4-6 ゴーストプロトコル
「……ヴェーヌス」
「モーブ……」
近づいてくるとレミリアは、そっと俺の腕を取った。顔色を伺うかのように見上げてくる。
「今のは……」
「わかってる」
一度、レミリアを強く抱いてやった。俺を慰めるかのように、レミリアも腕を回してくる。背中を撫でて。
「……通信してみる」
「うん」
レミリアは、そのまま俺を抱いていてくれる。
俺は目をつぶった。マルグレーテの顔を思い浮かべる。これで……通信できるはずだ。……通信状況さえ良かったならば。そして……マルグレーテが無事でありさえすれば……。
……。
……。
……。
しかし、返事は無かった。一度目を開け、頭を振ってからまた瞳を閉じる。ヴェーヌス……つまり仲間を自らの手で倒した動揺を振り払って、集中する。
……。
……。
頼む、マルグレーテ。返事してくれ。
……。
……。
まさか……お前もランも……。
……。
……。
……モ……。
……モー……ブ。
マルグレーテ、お前なのか。
ええ、わたくしよ。
安堵した。とりあえずマルグレーテは生きている。気を取り直すと俺は、通信を続けた。
そっちはどうだ。お前は……ランは……ヴェーヌスは……。
全員、無事よ。今、ちょうど休憩をしているところ。ランちゃんったら、おいしいおいしいって、お菓子を――。
待て。無事なんだな。その……ヴェーヌスも無傷で。
ええ……。
こっちにヴェーヌスのゴーストが出た。敵として。
えっ……。
それで心配していたんだ。
そう……。なら心配よね。モーブ、ヴェーヌスやわたくしたちが倒されたと思ったのね。だからゴーストになったと……。
さすがはマルグレーテだ。瞬時に状況を判断している。こいつの頭の良さに、俺はいつも助けられてきたからな。
安心して、モーブ。こっちは皆、大丈夫だから。
わかった。……すぐまた連絡する。俺の連絡を待て。それまで、そのまま休んでいてくれ。
ええ。そうする。
通信を終え、目を開けた。言問いたげに、レミリアは俺を見上げている。一度キスしてから、そっと体を放した。
「大丈夫」
改めて、仲間に向き直った。
「ヴェーヌスは無事だ。ランもみんなも」
「そう……」
ハイエルフのカイムは、ようやく笑顔になった。ヴェーヌスのゴーストを見てから、悲しげだったから。
「良かった」
「ならあいつは、なんだったんだ」
シルフィーは、首を傾げている。
「ゴーストなら、元となる存在は死んだと思うのが普通だ」
「だよなー」
「でもヴェーヌスは無事だったんでしょ、モーブ」
「ああレミリア。そのとおりだ」
「であれば、あれは……」
ニュムは、難しい表情を崩していない。
「生霊ということになる。もちろん、本人が飛ばしたものではない。誰かがヴェーヌスという存在をコピーし、ゴーストとして再構築したのだ」
「そんな能力を持つなんて、誰かしら」
ゴーストの消えたあたりを、カイムはじっと見つめている。
「私の知っている範囲で、そのようなモンスターはいないわ」
「ネクロマンサーではない」
シルフィーが断言した。
「ネクロマンサーにできるのは、死体を操ることだけ。生きている存在からゴーストを創り出すなど……」
「けど、ヴェーヌスをコピーしたよ。コピーするには、相手の情報が必要だよね、モーブ」
「そういうことだな、レミリア。……つまり、あれを創った野郎は、ヴェーヌスと接触した過去があるってことだ」
「誰だろうね、モーブ。ヴェーヌスと接触していて、しかもあたしやモーブに敵対している存在なんて」
「心当たりはある」
俺の脳裏に、そいつの姿がちらちら浮かんでいた。ありうる可能性として。
「……アドミニストレータだ」
「アドミニストレータ……」
レミリアは眉を寄せた。
「そんな……」
「野郎なら、存在のコピーくらいできるだろ。この世界の管理者だし。それにヴェーヌスのこともよく知っている。戦ったしな」
「でも、あいつはモーブが倒したよね。もう死んでるよ。コピーなんて、できっこない」
「野郎はな。……だがまだ、生き残ってるアドミニストレータがいる」
