2-4 ビックルハックル、悪ガキ道中
「おい姉ちゃん、早く行くぞっ」
「行くぞっ」
「はいはい」
ビックルとハックルに手を握られて、野良犬に引っ張られるようにランが歩いている。林の間を抜ける、深い藪の中を。がさごそと。その後ろに俺と仲間。
もちろん例の薬草探しに出発してるわけだ。ビックルとハックルは道案内。だがまあどうやら、冒険パーティーのリーダー気分のようだ。
「うん。姉ちゃん素直だな」
「もうあのインキュバスの兄貴なんか捨てて、俺の女になれよ」
「いやビックル、ラン姉ちゃんは俺の恋人になる」
「ならまあいいか。俺とハックル、ふたりの彼女にしよう」
「よし決まりだ」
なに勝手に決めてんだよ。
「藪深いと、ひっつき虫が付きますね」
苦笑いしながら、アヴァロンが野草の種をむしり取った。人や動物の毛に絡んで種を遠くまで運んでもらう野草。その種の俗称が「ひっつき虫」だ。
「アヴァロンは巫女服だからな。なおのことだろ。気持ち悪いか」
「私は『のぞみの神殿』育ち。山深き地にて……」
「慣れてるってか」
「ええ。それにこの種も、炒って塩を振ると、いいつまみになるんですよ」
「なら今頃、居眠りじいさんも楽しんでるだろうな」
「はい。母が寄り添っております」
「カエデさんの行動がわかるのか」
「なんとなく……感応して」
「獣人巫女って面白いんだな」
「あれ? てことは俺とお前がいちゃついてるときも、なんとなく母親にわかってるってことか」
これは恥。
「ふふっ。秘密です」
楽しそうに微笑むと、頭のネコミミがぴくぴく動いた。
「ですが私がモーブ様の下半身に口を──」
「ところでハックル」
先行するハックルに、俺は声を掛けた。このままでは、どえらく恥づい方向に話が進みそうだったから。
「なんだ。インキュバスの兄貴」
こいつらの中ではもうすっかり淫魔扱いで泣ける。
「そもそもなんでお前は呪われたんだよ」
「それ、わたくしも知りたいわね」
マルグレーテが会話に入ってきた。
「このあたりは、ただの田舎の山。マナの大量蓄積も、霊的な存在も感じないわ」
「たしかに。僕も感じない。奇跡も呪いもなさそうだ」
ニュムが頷いた。ニュムはアールヴの巫女筋の生まれ。うちらの魔道士や巫女なんかが揃ってなにも感じないんだから、事実としてもそうなのだろう。
「猫だよ。野良猫」
「ね、猫……」
ハックルからは、意外すぎる答えが返ってきた。
「野良猫の呪いを受けたってのか。なんだよお前、猫のおやつの虫でも奪って食ったのかよ」
「猫にそのような能力はないわい」
呆れたような瞳で、ヴェーヌスにツッコまれた。
「化け猫であれば別だが、あいつは魔族。人間の土地のこんな辺境に棲み着いておるとは思えん」
「それに化け猫であればヴェーヌス、気配を感じるよね」
「レミリアの言うとおりじゃ」
「で、野良猫がどうしたの、ハックル」
リーナ先生に優しく促されると、ハックルはランの元を離れ、先生の脚に抱き着いた。
「何だよ。俺はラン姉ちゃんの『色』だぜ。俺を口説きたいなら、列に並びな」
「いい加減にしろ、小僧」
俺の先生に抱き着きやがってムカつく。思わず頭をこづいたわ。
「ってーっ。淫魔のくせに嫉妬深いんだな」
涙目で頭を撫でてやがる。
「モーブくんはね、勇者の話を聞きたがってるのよ」
しゃがみこんだリーナ先生におだてられると、途端に上機嫌になった。鼻水を拭って話し始める。悪ガキとはいえ、まあ「ガキ」だ。扱いやすいわ。
「それはな、俺が『愛の茸』を探していたときのこと」
「愛の……木の子だと」
「聞いたことがあるな」
シルフィーがくすくす笑うと、ダークエルフ特有の銀髪が揺れた。
「あたしもその効果を身を持って知っているしな。なあモーブ」
「……まあな」
あんまり擦るなら今晩、「絶倫茸」効果でひいひい言わせるぞ、シルフィー。てかハックル、まだガキなのにあんなの欲しいのか。
「あれは高く売れるんだよ。エリナッソン先生の助けになればってね」
なんだそうか。かわいいとこあるな。てか勘違いした俺の心が薄汚れてるだけか。
「茸を探してたら、どこからともなく、猫の鳴き声がしたんだよ。にゃあーんって」
「……それで」
「猫ならジュウジュツの相手にできるからさ。聞こえた方に進んで」
いや猫相手に柔道するのやめれ。かわいそうだろ。
「あっちでもないこっちでもないしてたら、小さな洞窟があってさ」
その中から聞こえてきたんだと。で、進んだハックルは、次第に周囲が暗くなってきて怖くなった。そら洞窟だからな。戻ろうと思ったが、猫の声が自分を呼ぶかのように続く。さらに進むと急に、気持ち悪くなった。
「なんというか……空気が汚れているというか。ふ……ふじうというのかな、あれ」
「不浄な」
「そう、それ」
「そう感じた瞬間、気が遠くなって……」
どうやら長い間、気絶したようだ。意識が戻ると慌てて入り口まで戻ったが、もう暗くなりかけていたんだと。
「なんとか孤児院には戻れたんだけど、それから気持ちが悪くて、寝込んじゃって」
「それでビックルが薬草探しに出たのか」
「そうだよ、インキュバスの兄貴。呪いを解くんだから、薬草は呪いの発動場所にあるに違いないって、先生が」
「たしかにそうですね」
カイムが頷いた。
「エリナッソン先生、賢明な判断です」
「自分で取りに行くって、先生は言ってたんだ。でも毎日チビの世話で忙しくて、中々行けなくて。だから俺が……」
「それで俺達の前に飛び出してきたのか」
「まあそういうこった」
鼻水を拭うとなぜか胸を張った。
「まあそれでこうして、生涯の嫁と出会ったわけだが」
いや、ランの手をにぎにぎすんな。図々しいガキだわ。
「まあいいか。それでその洞窟ってのは、どこにあるんだ。その中に薬草が生えてるんだろ」
「ほら、もうすぐそこだよっ」
ハックルが指差した先、藪の向こうの大岩にぽっかり、黒黒とした闇が口を開けていた。大人でも屈めば入れる程度の、小さな洞窟が。
──んなーん、ご──
暗闇の奥から、猫の声がした。




