3-3 「十二人の嫁」の謎w
「開発初期に破棄された、強すぎる戦闘能力って……」
「そうだ、レミリア。ソールキン一族の力。あれは一度発動するだけで、世界システムへの影響が大きいからな。すごろく仮想空間のような、世界から隔絶されたロジックの中でならともかく」
「あの不死の山。アドミニストレータ四体に対して、私が術式を発動したからですね」
リーナ先生は、真剣な瞳だ。
「そういうことになる」
「モーブくん、私……」
不安げな瞳だ。
「私のせいで、あのかわいそうな人が、転生失敗を……」
「先生は悪くありませんよ」
手を伸ばして、リーナ先生の手を握ってあげた。こうすると先生、いつも落ち着くからな。
「因果の渦は複雑なんです。直接の原因じゃない。ただの……遠因で」
「モーブ……くん……」
「そう言えば、のぞみの神殿で、母から告げられました」
アヴァロンがアルネに視線を置いた。
「この世界には、解き切れない謎……というか矛盾がある。鍵を握るのは、草薙剣とリーナ先生だと」
「さすがはケットシー巫女だな。ゲーム世界の深いところまで推察の根を張るとは」
アルネが唸った。
「キャラクターの行動ロジックを深めておいて良かった」
「愛する人が戻ってきて、母の能力はさらに賦活されたのです」
「ハゲな」
「ハゲは気の毒ですよ、モーブ様」
いやハゲでいいわ、あんなエロじじい。
「カルパチア山脈に向かえ、モーブ」
立ち上がるとアルネは、CRから松葉杖を受け取った。体を杖に預けたついでのように、CRの手を握る。CRがアルネに寄り添った。
「そこで世界の矛盾がお前を待っている」
「モーブ様……」
無表情のCRに、微かに感情が浮かんだ。なにか、俺を力づけようとするかのような。
「世界は矛盾に満ちている。だからこそ揺らぎが生じて面白いのではありませんか、モーブ様」
「どうかな、それは……」
「全て運営シナリオ通りの一本道ゲームなど、すぐ飽きてしまう。転生早々、アドミニストレータのシナリオを逸脱し自由に行動なされたゲーマーのモーブ様なら、おわかりかと」
「そらシナリオを馬鹿正直になぞってたら俺、初期村で死んでたからな。ランとも仲を深められず」
「そんなことになったら私、泣いちゃうもん」
ランが悲しげな瞳になった。
「そうはならなかった。だから大丈夫だよ、ラン」
「うん……。モーブは私の初めての彼氏、それに恋人、お婿さん。これからもずっと……」
「そういうこった。……ただまあいずれにしろCRの言うように、ハプニングがあってこそゲームをより楽しめるのも事実。だからこそ、オンライン対戦だのデスゲームだのが流行ったわけだしな」
「そういうことだ。……世界を愉しめ、モーブ」
言い残すと、ふたりの姿はすっと消えた。椅子やテーブルはそのままにして。
声だけが残る。
──猫に名前を付けろ──
「ほっとけ。もう付けたわ」
虚空に拳を突き上げてやったわ。
「あの野郎、自分だけいちゃこら楽しみやがって、くそっ」
「怒ってはいけませんよ、モーブ様」
カイムになだめられた。
「世界の全ては定めのままに……です」
「そらお前はハイエルフ。長い年月を生きる種族だ。自分の思うようにならないことが多いだろうから、そういう哲学になるだろうさ、エルフ各部族は」
「うむ」
「はい」
「だねー」
シルフィーとニュム、レミリアも頷いている。
「まあゆっくり行けばいいんだよ、モーブ」
あちこちのテーブルに残ったクッキーを、レミリアは次々口に放り込み始めた。
「人生、楽しまなきゃね」もぐもぐ
「はあ、お前は呑気でいいな。よく考えてみろ。開発不手際だぞ、これ。こっちに丸投げとか……」
「それもいいよね、モーブ。楽しそうだよ、新しい旅も」
ランはどこまでも前向きだ。まあおかげでこっちも心休まるけどさ。
「至急でもないんだもん。新婚旅行、パート二だよ」
「パート十二でしょ。わたくしたちの知らない人も含めて、十二人も嫁がいるんだし」
マルグレーテにまたまた睨まれた。
「十二人とかいやあれ多分、CRなりの冗談だろ」
とりあえずCRとアルネは消えた。吹くなら今がチャンスだ。
「いやマジ、ミドルウエアの冗談は真面目面だからわからんよな。笑えないし」
「どうだか……」
冷たい瞳。
「パート十二とか、そんなに続編の続く芝居なんか、見たことないわね、わたくし」
「超々ベストセラーのファンタジーロマンス小説でもないよね」
レミリアも余計な情報、放り込むなっての。
「……」
とにかく無言の行で逃げるしかないな、ここは。
「モーブがどこで誰に手を出したのか、今晩、宿で聞かせてもらわないとね」
「いや俺は……別に……」
「いいわよ、無理して口にしなくても。体にわからせてあげるから」
「……あの」
マルグレーテの瞳が輝いた。怪しい光に。
「この九人だけでもう嫁は充分だって、モーブが弱音を吐くまでね」
「それは楽しみだのう……」
ヴェーヌスが笑うと、唇から牙が覗いた。
「モーブの腰が抜けるのか、今晩」
「ふふっ……」
俺とエリナッソン先生の間になにがあったのか。俺すらわからない真実を知るアヴァロンだけは、楽しそうに微笑んでいた。
「んなーん」
アヴァロンの足元に、猫が体を擦り付けていた。




