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4-8 一回戦第四試合「山育ちランVS田舎貴族マルグレーテ」

 戦闘開始の合図と共に、ランの体が白銀に輝いた。そのまま何度も、高速に明滅する。


「なんだあれ……」

「魔法か、もしかして」


 観客が叫ぶ。


「ランさんは、マナ召喚魔道士でしたっけ」


 ベイヴィル女将が資料をめくった。


「私、呪文詠唱系魔道士だよーっ」


 自分のアバターを見つめながら、ラン(リアル)が解説する。のんびりした口調で。


「このアバター戦だと声が出ないからね。だから詠唱が聞こえなかったんだよ」

「戦闘に役立つ補助魔法を、冒頭にてんこ盛りで詠唱したんだろ。まあ常道だ」

「でもモーブ様、あんなに速い詠唱など、聞いたことがありません。あれ一度またたいたのが一回ですよね」


 女将は、信じられないという顔。


「なーお」


 ……猫も。


「ランちゃんの究極の姿よ、きっと」


 実況席、俺の隣で、マルグレーテが唸った。


「究極……」

「そう。だってランちゃん、ヘクトール在学中に魔法大全、最終ページまで完璧に読破暗記したでしょ。あんな分厚い魔導書」


 そういやそうだった。


「あの暗記だけでも、ランちゃんは天才よ。だから魔法自体は全て習得したも同然、あとはレベルアップでどこまで解放されたかだもの」

「そういえば、ここまでの試合に出たみんなも、ものすごく強かったよねー、モーブ」

「たしかに……」


 ランの言う通りだ。このコロシアムでは各人、現在の状態よりはるか上まで能力が解放されているのかもしれない。


「でも、マルグレーテちゃんも速いよ。ほら」

「ああ」


 マジだ。ランほどではないにせよ、マルグレーテの体からも何度も光が生じている。


「つまり、これで双方、効果付与は一巡したってことか」


 観客が大声を出した。


「次はマルグレーテから攻撃魔法が飛んでくるぞ。俺のランちゃんに」

「誰がお前のランちゃんだ」

「しかもアクセサリーの効果で、全ての魔法が二度がけになる。ヤバいぞ」

「見ろっ! ランちゃんが行くぞっ」


 ランは駆け出していた。一直線に。


「マルグレーテちゃんに攻撃されたら、ひとたまりもないからな」

「間接攻撃手段がほとんどないもんな、ラン様。短剣ファイトに持ち込むしかない」

「斬り合いの最中なら、マルグレーテちゃんも詠唱するいとまがないもんな」

「そういうこと」


「でもわたくし、そうは簡単にはやられないわよ」


 観客に答えるかのように、実況席のマルグレーテがマイクに告げる。


 実際、マルグレーテ(アバター)は、攻撃魔法を詠唱した。体から飛んだのは、風魔法の鎌鼬かまいたち


「避けようのない広範囲魔法で牽制するつもりだな、マルグレーテは」

「そうですねモーブ様。足さえ止めれば、次にアイスジャベリンとかファイアボールを撃てます。強力なものの、相手をしっかり狙う必要のある魔法を」

「ベイヴィル女将の言う通りだ」


 それに鎌鼬にしても、詠唱レベルが高ければ相手は体中ずたぼろになる。場合によっては、初手一発だけで終了だ。ましてランはヒューマン。皮膚が柔らかいから、風魔法でも容易に肉が裂けてしまう。


「だけど見て、ランちゃんの速度が落ちないわよ」


 マルグレーテが目を見開いた。


「凄い……」

「でも食らってはいる。……ダメージは」


 ランアバターの受傷部分は、輝いている。だが、HPゲージはほとんど削れていない。


「ダメージロスが少ない。極端に」

「ランちゃんのチェインモノキニとスコートには魔法耐性があるのよ、モーブ。それに物理ダメージもほとんど防ぐから、刃のような鎌鼬だと通じにくいのかも」


 マルグレーテ(リアル)は、手で口を覆った。


「それに初っ端の補助魔法連発もあるしな。あれで随分魔法耐性だの戦闘中HPだのを上げたはずだ」

「これだと純粋魔法系のほうが良さそうね」


 本体のその声を聞いていたかのように、マルグレーテ(アバター)がファイアボールを発射した。相手の防御力に気づいたのだろう。狙いが定めにくいので、連発する。「ボール」と言うものの、手を離れててからどんどん大きくなる。最終的に直径二メートルほどにもなるから、避けるのも難しい。


