4-11 二回戦第一試合「ランVSヴェーヌス」、意外な(笑)乱入者
「初手の補助魔法戦法だ」
「一回戦と同じだな、ランちゃん」
「ああ」
「相手はどうだ」
「まだ動いてないわよ。ヴェーヌスさん」
「変だな……」
観客の疑問も、もっともだ。なにせヴェーヌスは格闘士。殴り合う間合いまで近づかなくては、なにもできない。相手が補助魔法でフィールドを自分有利に染める前に、普通なら間合いを詰めるはず。
「どういうことでしょう、ヴェーヌスさん」
実況席のベイヴィル女将が、ヴェーヌス(リアル)に話を振った。
「近づかなくては話が始まらないのは、ランも同じ。回復魔道士だからな。あそこのあたしは、様子を見ておるのであろう。相手の出方によって、戦略を変えるはずだでのう……」
「なるほど」
「なーるんご」猫、頷く
このもらい猫、今はヴェーヌスの胸に抱かれて、ごろごろやっている。ヴェーヌスも、猫相手だとあんまり嫌がらないのが不思議だ。でも考えたらくっついてくるランにもほだされてたし、かわいい存在に攻められると、意外と弱いのかも。
「見ろ。そうこう言っているうちに、あたしが仕掛けるぞ」
いつまで経ってもランが動かないのを見て取ったのか、ヴェーヌス(バーチャル)がゆっくり手を上げた。振り下ろしながら口が、なにか言葉を発する形に動く。これまでの全試合同様、戦士は言葉自体、発しはしないが。
……と。ランに向かい、闇の道が現れた。ほぼ漆黒と言っていいほど深い紫の。同時に、ヴェーヌスの足元から、一匹の蛇が這い出てきた。体長一メートルほど。紫と黄色の縞模様で、見るからにヤバげな奴だ。
こいつは知ってる。あの蛇は──。
「闇と混沌の蛇、アペプよ。もう忘れおったか、モーブ」
「覚えてるさ。アルネのねぐらを目指し、不死の山を登った。そのときにお前が召喚した奴だろ。魂を混沌へ突き落とすとかいう」
だがあのときは、数百匹だった。今回は一匹だけ。蛇というのにすごい勢いで突き進んでいる。ランに向かい。
「これは勝てないねー、私」
実況席のラン(リアル)が、呑気な感想を口にする。
「なーん」
猫も、さもありなんという顔だ。
「動かなければな。だが、ランのことだ……」
ヴェーヌスの言葉が終わる前に実際、ランが動いた。横っ飛びで闇の道を避けると、ヴェーヌスに向かい走り始めた。一直線ではなく、弧を描くように。アペプを避けるためだろう。
アペプの体からランに向かい、また闇の道が走る。ランが避ける。アペプが近づく。そんな繰り返しの末、ヴェーヌスまで体ひとつの位置で、アペプはついにランに接触した。大きく開いた真っ赤な口には、鋭い牙が覗いている。魔族が使役する蛇だ。致命的な毒を持っているだろう。
「危ないっ!」
「なんでよけないんだ、ランちゃんっ」
「あっ!」
観客が総立ちになる。蛇を引き付けに引き付けたランは、襲われる瞬間に地面を転がった。いつの間にか抜いていた「放浪者の短剣」で、アペプの喉を横一文字に斬り裂く。どうっとモンスターが倒れ込んだときにはもう、立ち上がる勢いを使って跳躍していた。逆手に構えた短剣を、まっすぐヴェーヌスの首に向けて。
「疾いっ」
「これは避けられん」
「あっ!」
のけぞったヴェーヌスの喉を、ランの短剣が斬った。
「致命傷じゃない……」
実況席のヴェーヌスが呟いた。
「しかし、レベルカンストしたランのアジリティーがこれほどとは……」
絶句している。
「見ろっ!」
大歓声の中、ヴェーヌスが飛び退いた。今の一撃で、頭上のHPバーが二割ほど瞬減した。そのままじわじわ減っていくのは、失血による体力減少を意味しているのだろう。実際、ヴェーヌスの首元は銀色に輝いたままだし。
身を回しながら、ランの短剣が次々ヴェーヌスを襲う。回転の勢いを生かした攻撃だから、一撃一撃に力がある。ヴェーヌスの腕に防御創の筋が増えていった。攻撃が速いからか、受け流すのが精一杯に見える。しかし……。
「あっ!」
ヴェーヌスの体から、ピンクの霧が噴き出した。どこからともなく。それに包まれたランに異変が起こる。攻撃を繰り返してはいるが、ターゲティングに狂いが生じ、ヴェーヌスの体に剣が向かっていない。
「あれはなんですか、モーブ様」
女将に振られたが、俺だって初見だ。こんなの。
「ヴェーヌス。父親から受け継いだ技かなんかか、あれ。見たことないけど」
「魔王」から受け継いだ……とは言えないからな。あんまり一般には明かしたくない秘密だし。
「あれはあたしの力ではないのう……」
なぜかわからんが、ヴェーヌスは満足げだ。にやにや嬉しそうに、俺を見つめている。からかうかのように。
「お前の技じゃない? それってどういう意味だよ」
「あれはのうモーブ、お前の娘の力よ」
「は? 娘?」
ヴェーヌスがなにを言ってるのか一瞬、わからなかった。娘も息子もクソも、そもそも俺は子なしだ。それにヴェーヌスだって、俺と交わるまで処女だった。過去に誰かを産んだはずはない。娘って……娘!?
