2-2 ゴーゴン孤児院の大歓迎
「そうか。この弱そうな男が、おいらの手下になるんだなっ」
悪ガキビックルは、偉そうに俺を見上げた。そういう大口は、鼻水垂らさない歳になってから言え。
「手下……ではないけれど、モーブはビックルくんの味方になってくれるわよ」
よせばいいのに、マルグレーテがビックルをフォローする。
「けけっ。姉ちゃん、俺に惚れたなっ」
マルグレーテの手を取る。てかお前、鼻水拭った手で触るな。
「なら大きくなったら、俺の嫁にしてやるぜ」
意気軒昂。笑うわ。
「ありがと」
かがみ込んで、マルグレーテは頭を撫でた。
「でもわたくしは無理。もうモーブのお嫁さんだもの」
「えっ……」
さすがの悪ガキも、素の顔になった。
「ふたりも嫁にしてるのか」
ランとマルグレーテの顔を、交互に見上げている。
「みんなお嫁さんよ、ここにいる女の子は」
「マジか……」
「あの……」
エリナッソン先生も絶句している。まあ人間エルフ獣人魔族と揃ってて、しかも合計九人だ。そら驚くだろ。なんせ俺でも自分で信じられないからな。前世底辺社畜で憤死した俺が、転生後にこんなに嫁を取れるなんて。
「冗談……ですよね」
「わたくしは、嘘など申しませんわ」
あまりに堂々としたマルグレーテの態度に、先生は目を見開いた。他の嫁も皆、こっくりと頷いているしさ。
「な、なあ……」
ビックルが俺の裾を引いた。
「インキュバスの兄貴、俺を弟子にしてくれ。俺も嫁が欲しい」
「誰が淫魔だ、アホ」
さすがに笑っちゃったよ。
「俺はただのヒューマンだ」
「でもお嫁さん、獣人やエルフ、魔族までいるじゃない」
エリナッソン先生の頭の蛇は、それぞれ別の嫁を見つめて口をあんぐりと開けている。
「まあ……それは……色々あって」
「頼む。このとおりだ」
ビックルが頭を下げた。さっきまで俺のこと「弱男」扱いしてたのに、現金な奴。
「わあーっ」
藪ががさがさ鳴ると、歓声がした。
「旅の人だあーっ」
なんやら知らんが、藪奥のボロ屋から、次々ガキが飛び出してきた。飢えたイナゴのように。だいたい四、五歳くらいが多いが、まだおむつ取れてなさそうな奴とか、もう思春期と思われる女子もいる。
「わーいわーい」
「おやつない? ねえねえ、おやつ」
「あたしのママ、見つかったの? 迎えに来たんでしょ、ねえ」
たちまち、ガキの群れにもみくちゃにされた。
「す、すみません……」
エリナッソン先生が頭を下げると、頭のヘビまで全員、首をぺこぺこしている。すまなそうな表情で。
「みんな孤児なんで、淋しいんです」
あとはもうカオス。誰彼構わず、抱き着いてくる。孤児が多いから多分、肌の触れ合いに飢えているんだろう。
優しそうなリーナ先生やラン、獣人アヴァロンが大人気。高貴さが滲み出ているマルグレーテは近寄りがたいのか、くっついてきたガキは少なめ。あーエルフの周囲にも、もちろん人だかりができている。
男の俺とか魔族ヴェーヌスにひっつく子供は少ないが、居ないわけじゃない。ヴェーヌスの奴、よちよち歩きに腿を抱かれて、凝固してやんの。困ったような顔が最高に笑える。本来残忍な魔族だ。どうしていいのか、わからないんだろうな。
「みんな聞けよ。馬車で来たこいつらはな、俺の手下なんだぞっ」
ビックルが胸を張る。いやお前、今まさに俺に弟子入り志願してたじゃんよ。
「俺がこいつらと、ハックルの薬を取ってくるんだ」
「わあーっ」
「ありがとうーお姉ちゃん」
「お兄ちゃん好き」
「ナデナデしてーっ」
大騒ぎの一団を、エリナッソン先生が瞳を細めて見つめていた。




