7-3 ブレイズ、孤独な単騎演舞でやらかす
「ところでどうする。まだちょっと時間あるけど」
「そうだなラン。順番来るまで、中でみんなの遊宴、観て楽しむか。マルグレーテも言ってたみたいに、卒業試験がどうたらの前に、楽しい宴会なんだから」
「いいわね。賛成」
三頭の馬を外に繋いで、俺達は大講堂に戻った。
「おっ、やってるやってる」
「あれ、キリンとサラマンダーの混成ね」
学内事情に詳しいマルグレーテが教えてくれた。クラスS「キリン」とSS「サラマンダー」混成の五人チームってことか。
ちょうど今、演目を始めたところだ。内容的には普通に剣と杖を用いた二対三の演舞というか、剣術VS杖術のチャンバラみたいなもんだが、どえらく速い。動画倍速くらいの感じ。
「あれ、AGIを極限まで上げてるな」
「そうねモーブ。多分全員、アジリティーを上げる魔法のチャームかアイテム使ってる」
感心したかのように、マルグレーテが唸った。
「速いねー。ダンスみたいできれい……」
ランも気に入った様子だ。
「あれだけアジリティーが上がってたら、ダンジョンでのモンスター戦で、先手どころか、二手くらいまで先に取れるな」
初手で敵の補助魔道士を潰しておけば、前衛にバフ掛けられるのも防げる。
「杖を使ってるのは魔道士。魔道士の速度も上がってるなら、呪文詠唱時間も半減できるわね」
「つまり攻撃力強化はある程度犠牲にして、手数で圧倒する作戦か」
「面白い戦略だねー、モーブ」
「いやマジでな」
その手もあるか。たしかにこの遊宴、いろいろ勉強になるわ。
「Zの連中は……と」
なんだよこれ見もしないでガン食いしてるじゃん。大口開けて飯放り込むと、即ケータリングの列に並び直しとか。いや見なくてもいいけどさ、自分の番が来たとき大丈夫かあ。腹パンで戻したりしないよなまさか。
「わあ次、ブレイズの番だよ、モーブ」
舞台袖に遠くブレイズの姿を認めたのか、ランが俺の制服の袖を引いた。
「なにするんだろうね、ブレイズ」
「なんだろうなー」
まあどうせ、イキり演舞だろうけどな。仲間を引き立て役にして、中央でレア剣振りかざすとか、そんなん。
「おっ出てきた」
混成チームが大拍手と共に舞台から下手にはけていくと、上手からブレイズが登場した。
「えっ……」
「マジかよ」
「ブレイズ……」
「ひとりで卒業試験受けるんか」
学園生席から、戸惑いのざわめきが広がった。というのも、ブレイズはたったひとり。誰も引き連れずに舞台に登場したからだ。
「やっぱり……」
マルグレーテが呟いた。
「どういうことだ、マルグレーテ」
「誰もブレイズに申し込まなかったのよ」
眉を寄せている。
「ええ? 曲がりなりにも、ヘクトール始まって以来の天才なんだろ。成績は」
「そうよ」
溜息を漏らした。
「でも話したでしょ、モーブ。ブレイズがSSSドラゴン内で、なんとなく腫れ物扱いになってるの」
「まあな」
いつでも正論振りかざして相手を追い詰めるから嫌われてるってのは、マルグレーテから聞いてた。それでも成績抜群だから、誰も表立っては非難できないとか。
「それでSSSでは誰も、卒業試験のパーティー組みを申し込まなかった。それを伝え聞いたSSやSも、『ブレイズの奴、訳あり物件かよ』って腰が引けたんだって」
そらまあな。超絶成績トップのブレイズを毎日間近に見ているSSSがひとりも申し込まないってだけで、どう考えてもおかしいもんな。
「でもあの実力だぞ。たとえ性格に難ありでもよ、卒業試験の間だけでも我慢してブレイズと組めば、なにかと有利なのに」
「そう思うわよね」
マルグレーテは、なぜか怒ったような口調だ。
「だから実際、Bクラスの子が何人かで、ブレイズを誘ったらしいわ。でも断った。自分と組むなら、Bじゃダメだ。最低でも多少の足手まといで済むA程度の実力がないと……って」
