2-7 お礼の宴
「そんなことが……」
ゴーゴン孤児院。帰還した俺達の説明を聞き終わると、エリナッソン先生は、ほっと息を吐いた。
「報われぬ魂が彷徨っていたのですね。転生……とかは私にはわかりませんが、気の毒な魂のために、祈りを捧げましょう」
瞳を閉じると、集中する。頭の蛇も皆、厳かな表情で目をつぶっている。いやこんなときになんだが、蛇のマジメ面って初めて見たわ。
祈る先生の背後では、薬草ですっかり元気になったハックルが、ビックルと共に自分達の大冒険を孤児のみんなに吹いて回ってる。針小棒大……というか八割方は盛った嘘八百を、身振り手振り振り回して。
先生の蛇が一匹だけ鎌首をもたげて背後を向き、かっと威嚇。するとビックルハックルはしどろもどろになって話を適当に切り上げる。いやマジ、石化の脅しは大したもんだわ。
「モーブ様、本当にありがとうございました」
「いや俺は別に……。命がけで戦ったわけでもないし」
「でも哀れな魂を救って下さいました。ハックルの病気も」
「むしろあれが悪霊とかだったほうが、こっちはすっきりするんだがな」
かわいそうな奴だったからなー、マジで。
「んなーんっ」
猫が俺の脚に身を擦り寄せてきた。現場にほっとくわけにもいかんから、とりあえず連れ帰ったんだわ。
「この猫、私やいかづち丸みたいな『羽持ち』なのかな」
しゃがみ込んだランが、猫を撫でる。
「あの転生者を守るように寄り添ってたし」
「いや、違う」
腕を組んだまま、ヴェーヌスは首を振った。
「おそらく羽持ちになれなかったのであろう」
「本体が転生に失敗しているからか」
「そう思えるわい」
「でも……転生者を守るという本能だけは、しっかりあったのね」
リーナ先生も猫を撫で始めた。ごろんと腹を見せて、猫は気持ち良さそうだ。灰色のトラ猫っぽいが、ラインに加え渦も巻いており、模様は複雑だ。
「そういうことよ」
「にゃーん、ご」
「どうする、モーブ」
マルグレーテが俺を見上げてきた。
「この子、連れてくの」
「どうしようかな……」
「俺が世話するよ。孤児院で」
「俺も俺も。この猫は俺達の手下だし」
ビックルとハックルが飛び出てきた。
「決まりだな」
俺の声に、ふたりはバンザイして大喜びだ。
「やったーっ」
「なに喜んでるんだ。この猫は俺やマルグレーテが旅に連れて行く」
「えっ……。でも決まりだって……」
ビックルが口を尖らせた。
「お前らに預けたら、ジュージュツ相手にするだろ。猫、かわいそうだわ」
「それは……そうだけど」
涙目になってやがる。
「この呪い騒ぎに懲りて、少しは大人になれ。エリナッソン先生を手伝って、ガキ共をちゃんとまとめ上げろ」
「い……淫魔の兄貴が言うなら」
誰が淫魔だ。いい加減にしろ。
「まあ、殊勝な心がけですね」
巫女服の袖を口に当てて、アヴァロンがくすくす笑う。
「本当にお世話になりました」ぺこり
エリナッソン先生と蛇が頭を下げる。
「今晩も泊まっていって下さいね。とっておきのお酒があります」
「いや孤児院で酒とか悪いし。お金もないだろ」
「モーブ様がたくさん贈り物を下さったので、大丈夫ですよ」
まあ実際、なにかの足しにと備蓄や路銀をあらかた渡したからな。なにこっちは俺のレアドロップ固定スキルでちょいと狩りすれば、いつでも補充できるし金にもなるからな。
「それに……ここは子供ばかり。お酒を飲む機会がないので、私も少し淋しくて」
「特別なお酒に珍しい地料理だよ」
レミリアが口を挟んできた。
「ぜえーったいご馳走にならないと駄目だよ。決まってるじゃん」
「わかったわかった」
飯の話をレミリアに聞かれたらな。まあ……そらこうなるわ。
「では、準備を致しますね」
嬉しそうに、エリナッソン先生が立ち上がった。
「皆さんは部屋にてお寛ぎ下さい」
「私は子供と遊びますね」
カイム、優しいな。ハイエルフは冷たいってのが相場だけど、俺や仲間と触れ合うことで、大分柔らかくなったわ。
「なら僕もそうしよう。人間の子供は無邪気でいいな」
「ならあたしも」
「あたしもー。動いてお腹減らさないと」
