3-5 森林リゾート、エスタンシア・モンタンナ
「見えてきたぞモーブ。あれがエスタンシア・モンタンナだろう」
馬車の御者席から、シルフィーが荷室を振り返った。周囲の木々が、御者席にまだらに光を落としていく。太陽は午前十時頃の高さだ。心地良い森風が、馬車内に吹き込んでくる。
「やっとか」
俺はブランケットの中。汗だくで夢うつつのレミリアを、後ろ抱きにしている。
例の猫──命名シュレ──が、荷物のひときわ高い場所で香箱座りして、俺を見下ろしていた。猫って奴は、その場で一番心地良い場所を探し出して、我が物顔で陣取るからな。ごろごろ言ってやがるわ。
「起きるぞ、レミリア。ほら」
「うーん……」
キスしてやると、ようやく目を開けた。
「モーブ……激しかった」
「お前がかわいいからだよ」
「えへへへ……お腹減った」
ぐうーっ。例によってレミリアの腹が鳴った。まあこいつ、例の「迷いの森」で自分の命がやばかったときも、腹は別だったからな。まあそりゃそうだろう。
「服着ておやつ食べてろ。どうやらリゾート着だ」
「うん」
ごそごそし始めたレミリアを残し、俺は御者席に。今日の担当は、シルフィー、アヴァロン、ランだ。俺が移ると、シルフィーは身軽に屋根に飛び移った。メインの場所を空けてくれたんだ。
「結構遠かったな」
「二週間ほど掛かりましたね。ご招待を受けてから」
アヴァロンが、俺の腿に手を置いた。
「きれいな森だねー、モーブ」
「そうだな、ラン」
ゴーゴン孤児院のあたりは本当に辺境の田舎森って感じで、森の木々や山道もタフで凶悪な感じだった。だがこの辺は木々の密集具合もまばらで、その分、巨大な落葉樹が目一杯枝を伸ばし、大量の葉を広げている。だから森自体が上品だ。相当手が入っている証拠だろう。
それに山道とは言え、道路も広い。邪魔な岩や雑草などは排除されているようで、走り心地も最高だ。
だから馬車で飛ばしているだけで、なんだかうきうきしてくる。リゾートへのエントランスロードとしての機能を、十二分に発揮していると言えるだろう。
「これなら金使いたくなるな」
「ええ。それにリゾート側の森は高さや間引きもしっかり管理されていますね。だからほら、徐々に見えてくる建物が、否が応でも期待を高めます」
「たしかに」
アヴァロンの言う通りだ。左手の樹木越しに、芝生並に手入れされた低丈草原が続いており、その先の大きな湖へと繋がっている。風に湖が白い波を立て、陽光にきらきら輝いていた。湖は巨大だ。多分……琵琶湖とかそのレベル。
「あれがリゾートだよね、モーブ」
ランが指差した。
道の先、ほとりにいくつもの建物が立ち並んでいる。ほとんどは低層で風景に溶け込むよう、自然の色で仕上げられている。ただひとつ、木造と思われるが高層の建物がある。
「落ち着いた雰囲気のリゾートだな。ポルト・プレイザーとはまた違っていて」
「プレイザーは歓楽リゾートだもの」
荷室から、マルグレーテが顔を覗かせた。
「ビーチで美女の水着を楽しみ、閉鎖的なカジノで大枚を賭けて遊ぶ。そういう街」
「でもここはむしろ、心を休める場所ってところか」
「ええそうね。だから刺激的な設になっていないのよ。避暑地ですもの」
「なるほど」
ちゃんと考えられてるんだな。
「なら俺達に頼みたいイベントってのも、キャンプのインストラクターとかかな。なんせこっちには森の子エルフが四人もいるし」
「それに地形効果を操る巫女、アヴァロンもね」
「そうでしょうか……」
目を細めると、アヴァロンはリゾートをじっと見つめた。
「どうにも……人がまばらです。お困り事がありそうですね」
「こんな遠くから細かく見えるのかよ」
「当たり前だ。アヴァロンは獣人だぞ、モーブ」
屋根の上から、シルフィーの声が降ってきた。
「それにあたしにも見える。遠目にはきれいだがあのリゾート、活気が無いぞ」
「マジか……」
獣人とダークエルフが見て取ったのなら、間違いはないだろう。
「大丈夫だよ、モーブ。モーブさえいてくれたら、何でも解決。これまでもそうだったもんね」
ランが微笑んだ。
「そしてこれからも」




