の宣言をお願いします」
女将に促され、立ち上がった。会場は息を呑み、俺の一挙手一投足を見守っている。
「それでは本イベント、ベローナ・サルトゥス。決勝戦を始めます。三者……」
コロシアムの三人は、無表情のまま。特に構えもせず、腕をだらんと垂らしたままだ。
「戦闘開始っ!」
宣言と同時に、リーナ先生の体が激しく明滅を始めた。予測どおりに。と、ヴェーヌスが駆け出した。同時に、シルフィーもスタートを切る。事前の推定とは違い、攻撃魔法も弓矢も使わず。一直線に、リーナ先生に向かい。ヴェーヌスの進行方向も、リーナ先生。
「なんてこと……。真っ先にリーナ先生を潰す気だわ。ふたりとも。それも魔法や間接攻撃に頼らず」
背後から、マルグレーテの呟きが聞こえた。
「なぜなの……。なぜ……」




