3-6 デスゲームの提案
「いらっしゃいませ、お客様」
メインストラクチャーの前庭に馬車を乗り入れると、数人のベルボーイが駆け寄ってきた。皆、スカウト的な茶と緑の野外服を着ている。これがこのリゾートの制服ってことなんだろう。
「森の寛ぎ、エスタンシア・モンタンナ・リゾートにようこそ」
「ようこそお出でなさいました」
頭を下げる。俺達が馬車を降りると女がひとり、御者席に上がってきた。
「お預かりします」
どうやらバレースタッフのようだ。
「ああ頼みます。馬には水と飯をいっぱいあげて下さい。特に……」
こちらを振り返り、スレイプニールが俺を見つめている。
「そこのスレイプニールには」
こくこく。嬉しそうに、スレイプニールが首を縦に振った。
「お任せを。……ところで」
雑多種族満載の俺チームを見て、首を傾げた。
「もしやモーブ様ご一行では」
「はい」
「そうですか……」
微笑んだ。
「お待ちしておりました。救世主様」
「救世主って……」
俺に構わず、指笛を吹く。エントランスに向かい、──と。
「モーブ様……」
メインの扉が開き、やはりスカウト服の女性が出てきた。まだ若い。胸に特別な刺繍が施されているから、上位職だろう。
「お待ち申し上げておりました。当リゾート女将の、ベイヴィルと申します」
「モーブです。お世話になります」
「いえ、お世話になるのはこちらのほうで」
じっと見つめられた。緑色の瞳は、澄み切っている。
「なにか……俺達にご依頼があるとか」
「はい。……長旅でお疲れでしょう。まずは中でお寛ぎを。清流茶などいかがでしょうか」
「ありがとうございます」
「ではこちらに」
嬉しそうに、俺達を先導してくれた。エントランスロビーのソファーへと。
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「それで……」
ひととおりの社交辞令が終わってから、俺は切り出した。俺達の席では、清流茶のカップが湯気を立てている。
「俺達を招いた用件というのは、なんでしょうか」
「はい……」
ベイヴィルマネジャーは言い淀んだ。
「なんか救世主とか呼ばれましたが」
「すみません」
頭を下げる。
「スタッフが先走ってしまって」
「まあまあ。こんなおいしいケーキを出すリゾートだもん。別に気にしないよ、みんな」
もぐもぐ口を動かしながら、レミリアが勝手に太鼓判を押した。
なんとホールケーキを出してくれたので切り分けたが、たちまちレミリアが食い尽くして今、三ホールめをみんなで分けている。さすがにレミリア以外にもちゃんと行き渡ったところだ。
「ここはかつて、ポルト・プレイザーと並び称されるリゾートでした。私の母の時代までは」
「今でもそうでしょう」
マルグレーテが微笑む。
「素敵な設えですもの。ケーキもお茶もおいしいわ」
「ありがとうございます。ただ……世間の景気が良くなったためか皆様、享楽を重視なされるようになりまして」
「趣味のいい寛ぎがテーマのこのリゾートには、逆風となったのね」
「ええ……」
話はこうだった。
客数の減少は十年ほど前から始まっていた。最初はわずかに感知される程度に。それから一年毎にがくっがくっと急減するように。慌てて施設設備のリニュアルと補修を行ったが、効果は薄かった。改修費用でむしろ経営が厳しくなる始末。今後の経営方針を巡り、従業員の間にも論争が起こり、辞める人間も多く出た。今残っているのは女将一族と共に代々このリゾートを支えてきた筋金入りだけ。
「ついに万策尽き、リゾート閉鎖も考えていた頃、この一帯でモーブ様が活動しているのを聞きまして……」
ほっと息を吐くと、女将は目にタオルを当てた。客前であからさまに泣かないのは、たいした根性だ。さすが代々経営してきた一族だけある。
「モーブ様ご活躍の噂は前々から、ポルト・プレイザーのマネジャーから伺っておりましたし」
「それで一縷の望みを託し、あの宿にメッセージを送ったのね」
マルグレーテの言葉に、こっくりと頷いた。
「ねえ……モーブ」
マルグレーテに見つめられた。
「わかってる。……それでベルヴィルさん、俺達になにを望んでるんですか」
「はい……その……」
言葉に詰まる。しばらく下を向いて黙っていたが、意を決するように顔を上げた。俺を見つめて。
「お客様の前で、イベントを執り行っていただけないかと」
「イベント……。なんかスカウトスキル披露みたいな奴ですか」
上品な山岳リゾートだし、そんなところだろうと思っていた。だがそんな地味な奴、起死回生の一手にはなりそうもないが……。
「いえ、モーブ様ご一行十人を参加者としてトーナメント形式で戦う、デスゲームです」
「デス……ゲームだと」
「はい。一回戦が一対一で五試合。二回戦は二試合プラスひとりはシード。三回戦は勝ち残った三人の三つ巴戦です」
とんでもない提案なのになぜか、女将は悪いとは思っていないようだった。手を伸ばすと、俺の手を握ってくる。
「お願いしますモーブ様。ポルト・プレイザーを盛り上げたときように、このリゾートもお救い下さい」




