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4-2 一回戦第一試合「森エルフ・レミリアVSダークエルフ・シルフィー」

「うまい」


 実況席で、シルフィー(リアル)が腕を組んだ。


「接近すれば、戦士であるあたしが有利。当然、レミリアは矢で牽制してくる。だから射矢を防ぐために、短時間詠唱魔法を先行させたのだ」

「あたしだってエルフ。その程度の陽動、わかってるし」


 レミリア(リアル)が反論する。実際、バーチャルコロシアムではレミリア(バーチャル)が、闇の雷撃魔法を跳んで避けた。飛び上がったまま矢を射出する。放物線を描いた矢が、シルフィーのすぐ前に着矢する。駆け込んできたシルフィーは、横っ飛びにそれを避けた。


「飛んだまま矢を射るなんて」


 スカウトスキル持ちのベイヴィル女将が、目を見開く。


「地面で踏ん張りもできないのに、あんなに正確に……」

「ごろごろ」<猫


 先程まで寝っ転がって目を閉じていた猫も、大歓声に促されたのか体を起こし、興味なさそうにコロシアムを眺めている。


「エルフはどの種族も、バランス感覚に優れる。あれくらい当然だ」と、シルフィー。コロシアムでは自分の分身が戦っているというのに、レミリアのこともちゃんと持ち上げる。現実世界ではふたりとも仲良く俺の嫁なんだからまあ、当然ではあるが。


「見て、あたしの晴れ姿」


 着地すると同時に、レミリアは二の矢を放った。すごい勢いで連射する。シルフィーは横に走って避けていたが、最後の一射だけよけきれず、横腹に受ける。矢が輝いて消えると、シルフィーの腹も銀色に発光した。


 アバターはどちらも無言。シルフィーの表情にも変化はない。バーチャルコロシアムの戦いは無痛だからだ。


「やった! 初ダメージだよっ」


 レミリアがコロシアム上空を指差す。


 そこには、ふたりの戦士のアバターイメージと、HPバーが表示されている。HPバーはふたりとも同じ長さだ。ダークエルフであるシルフィーのほうがHP絶対値は高いはずだが同じということは、これはパーセント表示なのだろう。今の負傷で、シルフィーのバーはざっと十パーセントほど、短くなった。


「当たったっ」

「これは痛い」


 観客が歓声を上げる。


「いや……たった一割かよ。内臓に食らったのに」

「思ったより耐えるわね」

「防具の特殊効果で、DEFにボーナスポイントが振られてる。だからだろ」

「なるほど」

「でもレミリアちゃんのほうが凄いよ。だって特殊効果てんこ盛りだ」

「これはいい試合になるな」

「ふわーあ」<猫があくび

「ただ……レミリアちゃんの特殊効果はCHAに偏ってる。フィールドのスカウトスキル面では有利だが、一対一の戦いとなるとどうか……」

「見ろ。また当たった!」


 たしかに。レミリアの次の矢が、シルフィーの胸当てに突き刺さった。なぜならシルフィーが、なぜか足を止めていたからだ。


 HPバーが、さらに五パーセント程度短くなった。


「胸なのにダメージ少ないな」

「DEFスキル持ちの防具が受けたからな」


 立ち止まったまま、シルフィーは背中の大弓を抜いた。脚を広げしっかりスタンスを取っている。矢をつがえると、つるを引き絞る。大歓声にも負けず、ぎりぎりという音が響いた。敵の攻撃を受けてもいいと判断して、立ち止まったのだろう。


「シルフィーの装備は大弓だ。速射性能には欠けるが、攻撃力は大きい」


 俺の指摘に、ベイヴィル女将は頷いた。


「だからどうしても立ち止まる必要があるのですね。強弓だから、しっかり踏ん張って、全身の筋力で引かないとならない」

「そういうこと。魔法戦士は本来、中衛だ。敵ファイターの剣攻撃を受けない間合いで、魔法や大弓で攻撃する。敵ファイターの攻撃をこちらのタンク役が防いでいる間に、強力な攻撃で戦況をひっくり返す。だから速射は求められないジョブなんだ。それよりは攻撃力で、装備を選んでるわけさ」