「はあブレイズ、どうしたんだろ」
ランは心配顔だ。
「子供の頃は、もっと素直だったのに」
「いろいろ思うところがあって、空回りしてるんだろ」
自分ではなく俺を選んだランに、いいところ見せつけたいんだろうなあ……。お前が相手にしなかった男は、こんなに凄い奴なんだぞ――とか。「僕よりモーブを選んだの、今さら後悔してももう遅いよ、ラン」――みたいな感じで。ランに「ざまぁ」したいんだろうな。圧倒的な成果をランに見せつけるためには、下位クラスなんか仲間にしてられないって気分なのかも。
「で、それを伝え聞いたAの子達も、『足手まといのAってなんだよふざけんな』って反発した。――結局、誰も組む人が居なくなったのよ」
「組んでくれって、自分から頼むようなキャラじゃないしな、ブレイズ。プライドが高いというか」
まあ自意識肥大だよな。ブラック社畜時代にもいたわ、この手の奴。自分がブラック企業勤めなのに現実を見られないで、「俺の才能を認めない社会が悪い」とかうそぶいて。
だいたい目つきが悪くて性格もねじ曲がってるんだわ。ブラック企業でメンタル潰されたかわいそうな一面もあるとは思うけどさ。それはそれとして同情するにしても、やたら周囲に噛みつくから迷惑でなー。
「見て、モーブ」
ランが俺の手を握ってきた。
「ブレイズが始めるよ」
ブレイズは、背中から大剣を抜いた。一……いや刀身一・二メートルはあるだろう。普通の長剣より、はるかに長い、両手持ちの剣で、斜め下向きに背中の鞘に収めていた。背中の肩側に握りがあると、剣が長すぎて後ろ手で抜けないからな、大剣は。下向きに鞘に収めても重力で抜け落ちないのは、魔法か物理のロック機構でもあるんだろう。
ブレイズの大剣を見て、会場は静まり返った。あんなでかい剣、普通は振れないからな、重すぎて。ゴリマッチョの剣闘士とかならともかく、十五歳のガキだぞ。
「きえーいっ!」
気合い一閃、振り回す。
「すげえ……」
「ブンブン振ってるぞ」
すぐ脇の学園生席で、誰かが呟くのが聞こえた。
「あれ、購買部で十年以上売れ残ってるって噂の剣よ。重すぎるから誰も使いこなせなくて」
「大剣使いは普通、ミスリルとかヒヒイロカネ製の軽量なレア剣をなんとか入手するからな」
「購買部で売ってる、学園生でも買えるような値段の奴だと、鋼鉄製ですらなくて、鋳鉄製。安いだけが取り柄で切れ味は鈍いし、重いわよね。だから誰も買わなかったわけで」
「それをあんなに軽々と……」
「きえーいっ!」
静まり返った会場で、ブレイズは意気揚々と剣を振り回す。自分を認めてくれない学園生など、全員ぶった斬る――といった迫力だ。
「凄いけど……なんだろうな、この虚しさ」
「例によって、力技でダンジョンクリアするって宣言なんだろうけどさ」
「自分のパーティーに入れないのは、力量のない相手が悪いって言いたげよね」
「そうそう。これみよがしにサーカスみたいな剣舞なんか見せつけてよ」
あんまり評判良くないみたいだな。
「きえいっ!」
最後に絶叫して剣を大きく振り下ろすと、背中の鞘に収める。あれだけ振り回したので、肩で大きく息をしている。遠くて俺達の場所からはわからないが多分、滝のように汗を流しているはずだ。
客席から、静かな拍手が起こった。熱狂的というより、おざなりな感じだ。
「まあ、良くやったとは思うわ」
マルグレーテが結論づけた。
「さあ。わたくしたちの順番は近い。戻って馬を落ち着かせておきましょう」
「そうだなマルグレーテ。なんせ今日は俺達より馬の晴れ舞台だからな」
「ふふっ楽しみ。いかづち丸、楽しんでくれるかな……」
ランが微笑んだ。
●次話、いよいよモーブ組の演舞が始まる!