ようやく、俺の頭が回り始めた。
「腹の仔か。お前の」
「おうよ」
頷いた。
「あたしの腹に、お前が仕込んだ娘よ。あたしの愛しい」
「生まれてもいないのに、なんで……」
「カンストしてるんだよ、モーブ。忘れたの」
ランもなんだか楽しそうだ。
「きっとお腹の赤ちゃんも、カンストしてるんだ。いいなあ……ヴェーヌスちゃん。私も早くモーブの赤ちゃん欲しいな」
「それよりヴェーヌス、あの技はなんなんだ」
「あたしの娘はサキュバスに変異した。妊娠中のあたしに、お前が何百回も種を植え込んだから……。愛の力が、娘の未来を決めたのだ。サキュバス……つまり淫魔も魔族であるからのう」
「たしかにそんなことを言ってはいたけど、あれは……」
「あれはチャームの魔法であろう。相手に魅了と混乱を引き起こす。だからランはもはや、あたしの実際の姿など見えておらん。ただただ幻と戦っておるのよ」
見当違いの方角に剣を走らせているランを、ヴェーヌス(バーチャル)はじっと見つめていた。……と、いきなり滑り込んで足払い。倒れ込んだランの体に、蛇のように体を巻き付かせる。奇妙な体術でランの体を絞め技で固めると、背後から頭を抱えた。暴れるランの剣が、何度も宙を舞う。ヴェーヌスの腕、血流を得た上腕三頭筋と上腕二頭筋が異様に膨らむと、ランの首があらぬ方角を向いた。仮想戦闘なので無音だが、実戦なら首の折れる音が響いたことだろう。
ランの手が力なく垂れると、短剣が落ちた。HPバーが見る見る減る。五割ほど削れていたヴェーヌスのバーを追い抜くと、一瞬にしてゼロまで落ちた。
「……」
「……」
「……す」
「すげえ……」
静まり返っていた観客に、ようやく声が戻った。あちこちでひそひそ、自分なりの感想や分析を述べ合っている。あまりに異様な戦いだったためか、騒ぐ奴はほぼいない。皆、あっけに取られている様子だ。
「わあー」
沈黙を破ったのは、実況席でマイクを握ったランだ。
「やっぱり負けちゃった。ヴェーヌスちゃん、強いねーっ」
にこにこ顔。楽しくて仕方ないという雰囲気だ。きっとこれも、素敵なアトラクションかなんかに思えているんだろう。ランは無邪気だからな。
「いや。ランの体術もたいしたものであった。娘の助けがなければ、あたしだってどうなったかわからん」
「そうかなー」
「あれなら中堅の格闘魔族にも、普通に勝てるであろう」
「でも私、魔道士だよ」
「いやいやお前、体も柔らかいし。よくあそこまで自在に曲がるのう」
「モーブだよ。寝台で裸の私のこと、いろーんな形にするもん。それに上にしたり下にしたり。横にして後ろからとかも」
公衆の面前で爆弾発言。
「あれで体が柔らかくなったんだよ、きっと。毎晩だからねー。それにあれ、気持ちいいんだー。ヴェーヌスちゃんだって毎晩、喘いでるじゃん。あれで」
「まあ……」
ベイヴィル女将が絶句した。目を見開いて、俺のこと見つめてる。まじまじと。上から下から下から下まで。今度は下から上から下から下まで。見る見る顔が赤くなってきた。
「あの……冗談ですからね、ランの」
「声が掠れてるぞ、モーブ」
誰か観客が混ぜっ返して客席を爆笑が包んだ。
「もう恥ずかしくて外は歩けんのう、モーブよ」
ヴェーヌスはにやにや笑っている。
「なーん……ご」猫まで溜息。
「まあその分、部屋に籠もればよいわい。寝室に閉じ籠もって、あたしやラン、それにみんなを相手にすればよい」
「俺も交ぜろーっ!!」
どこぞの紳士、魂の絶叫。
恥オブ恥。
「もう言うな。俺もう、穴があったら入りたいわ」
「お前は毎晩穴に入ってるだろ、アホっ!」
あの下品な観客、これから殺しに行っていいか。いやマジで。