そうか。エルフ四人はガキと遊ぶのか。まあ子供も喜ぶだろ。エルフなんてめったに見られないのに、四種族が揃い踏みだし。
「じゃあ俺達は一度部屋に下がるよ」
「お食事とお酒、楽しみにしていて下さいね」
エリナッソン先生は、楽しげに微笑んだ。
●
「いや、マジうまかったな」
「そうね」
マルグレーテは、ナプキンで口を拭った。
「味付けは素朴だけれど、素材がいいからかしら。香りも味も最高に近い」
「それにこの酒がまた……」
シルフィーも頷いている。ダークエルフは酒が大好きで、味にもうるさい。そのシルフィーが絶賛してたからな。
もう食事も終わって、俺達大人が酒を飲んでいるだけ。ガキ共は皆、大部屋で安眠中だ。食事んときはわいのわいのやかましいが、そこは子供。夜は静かなんで助かるわ。
「熟成が進んでいて、複雑な味わいと香りがな……」
「ここは孤児院。酒など飲む機会はないであろうからのう。長い年月保管されて、いい酒が、さらにうまくなったのだ」
錫のゴブレットで、ヴェーヌスは一気に喉に流し込んだ。
「うむ。最高だわい」
「でもかなり強いわよね」
マルグレーテが、ぐったりしたランの体を抱き寄せた。
「ランちゃん、もうすうすう寝てるし」
酒に弱いランにはあんまり飲ませなかったんだけどな。やっぱりこうなった。まあクエストが終わった夜だし、気を抜いても構やしないさ。
「もうひとり、うとうとしてますね」くすくす
アヴァロンが、エリナッソン先生を視線で示した。椅子にもたれかかるようにして、先生も瞳を閉じている。頭の蛇も皆、だらーんとなってて笑うわ。
「たったひとりで孤児達の面倒を見ているのよ。普段は気が張っているに決まってる」
リーナ先生は共感しているようだ。リーナ先生は、学園生と同じ年代で教師になった。王立冒険者学園ヘクトールでは、やはり緊張の毎日だっただろう。
「でも今晩は、強い男のモーブくんがいる。孤児の面倒も、私たちが見られるしね。今日はエリナッソン先生の休日よ。ゆっくりさせてあげましょう」
たしかにそうだ。考えたら、エリナッソン先生って、凄い人格者だよな。自分の気持ちや感情を押し殺して、かわいそうな孤児の面倒を見てるんだから。
「うーん……モーブ様……」
「もう眠いみたいね」
マルグレーテが首をすくめた。
「モーブ、先生を寝台まで抱えてあげなさい」
「俺が?」
「当たり前じゃない。ここに男はモーブだけだし。エリナッソン先生はもう、ひとりでは歩けないもの」
「先生の部屋は、廊下の突き当たり。知ってるよね、モーブくん」
リーナ先生にも促された。
「はあ……まあ」
見回すと全員、当然といった顔つきだ。
「なら仕方ないか」
「わたくしたちはまだここで飲む。それから部屋に下がるわ。だから慌てて戻ってこなくていいわよ」
「冷たいじゃんよ、マルグレーテ」
「女子には女子だけで話したいこともあるのです」
背筋をぴんと伸ばして、アヴァロンが言い切った。猫の尻尾がゆっくり揺れている。
「女子会の邪魔するなってことだよ」
いや男同然のニュムに言われてもな……。
「なんか仲間外れだな、俺」
「情けないこと言わないの。ほら、早く」
「わかったよ。仕方ねえなあ……。先生、ほら、もう寝る時間ですよ」
「モーブ……様……」
ぐったりとしなだれかかってきた。
「そうそう。俺の首に腕を回して。……よっと」
なんとか立ち上がった。酔っているからだろうけど、先生の体はやたらと熱い。俺の首に当たってる頬もな。
「モーブ様……ありがとう……ございます。……なにもかも」
うわごとのようにつぶやき続けている。
「いいんだよ、そんなの。先生のほうが俺よりずっと偉いわ」
「モーブ……様……」
よたよた歩くが、どうにもぐにゃぐにゃで運びにくい。
「先生、もっとしがみついて」
「……」きゅっ
体が密着すると、首に当たっている先生の唇が、なにかもぞもぞと動いた。
「モーブ……様……」
「もう少しで部屋だからな」
「う……ん」きゅっ
もつれ込むようにしてふたり、先生の寝室になだれ込んだ。




