2-5 暗闇の主
「あの洞窟か……」
そこらにある自然の洞窟に見える。蔦草が垂れ、入口が半分隠れている。蔦の先からは水が滴っている。
「別にヤバくもなさそうだがな」
「モーブ様……」
俺の腕を、アヴァロンが優しく掴んだ。
「奥に奇妙な気配があります」
「奇妙って」
「あたしも感じる」
ヴェーヌスが唸った。
「あの、アドミニストレータにも通じるような気配を」
「マジか。イドの怪物って奴が、まだ他にもいるってのか」
「いや、通じるというだけだ。アドミニストレータではないだろう」
「そうか……」
「どうする、モーブ」
ランが俺の顔を見上げてきた。
「しばらくここで様子を見る?」
──なーん──
「いや、野良猫が無事なんだ。致命的ってわけでもないだろ。おい、ハックルにビックル」
「ビックルにハックルだよ」
「なんだ順番があるのか」
「オレのほうが長男だからな」
「どうでもいいだろ、双子なんだから。俺達は洞窟に入る。お前達はどうする。ここで待ってるか」
「べ、別にビビってねえし。行くし。取り残されると怖いからじゃねえし」
意気軒昂ではあるが、青い顔の涙目で笑う。腰が引けて今にも座り込みそうだし。
「オレも行くし……。淫魔兄貴の後ろから」
「ラ、ランさん……手を握ってくれよ」
「はいどうぞ」
「触れ合ったからといって、オレに惚れるんじゃねえぞ」
はあ、勝手にしろ。お前らまだオムツ取れて間がないだろ。
「じゃあ入るか」
「どういうフォーメーションにするの、モーブ」
マルグレーテは腕を組んでいる。
「そうだな。アヴァロンやヴェーヌスが感じてる気配からして、なにか居るとしても魔導系だろ。だから俺とヴェーヌスがタンク役で前を取る」
「ヴェーヌスなら魔法耐性も高いものね」
「続いて攻撃魔道士と呪術系だ。マルグレーテ、ニュム」
「マルグレーテと一緒なら万全だね」
ニュムがほっと息を吐いた。
「万一、アンデッド系だと面倒だ。ランとリーナ先生、カイムが続け」
「今回は随分変則的なフォーメーションですね、モーブ様」
「カイムの言う通りね。でもまあ、洞窟も狭いし、縦に長くなるのは仕方ないわ」
「最後にシルフィー、レミリアとガキふたり」
「わかった」
「任せておけ、モーブ」
「なんだ、オレとハックルは最前線でいいのに」
「そうだそうだ」
なに言ってんだよ。あからさまにほっとした顔じゃん。
「レミリア、手を繋いでやれ。シルフィーは前を睨みながら守ってやれ」
「オレとハックルにエルフの嫁ができるのか……」
「オレはレミリアさんがいい。オレ、ロリコンだから」
いや、お前らのがずっとガキだろ。レミリアはそもそも十四歳くらいの見た目だし。
「ならオレはシルフィーさんだ。おっぱい、エリナッソン先生より大きいし、おねしょたラブ」
頭痛い。どこでそんな単語仕入れた。
──んにゃーん、ご──
「猫が呼んでおるようだのう……」
ヴェーヌスが首を傾げた。
「たしかに」
それにここでガキのたわごと聞いてても仕方ないしな。
「よし、入ろう。みんな、気を抜くなよ」
「婿殿……」
ヴェーヌスと顔を見合わせると、洞窟へと進んだ。体を屈め、なんとか入る。
ひんやりした空気が、体を包んだ。湿気った苔のような匂い。落ち葉が吹き溜まっているようで、洞窟というのに軟らかな地面だ。リーナ先生の魔導トーチが、俺とヴェーヌスの前に灯った。
少し進むと洞窟は広がり、なんとか体をまっすぐ起こすことができた。
ごつごつ……というよりひだひだの壁面。鋭さはなく、優しい感じだ。奥のほうから時折、か細い鳴き声が聞こえる。猫の。そして……むっとむせ返るような、なにかの気配。気味の悪い。
「たしかに……ちょっと不浄な感じするな」
「人間でも感じ取れるであろうな、これほど強ければ」
魔導トーチの光で、ヴェーヌスの瞳は黄金に輝いている。
「不浄……というより、なにか混乱を感じる」
「うむ。……婿殿」
腕を掴んで、ヴェーヌスが俺を止めた。
「曲がり角の先、気配が強い」
「敵か。モンスターか」
まさか中ボスとか。この狭い洞窟で中ボス戦は勘弁してほしいわ。自由に動けないから、魔導戦にせざるを得ない。敵の魔法耐性が強いと厄介だ。エルフ組の弓矢に頼りたいところだが、前に味方が多いし天井も低いので、弓戦には不向きだし。
「わからん」
首を振っている。
「霊体っぽいが、普通の気配ではない。この世にあらざるべきもの。……そこが、アドミニストレータに近い」
「くそっ」
最悪、ここで「イドの怪物」戦か。後続のみんなに、ハンドシグナルで戦闘準備を指示した。
「なーん」
もう、鳴き声も間近に聞こえる。もう一度シグナルを送ると俺は、角から先を覗いた。
……なんだ、これ。
トーチに照らされていない隅の陰から、なにかが現れた。真っ黒の闇。ぼんやり人の形をしていて、胸に灰トラの猫を抱いている。なかなかの美猫だ。
「ぼくは……」
闇から声がした。
「……幽霊か、こいつ」
「いや……」
油断なく気配を探っていたヴェーヌスは、腕を下ろした。緊張を解いて、ほっと息を吐く。
「霊魂ではない。悪霊でも」
「ならなんだよ」
「彷徨える魂だ、こいつは……」
「ここは……どこだ」
魂野郎の声が聞こえた。困惑したような、苦しげな。
「カンダを歩いていたのに……いつの間にか暗闇に」
……そんな地名あったかな。この世界に。
「じんぼうちょうから……。車が突っ込んできて……」
いや、マジ神田と神保町かよ。そうそう似た名前なんかないはずだ。……てことはこいつは、まさか……。
「んなーん」
俺を見つめて、また猫が鳴いた。ひと声。




