4-1 イベント「ベローナ・サルトゥス」開始!
「すごい人だな……」
イベント当日の朝。すでに観客満載の湖畔に、俺達は出向いた。拍手や口笛で歓迎される中、実況席に案内される。
「よろしくお願いします。モーブ様」
実況席。俺の隣で、女将ベイヴィルが頭を下げる。今日もいつも通り、スカウト服姿だ。あーちなみに猫野郎シュレは、実況席テーブルで腹を見せてごろごろ言ってる。猫は悩みがなくていいな。
「こちらこそ。いやー準備、大変でしたね。お疲れ様です」
実際、会場を突貫工事で設えて、常連だけでなく初見の金持ち貴族連中まで触れを回して集客した。例のシニアマネジャーをはじめ、ポルト・プレイザーのリゾート経営者達も協力してくれたよ。
「モーブ様のおかげでイベントも、満員御礼です」
嬉しそうだ。
「エスタンシア・モンタンナにこれほどお客様が集まったのは、先代以来。何十年ぶりのことです。それだけに皆、段取りであたふたしてしまって……」
困ったように首を傾げると、柔らかそうな髪が、さっと流れた。
「いや立派でしたよ、スタッフのみんなは。なあ、そうだろ」
「ええ」
「うん」
「だねー」
「ごろごろ」<猫
俺の仲間は皆、俺とベイヴィルの後ろの席に腰を下ろしている。観客からよく見えるように雛壇状に席が作られていて、背後に行くほど高い。俺と女将のすぐ後ろには、レミリアとシルフィー……つまり第一試合の対戦相手が座っている。試合ごとに「本物」が実況席に来て、俺や女将と共に解説していく算段だ。
ポルト・プレイザーのビーチバレー大会では、バニーちゃんとおっさん芸人がMCをやっていた。今回は俺達が担当する。南国海岸リゾートでは、気分を浮き立たせるような進行が必要だ。カジノで金を使わせるためにも。
だがここはしっとり上品な森林リゾート。必要以上に煽る必要はない。それに観客は「噂のモーブ組」を見にきている。ただでさえ俺が出ないがっかり感がある。なら解説として俺が出ずっぱりになるのが適切だ。
「かっこいいイベントだねー、モーブ」
にこにこ顔のランが、頭上を見上げた。巨大な魔導ディスプレイが宙に浮かんでいて、「ベローナ・サルトゥス」というイベント名が掲げられている。このあたりの古い言葉で「森の戦女神」とか、そんなような意味らしい。
湖畔の低地に、特設会場を設置。湖を背景にバーチャル闘技場が浮かび、千人近いと思われる観客が、森側からそれを見ている。
広大な湖、さらにその先にかろうじて見えている鬱蒼たる森が借景だ。戦いに熱狂してもらうだけでなく、この機会に今一度、このリゾートの魅力を再発見してもらおうという算段だ。イベントに満足した客は、折々の季節にまた、ここエスタンシア・モンタンナに戻ってきてくれるに違いない。
スカウト服のスタッフが忙しそうに行き来し、観客に飲み物やスナック、スイーツの注文を聞いて回っている。最前列は特別席。丸テーブルを囲う半円形のソファーが配置され、いかにもな貴族や上流階級が談笑している。その後ろはテーブル席。ゆったりしたチェアに小振りなサイドテーブルがある。その後ろからが一般席で、それこそ野球場のように、会場を取り囲む雛壇になっている。
「しかし……、しっかりしたコロシアムですね」
仮想コロシアムが、俺達の前に広がっている。半透明で、地面が微かに白く発光して。短期間で構築したとは思えないほど、立派なものだった。
円形だが、ざっとサッカーコート半面程度の大きさはある。これなら間接攻撃タイプの対戦者でも、存分に戦える。直接攻撃タイプの場合は、いかに速く相手に接近できるかが勝負になる。どちらのタイプにも勝ちのチャンスが十二分にある、中々いい設計だった。
「我がデュール家は、マナ詠唱魔道士系のスカウトです。地形効果を操る魔導の血が、私にも流れておりますから」
前大戦では、魔族の奥深く潜入し、敵前線後方で諜報と陽動活動に従事していたという。言ってみればヴェーヌスの敵だが、特にヴェーヌスは気にしていないようだ。まあ……ヴェーヌスから見ればそもそも俺もランも、魔族の敵、ヒューマンなわけだし、当然かもしれん。
コロシアム構築には、アヴァロンも協力した。なにせ「のぞみの神殿」正巫女ケットシー。地形効果を操る天才だからな。女将の力との相乗効果で、コロシアムもバーチャルファイターもこれ以上ないほどの仕上がりになっている。
「なんだかあたし、別人みたいにしっかりしてるね、モーブ」
後方からレミリアが、中空を指差した。
