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4-6 一回戦第三試合「養護教諭リーナVSアールヴ・ニュム」

 駆け続けるリーナ先生の体が、突然白く発光した。何度も。


「モーブ様、あれは」


 ベイヴィル女将が俺を見た。


「補助魔法を自分に施したんだ。多分……戦闘中HP増加、行動速度増大。次は敵魔法効果半減、敵行動速度遅延とかを放つぞ」

「でも呪術者のニュムに、魔法効果半減って効果あるのかな」


 当のリーナ先生(リアル)は首を傾げている。


「効果はない」


 ニュム(リアル)は、はっきり言い切った。


「呪力は魔力じゃないからな。だがこれで、リーナと僕が近接戦闘に入るのは確定した。僕も仕掛けるぞ」


 言葉通り、コロシアム上のニュムの体から、紫の煙が立ち上った。そこにリーナ先生の白い光が混じり合う。


「双方、補助効果のつばり合いだ。魔道士系と巫女筋なのに、まさかの斬り合い、殴り合いとはな」


 予想だにしてなかったわ、こんなん。


「始まるぞっ!」

「斬り合いだっ」


 観客の叫びが聞こえた。もう両者は間合い直前。剣を抜いたニュムは、自分の間合いを悟られない、居合いの構えだ。初発の攻撃力こそないが、防御面では有利な。


「リーナの抜剣はまだか」

「負けっちまうぞ。抜かないと」

「駆けながらだとバランスが難しい。ぎりぎりで立ち止まって抜くだろう」


 多少は戦闘経験のある奴がいるらしく、観客の誰かが解説する。リーナ先生は、剣の柄に手を掛けた。


「間合いだっ!」

「抜いたっ!」


 剣を抜く勢いのまま、リーナ先生が下から薙ぐ。


「これは……」


 まさかの相居合いだ。だが……先生の武器は両刃の短剣……というかダガーだからむしろ、格闘用ナイフだ。これに対しニュムは、小柄な体格や筋力のない巫女ジョブだから極端に短いしつらえとはいうものの、長剣持ち。間合いの差は明らかだ。


「あっ!」

「相討ちっ!」


 興奮のあまり、観客が何人か立ち上がる。初発、リーナ先生はニュムの剣をダガーで受け切った。


「うまい……」


 思わず……といった体で、ヴェーヌスが呟く。


「あの衝撃でもダガーを落としてはおらん」


 だが、ニュムはそれを予測していた。弾かれた剣を器用に回す。剣舞のように。そうして再度、下から剣を振った。先生の喉笛を狙い。


「勢いが……」


 走り込んだ勢いがあり、リーナ先生は跳びじさるのも難しい。喉が割かれる……。


 誰もがそう思った瞬間、体が反り返った。バレリーナのように柔軟に。素早く。ニュムのメイデンスウォードを、喉ぎりぎりでかわす。宙を切った剣が、リーナ先生のアミューレットを斬り飛ばした。湖畔の陽光に、ばらばらになった鎖が輝きを散らした。ダイヤを振り撒いたかのように。


「よく避けられたな」


 ニュム(リアル)が唸った。


「おそらく、補助魔法で加速されていたからだ、ニュム」

「モーブ様の言う通りかもですね」

「でも近接戦だ。もうふたりとも距離を取る余裕なんてない」


 俺の言葉に、ベイヴィル女将の視線はコロシアムに釘付けになった。


「短い間合いでの斬り合いだ。なにが起こるかわからない。細かな有利不利より、偶然が支配する戦いになった」


 なんせ、まだふたりとも、一ポイントすらHPを削られていないからな。多少どちらかが押しても、急所を突かれれば一気に形勢は逆転する。


「あっ!」


 距離が取れないはずという俺の予想は、あっさり裏切られた。リーナ先生が、まさかの速度で横っ跳びしたからだ。俺のパーティーでAGL最速のアヴァロンより速い。先生の目が、赤い残像を残したくらい。……いや、赤……だと?


「……」

「……」


 実況席の俺達四人とも、思わず絶句した。リーナ先生の瞳が、赤く輝いている。あんな色、見たことがない。魔法を放ったときですら、先生の瞳が光を発するなんてことはない。


 追撃してきたニュムの剣筋を屈んで避け、先生は地面を転がった。素早く。背後に回ると立ち上がった勢いのまま、ニュムの腎臓を突く。


「初撃だっ!」

「しかも急所」


 観客の絶叫が、湖対岸の山にこだました。


「これでHPは二割減か」

「いや……なにかおかしい」


 実際そうだ。リーナ先生に背中を突かれたニュムは、凍りついたように動かない。剣を振り切った体勢のまま、石にされたかのように。リーナ先生も、微動だにしない。剣で相手を串刺しにした姿のまま。


「バーだっ」

「見ろっ」


 あちこちから、コロシアム上空を指す手が挙がる。ニュムのHPバーが、急速に左へと……つまり減少方向に短縮していく。


「剣が突き刺さったままだからかな」


 女将の声が、遠いところからのように耳に入った。


「でもなんで逃げないのでしょう、モーブ様。刺されたままですよ」

「……」


 だが俺は、女将の質問に答えられないほど驚愕していた。リーナ先生のHPバーが、じりじり右へと伸びつつある。


「私のHPバーが……増えてる。満タンよりも……」


 リーナ先生は、目を見開いている。


「なんなの……これ」


 俺の腕を胸に抱いてきた。


「怖いよ……モーブくん」

「しっかり……」


 そうは言ったが俺にも信じられない光景だった。だってそうだろ。HPバーは開始時、両者の現状の生命力マックスを示している。リーナ先生はまだ、一撃も食らってない。つまりこれは減少したHPを回復魔法で戻しているわけではない。そうじゃなく、百パーセントから、さらに増やしているのだ。ニュムのHPバーが削れていくのに反比例するかのように。


「もう……ダメだっ!」

「バーがない」


 もはや観客は総立ちだ。


「まさかの一撃かっ」

「これ本当に魔道士と巫女の戦いか」

「最速格闘士の戦術じゃないか」


 見る見る減ったニュムのHPバーからは、最後の輝きまで失われた。体が一瞬輝くと、ニュムは掻き消えた。彫像のように静止したままの、瞳を輝かせたリーナ先生を残し。

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