「なんだか、シルフィーかわいそう」


 アバターが戦っている相手というのに、レミリアはなぜか同情的だ。


「あたしは痛くないし、あのバーチャルあたしにも痛覚は無いようだ。だから気にするな、レミリア」


 シルフィーは、コロシアムを見つめている。


「それより、戦いをしっかり見ておけ。この戦いで得られる知見は貴重だぞ」

「うん、シルフィー」


「なんだ、あれ!」


 観客が叫んだ。興奮のあまり立ち上がって、シルフィーを指差している。


「矢が……」


 シルフィーが引き絞った矢の先端、つまりやじり部分に、魔法陣が発生している。黄金の六芒星が。


「やるなあ、あたし」


 シルフィーが顎を撫でた。


「あれはダークエルフ、それも魔法戦士ならではの技だ」

「どんな効果があるの」

「まあ見ていろ、レミリア」


 コロシアムでは、危機を察知したレミリアが、小型の矢を五つも一気に射出した。そのうち四つが、シルフィーの体に命中。HPバーは五十パーセントを切った。それでもシルフィーは、微動だにしない。矢は極限まで引き絞られた。


 ──やっ──という形にシルフィーの口が動くと、大弓から矢が発射された。黒く太い軸を持ち、矢羽も漆黒。鏃では魔法陣が回転している。鏑矢かぶらや、つまり発音機構付きの矢でもないのに、ひゅうっと不気味な風切音が聞こえる。観客の大歓声にも負けずに。射出後、シルフィーは全力疾走を始めた。レミリアに向かい、一直線に。


「……」


 レミリアは真横に走り始めた。あの矢は見るからにヤバそうだ。まず着矢を避け、それから反撃する算段だろう。なにしろもう、シルフィーの体力を半分以上削っている。自分は無傷。とりあえず手数とダメージでは勝っている。この調子を維持できたら、勝ちだからな。


 ……だがシルフィーの矢は、進路を斜めに変えた。レミリアが走る方角に向かって。


「なにっ!」

「ばかなっ!」


 絶叫と共に、観客が総立ちになる。


「なんてこった……」


 さすがに俺も驚いた。ホーミングアロー、つまり追跡機能付きかよ。


「すごい魔法効果だわ」


 ベイヴィル女将も、目を見開いた。


「こんなの、現実ではこれまで使ってこなかったじゃん」

「奥の手、隠し玉って奴だからな」


 レミリアの指摘に、シルフィーは涼しい顔だ。


「それだけレミリア、お前が強敵だってことだよ」


 ちゃんと持ち上げるのは忘れない。さすが俺の嫁だわ。


 コロシアム上のバーチャルレミリアは、立ち止まった。矢をつがえると、飛んでくる魔法矢に向け、連射する。まあ……迎撃するしかないだろう。


 さすが森エルフというか、敵矢の軌跡をしっかり読み切り、真正面から次々に命中した──が、どれもこれも魔法陣で弾かれ、射ち落とすどころか、軌跡に変化を与えることすらできなかった。


 迎撃を片っ端からなぎ倒した黒矢が、そのままレミリアの防具「天之麻迦之胸当あまのまかのむねあて」に突き刺さる。どすっという、野太い音と共に。


 バーチャルレミリアは痛がってはいない。だが矢の消失と同時に、胸が輝き、HPバーは五十パーセントまで削り込まれた。思わず……といった様子で、膝を着く。


「一撃必殺かよ」

「胸当ての特殊効果が無かったら、今ので即死だな」

「胸のど真ん中だもんな。心臓直撃の」


 興奮した観客のざわめきの中、それでもレミリアは立ち上がった。もう、目前までシルフィーが迫っている。弓を投げたレミリアは、腰の装備「放浪者の短剣」を抜き放った。大声でなにか叫んだ形に口が動くと、シルフィーも黒い刃の短剣を抜く。


「いよいよ近接戦闘か……」

「モーブ……」


 手を求めてきたので握ってやった。


「大丈夫だよ、レミリア。これはただのゲーム、仮想戦闘だ」

「わかってる……」

「それよりしっかり見ておけ。シルフィーが言うように、模擬戦から得られる教訓は大きい」


 実際俺も、それが知りたいこともあり、案件を請けたからな。


「うん……」


 だが……結果は見えていた。直接戦闘となると、スカウトより魔法戦士のほうが強い。ましてダークエルフ。森エルフより攻撃力も防御力も高い。森エルフが有利なのは、AGLが高いことくらいだ。レミリアは装備効果でAGLがことさら高いし。


 実際、レミリアはよく戦った。シルフィー一撃の間に、二、三回は刺突や斬撃を繰り返した。ふたりのHPバーが、見る見る削られていく。……だがこうなると、HP絶対値の差、それに攻撃力の違いは隠しようもなかった。


 息詰まるナイフファイティングの末、シルフィーが二の腕を軽く薙ぐと、レミリアのHPバーから、最後の輝きが消えた。ファイティングポーズのまま、両者が固まる。銀色に発光すると、バーチャルレミリアの姿が掻き消えた。勝者シルフィーだけを残し。


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