コロシアム上空の魔導ディスプレイひとつひとつに、参加選手の動画映像が流れている。バストアップから全身像の回転。それに攻撃時の代表的なモーションまで。事前に俺達から直接収録したものではなく、魂コピーでバーチャルキャラクターが生成された後、自動生成されたものだ。
映像が魔法やスキルの大技を決める度に、会場から大拍手と歓声が巻き起こる。酒やツマミで、もうすっかりテンションが上がり切っているようだ。
会場の雰囲気を見て取ったスタッフが、実況席に向けて指を上げてきた。こちらのタイミングでいつ始めてもいいという合図だ。
「いよいよですね、モーブ様」
女将が微笑む。
「ええベイヴィルさん、よろしくお願いします」
「ベイヴィルでいいですよ」
「いや、そういうわけには……」
こっちが「様」呼びされてるのに、呼び捨てではバランスが取れない。
「そう呼んでいただいたほうが、私は嬉しいです」
「でも俺そ──」
言いかけたとき、女将がマイクのスイッチを入れた。
「皆様、お待たせしました。これよりエスタンシア・モンタンナ、夏のスペシャルイベント『ベローナ・サルトゥス』、開会致します」
うおーっという大歓声が巻き起こる。
「ポルト・プレイザーで奇跡を起こし、九十年もの間、誰ひとり手にできなかった景品『従属のカラー』を入手したモーブ様です」
「ほらモーブ、立って」
マルグレーテに促され、立った。観客席に向かい手を振る。いやマルグレーテ、俺のママかよ笑うわ。
「もういいわ、座って」
「はいはい」
苦笑いして腰を下ろす。マルグレーテの奴、あんまり俺を操縦するとお仕置きとして、寝台でまたどっぷり攻めるぞ。
女将がイベント概要を説明し始めた。俺の仲間──つまり参加選手の紹介、そしてトーナメントの進行方法まで。
「今申し上げたようにバーチャル対戦なので流血などはなく、コピー元の本人にもダメージは全くありません」
「いいから早く始めろ」
「ランちゃん出せ。ビーチバレーから俺はランちゃんひと筋だ」
「レミリアちゃんの水着はどうなった」
「じ、獣人……」
いかんな。上品な奴だけじゃなく、本能丸出しの野郎共まで集まってやがる。まあ飲んだせいもあるだろうけど。
「で、ではモーブ様……」
困り果てた女将に振られたので、安心させるように手を握ってあげた。
「俺から説明します。一回戦第一試合は、森エルフレミリアVSダークエルフ魔法戦士シルフィー。エルフ対決です」
興奮した大観衆の叫びが、対岸にこだました。
「では本人に登場してもらいます。……さ」
振り返って頷く。背後の席からレミリアが、俺の隣に移ってきた。手を振りながら。シルフィーは静かに、女将の脇に陣取る。
「みんなのアイドル、レミリアちゃんだよー」
いや、誰が誰のアイドルだ。そもそもお前、大食いフードファイターがいいところだろうが。
「ファントッセン様の許、森で育ったシルフィーだ」
一転、シルフィーはことさらアピールすることもなく、平静だ。
「レミリアはスカウト系森エルフだから、弓が得意。シルフィーも弓を使うが魔導戦士系なので魔法も行ける。さらにダークエルフだけに、戦闘能力は森エルフより基礎点が高い」
手元の操作盤に、俺は手を伸ばした。
「ふたりの装備はこうだ」
コロシアム空間に、文字が浮かぶ。
■レミリア(ジョブ:スカウト系森エルフ)
特殊スキル:大食い
●武器:
銘「雷上動之弓」
クラスS装備
カジノ賞品
特殊効果:必中。アンデッド系即死。魔族系に大ダメージ
銘「放浪者の短剣」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとAGLにボーナスポイント
●防具:
銘「天之麻迦之胸当」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとVIT、CHAにボーナスポイント
●アクセサリー:
銘「サラニューの首飾り」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:CHAとAGLにボーナスポイント
銘「ヴァンの腕輪」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:CHAにボーナスポイント
●他、所持アーティファクト
無銘コイン:すごろく罠マス景品のコイン:鍵持ち主との魂の繋がり強化。モーブから奪取した