 一直線にマルグレーテに向かうランは着弾寸前、左右にステップして避けている。あのどでかい炎の球体を。


「速い……」


 観客が何人も、口をあんぐり開けている。回復魔道士のアジリティーじゃない。格闘士並だ。


 そうは言ってもマルグレーテだって連発している。ランも多少は食らうのでHPバーはそのたびに一割程度削れるが、すぐ回復していく。


 回復速度も速い。やはり最終レベル見当なのかもな。アバターは。これまでの実戦で、ランのHPがあんな速度で回復した試しはないし……。


「あと数歩ですね、モーブ様」

「ああ……」


 女将も俺も今はただ、高速戦闘を呆然と眺めているだけだ。


 もう数秒で、ふたりは邂逅する。ランの抜いた短剣が、湖畔の太陽にきらきら輝いた。


 ……どうするんだ、マルグレーテは。近接勝負だと、詠唱時間がある分だけ、魔道士には隙ができる。あの速度のランの相手にはなるまい。


「ランちゃんのパンツ見えたっ」

「スコートがめくれた。白だっ!」

「脱ぎたてのあれ、10万ドラクマで買うわ、俺」


 紳士観客、いい加減にしろ。今パンツどころじゃないだろ。


「……」


 マルグレーテは後方に走り始めた。逃げながら低レベル炎魔法を連発する。低レベルなら、ほぼ即時に撃てるから。


「炎は思わず目をつぶるし、目くらましになりますね、モーブ様」

「ああ。その間に距離を取り、強力な魔法を打つつもりだろう。マルグレーテは」


 たしかにランは目を閉じた。……だが、そのまま突進を続けている。


「凄え……」

「パンツより凄い……」

「いや白パンツのが尊い」


 どうでもいいわ、アホ。さすが山奥の村育ち。力こそないものの、体幹のバランス能力凄いな、ランは。


 走りながら、マルグレーテが短剣の柄に手をかけた。


「……諦めたか」

「ついに斬り合いだ」

「魔道士同士だぞ、しかし」

「このトーナメントは全戦、意外な展開をするな」


 いやたしかに、あの客の言う通りではある。


「あっ!」


 絶叫した観客が総立ちになる。マルグレーテが、短剣の抜きざまにランの首を刺したからだ。達人の居合い切りとも見紛う、見事な剣筋で。同時に、ランも相手の首を刺している。


「相討ち……」


 ふたりのHPバーがどんどん削れていく。互いの首を刺したまま動きを止めた両者は、相手を睨んでいる。


「いや、削れ方が違う」

「まさか……」


 中空に浮かんだHPバー、減少度合いは明らかにランのほうが少ない。


「モーブ様、あれは……」

「マルグレーテの『従属のカラー』には、斬撃無効化と物理ダメージ八割減スキルがある。対してランのモノキニとスコートには、物理ダメージ軽減。ここまでは五分だろうが、ランの即天王の指輪に、HP無限回復効果がある。だから減った分のバーがすぐ戻るんだ」


 このままでは負ける──。そう悟ったのかマルグレーテは、剣を抜いた。ランの心臓を突こうと腕が動く。その一瞬の隙を衝いて、ランの短剣が横一文字に動く。マルグレーテの喉を切り開くように……。


「……」

「……」

「……」


 俺達は、コロシアムを見ていた。HPバーを削り切られたマルグレーテのアバターが消え去り、ランだけ残った中空のコロシアムを。


「……すげえ」


 ようやく、誰か観客が声を絞り出した。


「相互魔道士戦って、もっとこう眠いものかと思ってた」

「遠くからやり取りするだけでどっちかが倒れるとかな」

「なのにこんなにスピーディーなんだ……」

「そらモーブのパーティーだからな。そんじょそこらの凡魔道士じゃないわ。どっちとも」


 総立ち観客から、ざわめきが広がった。


「と、とりあえずパンツ見せただけ、ランちゃんの負けだな」

「いや勝ちだろ。パンツ見せただけ。ラン様のパンツだぞ。お前の命十人分の価値がある」

「白パンツなのがなあ……。白銀のミスリルチェイン製ミニスコートから覗くのは、黒であってこそ──」

「いや、究極のパンツは白。文句は言わせん」

「そもそもあのパンツは──」


 いやお前ら、話がどんどんずれてるぞ。俺の感動返せ。

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