3-2 整合性破綻
「整合性が破綻してるって、どういうことだよ」
俺の問いに、アルネは難しげに眉を寄せてみせた。
「モーブ、お前も知ってのとおり、この世界は私が創造したものだ。開発者として携わっていたゲーム世界を再現する形で」
「だから」
「とはいえ、ゲーム世界丸写しではない。本来実装されていない要素が入っているからな」
話はこうだった。この世界には、ゲーム本体に未実装の要素や設定が紛れ込んでいる。たとえば魔王の娘ヴェーヌスの存在とか、アヴァロン実家「のぞみの神殿」とか。もっと言えば、未発売に終わった幻の「R18バージョン」要素まで。
「R18実装で、お前も人生を楽しめたろ。深いところまで」
意味ありげに、アルネは眉を片方だけ上げてみせた。俺とアルネを見つめるCRは、無表情のままだ。
「それはもう……ねえ」
なぜかマルグレーテに睨まれた。
「毎日のようにねえ……」
いやそらそうだけどさ。お前、味方してくれないのか……。
「だからどうした」
とりあえずごまかす。
「設定だけは組んだけど、開発課程でオミットされた要素とかのことだな、アルネ」
「そうだ。未実装のためいずれも細部までは詰めていない。それが実際に世界システムに組み込まれ、動き始めた。結果としてそれが世界……というかロジックコードに矛盾を呼んだ。そして……」
首を傾げる。
「そして……非実装要素を掘り返したのはモーブ、お前だ」
「はあ? 設計失敗やコーディングミスが俺のせいだってのか。さすがバグゲー発売した企画者だけある。なんでも他責とか、図々しいわ」
「そこはほじくり返すな。心が痛い」
苦笑いだ。
「私のことはどう思ってくれてもいい。だが実際に影響が出ている」
「矛盾したエリアを叩かなかったら、問題は出ないのです。モーブ様」
CRが付け加えた。
「ですがたまたまプログラムが怪しいフローチャートを走ってしまうと……」
「今回のように、転生失敗者まで出てしまうってことか」
「残念ながら」
「なるほど……」
話はわかった。たしかにそうなのだろう。なんせ世界の創造者が言っているのだ。そこに嘘があるはずはない。
「で……アルネ、お前は俺にどうしてほしいんだ」
「わかってるだろモーブ」
肩をすくめた。
「お前は世界に選ばれた、アドミニストレータ〇〇一ではないか」
「……世界管理統制業務室でのことか」
「……」
黙ったまま、アルネは茶のカップを口に運んだ。CRが茶を継ぎ足す。
「旧アドミニストレータを倒したモーブ様は、次代アドミニストレータに指定されました」
背筋をぴんと伸ばし、CRはアルネの傍らに立っている。
「世界システムによって」
「んなこと言われてもなあ……」
いやたしかにそういうことはあった。思い出す。アドミニストレータを倒したときに響いた、事務的な声のことを。
――管理業務日報〇〇〇〇〇。世界管理業務を引き継ぐ。引継先:転生者モーブ――
――引き継ぎ完了。アドミニストレータ〇〇〇存在デリート――
声はたしかにそう言ってはいた。しかし……。
「しかしアルネ、管理者……つまりアドミニストレータ二号に指定されても別になにもしなくていいって、お前が……」
「もちろんだ」
頷いている。
「ただし……世界に矛盾が生じれば話は別だ」
「くそっ」
腹が立った。
「いけしゃあしゃあと澄ました顔で、なに言ってやがる。開発者ならそっちでなんとかしろ。なんで俺がお前のケツ拭かなきゃならんのだ」
「そう怒るな」
涼しい顔だ。
「ただのんびりしたいだけなのに、なんで俺だけ次々こんな……」
「その分、いい思いもしているではないか。……なあCR、モーブの嫁は今、何人だ」
「はい、アルネ様」
上を向き、一瞬だけCRは目を閉じた。それから俺に視線を移す。
「十二人です、アルネ様」
「それだけ多くの嫁を得たのだ。ゲーム……つまり人生を楽しんでないとは言わせない」
「嫁の話するなんて、卑怯じゃんよ。話逸らすな」
「まさかR18ルートを全て、たったひとりで辿るとはなあ……」
俺の抗議、完全無視。
「さすがの私も、そんな強欲なゲーマーが出るとは思わなんだ」
「アルネ様、全ルート制覇は、ゲーマーの性です」
CRは涼しい顔だ。
「モーブはねえ、優しいんだよ」
ランはにこにこ顔だ。
「だからお嫁さんが増えるんだー。私も誇らしいよ、モーブが」
「ところで……十二人。はてはて……」
ヴェーネスが首を傾げた。
「おかしいのう……。計算が合わんわい」
「たしかに」
マルグレーテが、立ち上がった。手を腰に当て、俺を睨む。
「だってわたくしたちモーブの嫁は九人よ。ポルト・プレイザーにジャニスがいるから、十人」
「あと、もしかしたら……」
斜め上を見て、レミリアが首を傾げた。クッキーを食べる手も止まっている。
「エリナッソン先生と昨日関係したとすれば、十一人めだよね」
「いや、先生に手は出してない。お前らの勘違いだ」
「なら、残りふたりは誰よ」
呆れたような瞳だ。てか全員に見つめられてるんですがこれは……。
「それは……」
いかん。墓穴掘った……。
「十二人かあ……」
なぜかランだけは楽しそうだ。
「モーブもてるね。私も嬉しいよ」
「あ、ありがと……」
いやラン。あまりそこ掘り下げるな。ヤバい……。
「話はわかった」
俺は大声を出した。
「世界の矛盾をなんとかすればいいんだろ、俺が。……どうしたらいいんだ、アルネ」
「必死で話、逸らしちゃって」
はあーあ……っと、マルグレーテがわざとらしく大きな溜息を漏らした。
「油断も隙もないわね、モーブの下半身には」
手を伸ばしてくると、テーブルの下でぎゅっと握ってくる。思いっ切り。
「ってーっ!」
飛び上がっちゃったよ。マルグレーテの奴、手加減なしかい。
「おいおい、いちゃつくのは宿屋まで待て」
「いやアルネ、これがいちゃついてるように見えるのか、お前」
「モーブ様が悪いのです」
CRの瞳も、気のせいか冷たい。
「CRお前、キャラ変わったな」
「CRさんは、人間感情の複雑さを身に付けたのです」
アヴァロンが、茶のカップを口に運んだ。
「愛する人と結ばれたから。……深く」
CRとアルネが見つめ合った。
「どっちがいちゃついてるんだっての。はよ答えろ、アルネ」
「細かな問題は、実は多数残されている」
「マジか……」
俺をじっと見つめた。
「だが特に大きな問題は、ひとつ。開発初期のテスト段階で廃棄された、ぶっ壊れ戦闘能力だ」
「それって……」
レミリアが、リーナ先生を見た。