アブナイ水着:自分で胸パッド除去した白トライアングルビキニ:居眠りじいさんを硬直させターンをスキップさせる効果あり
■シルフィー(ジョブ:魔法戦士系ダークエルフ)
特殊スキル:なし
●武器:
無銘 闇森の大弓(通称)
クラスS装備
シルフィー父の形見
特殊効果:与毒。稀に麻痺。
無銘 黒刃短剣
クラスA装備
シルフィー父の形見。つや消し黒の刃を持つ
特殊効果:ATKとAGLにボーナスポイント。魔力増大
●防具:
無銘 闇森の胸当て(通称)
クラスA装備
ダークエルフ弓戦士女子標準装備品
特殊効果:DEFにボーナスポイント
●アクセサリー:
銘 「イナウレス・ネロ」
クラスA装備
ダークエルフ魔法戦士装備品
特殊効果:魔力増大。AGLとCHAにボーナスポイント
魔力を高める黒色魔石を加工したピアス。ヒューマン魔道士の杖に相当。魔法戦士のため両手を空ける必要があり、ピアスを用いる。
警告の笛ペンダント
クラスA装備
ダークエルフの里、標準装備品
特殊効果:なし
●他、所持アーティファクト
モーブの木の実
道中でモーブが拾った、きれいな木の実
ただの木の実のようだが、モーブにもらったからかシルフィーは大事にしている。
「すごい……。銘ありアイテムがあんなに……」
「おまけにクラスS装備とクラスA装備の釣瓶打ち」
「ダークエルフ特有の装備品なんて、初めて見た」
「無銘が多いのも、かえって正体不明でヤバげな香りがする」
「そらダークエルフだからな」
観客が息を飲む。
「それよりレミリアちゃんのアブナイ水着ってなんだ」
「リアル本人は水着姿じゃないぞ」
「てことはアバターはこの……スケスケ……」
「うおーっ!」
なんか知らんがそっち方面大好きな兄貴らも、勝手に盛り上がってんな。
「ちょっとお、モーブ」ぷくーっ
レミリアが頬を膨らませた。
「あたしの特殊スキル、『大食い』ってなによ」
「ごろごろ」<猫
「いやなにもくそもだな……」
「バカーっ」
思いっ切りひっぱたかれた。小柄なエルフに俺がはたかれるの見て、観客は喜んでる。だから、まあいいか……。
「では、アバター戦士の登場です」
女将の宣言と同時に、バーチャルコロシアムにふたりの姿が現れた。それぞれ右端と左端に分かれ。遠くに見える互いを、鋭い目つきで睨んでいる。リアルのふたりが向き合うときには考えられないほどの、挑戦的な視線だ。
「なんだレミリアちゃんアバター、水着じゃないんか」
「ただのスカウト服に胸当てか」
「はあーっ……」
「もう帰ろうかな、俺」
あからさまながっかり感。笑うわ。
「それよりシルフィーちゃんのほうが凄いぞ」
「ビキニ姿じゃん」
「む、胸当てさえなければ……はあーっ」
「浅黒い肌の際どいビキニに銀髪ロングたまらん」
「ごろごろ」<猫
まあ勝手に盛り上がったりがっかりしたりしてろ。
「ど、どういうところが見どころでしょうか、モーブ様」
観客が妙な方向ばかり注目してるのを見て取ったのか、慌てたように、女将が振ってくる。
「その……服装ではなく、戦いで」
釘を差してくる。当然だが。
「そうですね。弓と魔法、双方間接攻撃ができます。初手はその応酬から始まるだろうから、そこがまず注目点かな」
「魔法のほうが間合いがありますよね」
「なに言ってんの。あたしの矢はね、ずうーっと遠くまで届くよっ」
レミリア(リアル)が胸を張った。まあ小さいけど。
「あたしは魔法戦士。剣での戦いならあたしのほうが有利だろう。近づいてから、本当の勝負が始まると思えばいい」
シルフィー(リアル)のほうは、冷静な分析だな。
「では一回戦第一試合、レミリア対シルフィー。……モーブ様、お願いします」
俺に取られていた手を、ベイヴィルは握り返してきた。
「よし」
頷くとマイクを握り、腹の底から大声を出した。
「両者、戦闘開始っ!」
轟音と共に、コロシアム上空に魔法の光が輝いた。七色に。花火のように。
「……っ!」
開始と同時に、シルフィー(バーチャル)が駆け始めた。一直線に、レミリアに向かい。
「さすがあたしだ」
シルフィー(リアル)が唸る。
「レミリアの連射は危険だ。初手から間合いを詰める気だな」
レミリア(バーチャル)は、一歩も動かない。矢をつがえると、弓を引き絞った。
「……!」
シルフィーがなにか吠える。といってもバーチャル戦士のためか、声は一切出ない。口が大きく開かれているだけ。同時に耳のピアスが闇色に輝くと、そこから魔法が発射された。一直線に。レミリアに向かい。




