4-8 食料途絶
「……」
俺とエルフ四人。黙ったまま、暗い洞窟を進んでいた。魔導トーチに照らされる俺達の影が、壁にゆらゆら揺れている。誰も何も言わない。疲れ切っているからだ。
「……」
マルグレーテ達と別れてから洞窟での野営は、すでに三日に及んでいる。食料残も心許ない。まだ例の「神の試練」って奴が現れない。棒のようになった脚を一歩一歩進めながらも全員、心の中の焦りと戦っているはずだ。
「もうすぐ見えるさ。マルグレーテは辿り着いたんだ」
「……ああ」
シルフィーが頷く。このやりとりも、もう何回目だろう。最初は皆元気に返事を返してくれたが、次第に力を失いつつある。
実際、マルグレーテやランの組は、昨夜遅く、「神の試練」の場所に辿り着いたという。そうマルグレーテが通信してきた。球体を四分の一に切り分けたような場所で、床と直面の壁だけに複雑な紋様が刻まれ、壁に小さな扉があるらしい。
早く俺達もそこに辿り着きたい――。
それだけを願い、進んでいる。振り返ると、俺は皆の顔を見た。
「一度休もう。もうみんなへとへとだろ」
顔色に現れている。
「まだ水はたっぷりある。それで元気を出して、レンバスブレッドを――」
「あったっ!」
俺の指示は、レミリアの叫びに上書きされた。
「あったよモーブ! まっすぐ進んだ先だっ」
進行方向を指差している。
「……」
先を睨んだが、なにも見えない。魔導トーチの照射範囲外は、ぼんやり闇に溶けているだけだ。
「俺にはなにも……」
「いや、あたしにも見えた」
シルフィーは瞳を細め、先を見据えている。
「あたしらはエルフだ。ヒューマンとは視力が違う。特に……暗闇では」
「マジか」
「ああ……」
「私にも見えました」
ニュムとカイムも同意している。ニュムはなぜか感慨薄げ。そこらの葉っぱでも見つけたくらいの平静さだ。
「とにかくあそこまで進もう。あれがその試練かどうか、話はそこからだ」
「そうだな」
俺達の足取りは、自然と速まった。森の子であるエルフの早足は、まるでマラソン並の速さだ。俺はもうなかば駆けるようにして、四人と並んでいる。
やがて、俺にもはっきり見えてきた。狭い洞窟はすぐ先で大きな部屋に繋がり、床に紋様。穴の反対側は切り立った垂直壁で、そこにも紋様。中央に、扉がある。マルグレーテの説明通り。まず間違いはないだろう。
「ようやくか……」
部屋自体はたしかに、半球をさらに半分にした形。ちょっとした体育館ほどの大きさで、自然の形状とは思えない。明らかに人為的な加工だ。
「早く始めようよ、モーブ。マルグレーテが待ってる」
レミリアが扉に駆け寄った。
「扉があるってことは、これを開ければいいんでしょ」
「慌てるな」
制止すると、四人を集めた。
「まず全員で、扉と周囲の紋様を探ってくれ。多分、古エルフ語で読める部分があるはずだ。その間に俺は全員の飲み物を用意する。まずは情報収集、そして休憩だ。休憩の間に、俺はマルグレーテと会話する。試練がどうとかは、その後だ」
「わかった」
「はい」
「……もっともだな」
荷物から、水と賦活パウダーを取り出した。四人のエルフがなにか話し合いながら壁の紋様を指で辿っている。それを見ながら、カップに入れた水に、パウダーを溶かした。
「わかったよ、モーブ」
レミリアが駆け戻ってきた。続いて戻ってきた皆と車座になり、全員で休息する。
「で、どうだった」
「いろんなことが書いてあった」
秒で水を飲んだレミリアは、懐からなにか取り出すと、もしゃもしゃ食べ始めた。
「ああ、これ……」
俺の視線を受けて頷く。
「レンバスケーキ。非常食として持ち込んでたんだ、あたし。もしレンバスブレッド全部食べ尽くしちゃったら食べようと」
すでに最後のレンバスブレッドは今まさに食べ終わったところだ。
「……」
俺が黙っていると、また懐に手を突っ込む。
「その……みんなの分もあるよ。食べる?」
「よし」
名残惜しそうに、次から次へとケーキを取り出す。手品師が鳩出す勢いだ。どんだけ仕込んでたんだよこんなん笑うわ。
「まあ……あれだ」
ダークエルフの寡黙な戦士シルフィーも、さすがに苦笑いだ。
「森エルフは明るくていいな」
精一杯のフォローで草。
「いやこの食い意地はこいつだけだから。森エルフはもっと優雅だった。王族とか」
「なにはともあれ、たしかに助かりましたね」
上品に、カイムはケーキを口に運んでいる。さすがはハイエルフ。命の危機にこの余裕か……。
「それより情報だ」
レミリアのケーキをひとくちでやっつけると、ニュムは眉を寄せた。
「壁にはたしかに神狐の残した書き置きが刻まれていた」
「みんなそれぞれ、読める部分を読み合って解読したのです」
手を拭うと、カイムは水をひとくち含んだ。
「それによると、この扉がやはり『神の試練』で間違いないようです」
「神の試練……。それってアルネさんの仕掛けかな、モーブ」
「いや……」
レミリアの問いに、俺は首を振った。
「多分違う。この世界の神のことだろう」
「どうして。アルネさんがこの世界を創ったんだよね。創造主だから神様っしょ」
「たしかに創造主ではある。その意味でたしかに、神のような存在だ。だがあくまで、この世界を神や悪魔のいるファンタジー世界として構築した技術者に過ぎない。自分でも賢者と名乗っているわけだし。ここで言う『神』とは、この世界にアルネが設定した神のことだろう」
「なるほど……」
シルフィーは頷いている。
「それより、試練の内容はなんだったんだよ」
「モーブ様、それなんですが……」
意味ありげに、カイムは俺を見つめてきた。
「扉の向こうには通路があります。おそらく……今回のエルフの森異変の原因となった場所に通づる」
「扉を開けて辿ればいいわけか」
「ええ。……ただし、通路は大量の激流で水没しています」
「開ければ全員水死ということだ」
あっさりと、ニュムが付け加える。
「通路を挟み、反対側にもうひとつの扉があるんだよ、モーブ。その前に、マルグレーテ組がいるんだ」
レミリアは、手で扉を開ける仕草をした。
「同時に開ける手順を踏むんだよ。そうすれば激流は別ルートに流されて、扉の向こうの通路が歩けるようになる」
「マルグレーテさん達とも合流できますよ、モーブ様」
「そうか……。それで神狐の関係者なら試練に打ち勝つと……」
マルグレーテは幼少時に神狐から命をもらい、魂に宿している。神狐は地脈と水脈を管理する精霊だ。水脈の流れを変える「試練」には最適の存在だろう。
「だがどうして、神狐関係者かこの森の関係者――つまりエルフ各部族――なら成功するって、入り口にあったんだ」
「ルサールカだ」
ぼそっと、ニュムが呟く。
「はあ……」
「ルサールカ。それは水の精霊だ。太古の」
なんすかそれ。聞いたことないんだけど。