「まさか……」
レミリアは目を見開いた。
「アドミニストレータの『イドの怪物』だね。この世界のどこかに根を張っていて、モーブを付け狙っている」
「そうとしか考えられん。さっきのは、ヴェーヌスじゃない。ヴェーヌスをゴーストとしてコピーした、劣化品だ」
だってそうだろ。ヴェーヌスなら、もっと素早く、手数が多かったはず。体術にしてもそうだし、あいつは魔王の娘。魔法だって使う気になれば、そこらの魔道士など束になっても敵わないほど、強力だ。
そう説明すると、レミリアも頷いた。
「コピーで大幅に劣化していたということは、アドミニストレータも本体でないってことだね。だからコピー能力に劣っていたと」
「その、アドミニストレータとやらの話を聞かせてくれ、モーブ」
シルフィーが俺の腕を取った。
「前々から気になっていた。お前やランの口から、たまにその名が出たからな」
「そうだな……」
見回すと全員、真剣な瞳で俺を見つめている。俺は決断した。仮初の仲間とはいえ、ここにいるエルフ四人は全員、俺の戦友だ。互いに命を預け合っている。ならばこそ、全ての秘密を明かしてもいいだろう。皆、無闇に他者に秘密は明かさないはずだ。……戦友だから。
「なら教えよう。信じられないかもしれないが、しっかり聞いてくれ」
皆が頷くのを確認して、話し始めた。
「まず俺は、この世界の住人ではない。別の世界で死んで、この世界に転生してきた」
「転生……」
カイムが唸った。俺は続ける。
「ここはな、俺の世界で楽しまれていた、ゲーム世界なんだ。ゲーム、つまりごっこ遊びのようなもんさ。そしてゲーム開発者が死んだ瞬間、彼がこの世界を創造した……」
俺は全てを明かした。世界の成り立ち。アドミニストレータの正体。アルネとアドミニストレータの対立。即死モブとして転生した俺が巻き込まれ、仲間を増やしつつ、アドミニストレータを倒したこと。そして……アドミニストレータの「イドの怪物」が生き残っていること――。
「信じられん……」
シルフィーは首を振っている。
「アールヴが長く閉じ籠もっている間に、世界には……そのような……」
ニュムは絶句した。
「それで……モーブ様とお仲間には奇跡の繋がりがあるのですね。魂の」
カイムは頷いている。
「ようやくわかりました。そして……なぜ私がモーブ様に惹かれているのかも」
そっと、手を握ってくる。
「だからなのですね。だからエルフであるレミリアさんも、一年足らずでモーブ様の連れ合いになった。そして……私やシルフィーさんも……」
「あ……あたしは違う」
シルフィーは、なぜか真っ赤になった。
「あたしはファントッセン様の命令に従い、モーブに同行しているだけのこと」
「つまり、エルフ四部族和解の兆しがあるとするなら、それはモーブを媒体、媒介として間に置いて……ということか」
ニュムは唸っている。
「ええそうですよ、ニュムさん」
カイムが認めた。
「ただ……それには、アールヴからもモーブ様の嫁御を出さねばなりません」
「僕は無理だ。男だからな」
「……そうですね」
カイムはじっと、ニュムを見つめている。居心地悪そうに、ニュムはごそごそ身じろぎをしている。
「その手の話は正直、俺にはわからん」
割って入った。話がずれてきたからな。エルフ四部族の和解は導きたいが、嫁だどうのってのは別の話だ。俺は別に嫁探しの旅を続けているわけではない。今の嫁達との愛に満足しているし、更なる欲なんてない。
「それよりちょっとみんな休んでいてくれ。マルグレーテとまた話す。向こうは向こうで、この状況を知りたがってるだろうしな」
「そうか。よく考えたら、これからもあたしたちのゴーストが立ち塞がるかもしれないもんね。ランやあたし、それにもちろんモーブだって。向こうにモーブのゴーストが出たら、躊躇している間に、やられちゃうかも」
「そういうことさ、レミリア。こちらの推測を明かし、心の準備をさせなくては」
目を閉じると俺は、マルグレーテとの通信に入った。




