4-4 一回戦第二試合「獣人巫女・アヴァロンVSハイエルフ・カイム」
アバターだから声こそ出ないが、コロシアムのアヴァロンは、なにか叫んだ。そのまま体を低くし、上げていた手を地に置く。……と、アヴァロンの手から地面の四方八方に、紫の発光が広がった。
「のぞみの神殿の巫女だからな、アヴァロンは」
解説した。観客は多分、誰ひとりこれがわからないだろう。
「戦闘では地形効果を操れる」
「ええ。私はケットシー巫女ですから。こうやって戦闘の前に、味方に有利な地形効果を与えるのです」
「カイムとアヴァロンは、ふたりとも霊力系だ。属性の優劣は無い。ただ……カイムはハイエルフだから、直接戦闘力は勝る」
「そこですね」
カイム(リアル)が頷いた。
「アバターの私が、ああしてアヴァロンさんに突っ込んでいっている。私は長剣。アヴァロンさんは短剣。遣い手の力量が仮に同じとしても、長剣のほうが間合いや攻撃力に優れる。自分の不利を補うよう、地形に効果を与えたのです」
「なるほどっ」
「アヴァロンちゃんは俺の嫁ということだな」
「ならカイム様は俺がもらう」
「お前ら調子に乗るな。ふたりとも俺様のものだ」
いやお前ら、ちゃんと話聞いてないのかよ。美少女に見とれてるんじゃないよ。これ、ショーとはいえ、格闘技だぞ。少しは頭使え。本能だけじゃなく。
「といってもアヴァロンは獣人。VITが高いから打たれ強い」
俺の指摘に、カイムは頷いた。
「たしかにそうですね、モーブ様」
実際、不死の山でのアドミニストレータ四体ボス戦でも、最後まで生き残っていたしな。
「それにAGIも高い。高いアジリティーを生かし、攻撃速度が半端ないから、敵の剣一撃の間に、最低でも二発は叩き込めるだろう」
「まして、私のアバターは長剣。アヴァロンさんは短剣。間合いが短い反面、素早く扱えます」
「そう褒められては……なんだか恥ずかしいです」
アヴァロンが、頬に手を当てた。少し顔が赤くなっててかわいい。
「カイムは長剣。アヴァロンは地形効果と短剣。観ものだがまあ、すぐわかる。ほら……始まるぞ」
すでにふたりは、あと一歩の間合いだ。カイムが長剣を上段に振りかぶる。アヴァロンはまだ短剣を抜いていない。……ただ体をすっと落とし、半腰になった。頭では猫耳が激しく動いている。相手の気配を探っているんだ。
「これは……決着が早いぞ」
背後から、ヴェーヌスの呟きが耳に入った。魔王の娘ヴェーヌスは、格闘系前衛。それだけに直接戦闘については、誰よりも判断が正しい。
ヴェーヌスの言葉どおりになった。大歓声の中、カイムが長剣を振り下ろす。誰もが、アヴァロンは斬られたと思った。だが、カイムの剣筋は宙を切った。なぜなら、目にも止まらぬ速度で、アヴァロンが横に跳んで躱したから。
「速いっ!」
「しゃがんだのはこのためかっ」
「脚のバネを最大限に使うためだ」
「さすが獣人。脚の筋力、パねえ」
空を切ったカイムの剣は、銀色の残像を残していた。
「あの残像……」
「霊力が溢れているんだ」
「あれで斬られたら、ダメージはでかいぞ。特に……邪悪な魔族やアンデッド系は」
「それよりアヴァロン様が……」
「すげえ……」
実際、アヴァロンは凄かった。横っ飛びに一メートルほども移動し、巫女の履物でぐっと静止する。胸が地面に着きそうなくらい低い姿勢だがよろけることすらなく、踏ん張っている。超人的なバランス能力だ。
「……っ!」
無言の叫びを上げたカイムが、アヴァロンに襲いかかった。逆襲を警戒し、下段の構え。振り回す剣がまた、銀を曳いた。……が、避けるどころかアヴァロンは、敵の間合いに飛び込んだ。体を回転させるように。
カイムの剣がアヴァロンの腹を割く。HPバーが大幅に減る。ほぼ同時にアヴァロンが、回転しながらアヴァロンに攻撃を始めた。まず肝臓あたり、二周目に腎臓、三周目に内腿の大腿動脈を薙ぐ。ふたりの体、ダメージを受けた部分が次々に銀色に輝く。実戦であれば、両者とも血塗れだろう。攻撃を受けるたびにカイムのHPバーが、がくっがくっと短縮されていく。
「見ろっ!」
観客が総立ちになった。四周目のアヴァロンが、カイムの心臓あたりに「のぞみの匕首」を突き刺したからだ。
「嘘だっ」
「魔法銀の胸当てを貫通してやがる」
「ただの短剣じゃないぞ、あれ」
「巫女筋伝承品だもの」
「それに初っ端、地形効果を与えていたろ。あれが地味に効いてるんだ」
「魔法と違って地形効果は、戦闘中はキャンセルできないからな、敵側からは」
胸当てを貫いた理由はどうあれ、この一撃が致命傷になった。カイムのHPバーは最後のひと筋まで削られ、見えなくなった。凍りついたかのように、カイムとアヴァロンが静止する。そのまま、カイムの姿が掻き消えた。
「……さすがです、アヴァロンさん」
実況席で、カイム(リアル)が溜息を漏らした。
「一応敵設定だというのに、見とれてしまいました。見事な太刀筋。回転しながらもバランスを崩さず、確実に相手の急所にダメージを入れていくなんて……」
「獣人ならではのバランス感覚ですね」
ベイヴィル女将も、手に汗を握っていたようだ。溜めていた息をほっと吐くと、かわいいタオルで額を拭っている。
「いえ、カイムさんの太刀が凄すぎたんですよ」
アヴァロン(リアル)は首を傾げてみせた。
「だからこそ、相討ち覚悟で懐に飛び込むしかなかったのです」
「実戦だとあれだよな、言いたくはないけどアヴァロンも致命傷食らってるだろ。カイムの最初の一撃で。いくら獣人のVITが高いとはいえあれ、ハイエルフ渾身の一撃だし」
「そういうことです、モーブ様」
澄んだ瞳で見つめられた。
「あれは感情レスのアバターだからこそ取れた作戦。実際の私では、あそこまで踏み切れないでしょう。……モーブ様の命が危ないとき以外は」
「そのときなら私も、命を差し出すでしょう。同じですね」
楽しそうに、カイムも微笑んでいる。
「いや、それは困る。ふたりが冥府に落ちるくらいなら、俺の命を差し出すわ、敵に」
「まあ……皆様、お熱いことですね」<ベイヴィル女将
「んなーん」<猫知らん顔。顔ぺろぺろ
なんだよ猫、感動のない奴だ。まあ猫だから仕方ないか。
「次の試合が楽しみですね」
女将の感想に、大歓声が重なった。




