4-5 仲間のゴースト
「人数が減ると、緊迫感が凄いな」
注意深く先頭を進みながら、シルフィーが唸った。ダークエルフは肌が浅黒いから、洞窟の闇に半ば溶けるようになっている。
「まあな」
マルグレーテと息を揃えて同時に扉を開け、それぞれのダンジョンへと侵入した。それから一時間。時折マルグレーテと通信したが、懸念したとおりにやはり通信状況は悪かった。それでも互いの状況をなんとか伝え合い、俺達は進んだ。
俺とエルフの五人パーティーは、分岐以来、二戦。マルグレーテやランの五人組は、三戦こなしたという。俺達の方は肉体系モンスター中心、向こうの敵には魔道士が多いらしい。マルグレーテ組は基本、魔道士パーティーだ。魔導戦になっているようだった。
まだサンプルが少なく断定は無理だが、向こうのほうがモンスター濃度が高いのかもしれない。あちらにアヴァロンを配備し、コマを厚くしておいて良かったと、安堵したよ。
「緊迫感? へいきへいきーっ」
レミリアは意気軒昂だ。
「なんてことないよ。分かれてから出てきた敵だって、オークとかゴブリンとか、雑魚い奴ばっかだったし」
「侮るとしくじるぞ、阿呆」
苦虫を噛み潰したように、ニュムが顔を歪めた。
「これだから能天気な森エルフなどと進むのは嫌なのだ」
「なによそれ。アールヴは、そんなに優れてるっての」
「少なくとも、森エルフよりはな」
「ふたりとも、ちゃんと前を見ましょうね」
たまらず……といった様子で、カイムが割って入ってきた。
「私達は、ただの『旅の仲間』ではありません。エルフ四部族、それぞれの長から預託された任務を果たしているのです。いがみ合っていては、長に顔向けできませんよ」
「それは……」
ニュムが言葉を飲み込んだ。
「……たしかに、そうだ」
それきり皆、無言になった。ただただ黙って、歩を進めている。
どうにもなあ……。
心の中で、俺は唸った。
部族を背負った四人からしてこんなにギスギスしていては、エルフ各部族の融合という俺の願いは成就しなさそうだ。
……まあいいか。まずはダンジョンクリアだ。後のことは、それから考えよう。
気づかれないように溜息をついた瞬間、シルフィーが身構えた。
「前方に敵っ! 戦闘態勢っ!」
シルフィーの前、十メートルほど。地面から青白い光が浮かび上がった。泡のように。それは次第に形を整え始める。
「敵? いや待て、あれは……」
頭が混乱した。なぜなら、敵は見たことのある……というかよく知っている相手だったからだ。
若い女の姿だ。ボンデージのように体を締め付ける、黒いボディースーツを着ている。長い黒髪。がっくり首を折っていたが、そろそろと頭を上げる。赤い瞳が輝いた。こいつは……。
「ヴェーヌス……」
知らず知らずのうちに、声が漏れた。
「なんで……お前が……」
無言だ。ただ黙って俺を見つめている。感情の感じられない瞳で。
「お前、もしかしてゴーストにされたのか。ならまさか……マルグレーテのチームは……」
全滅……。
嫌な予感が体を走った瞬間、ヴェーヌスは飛び出した。こちらに向かい。
「戦闘だっ!」
無意識のうちに、俺は反応した。
「仲間でもなんでも、とにかく倒せ。敵は魔王の娘。一瞬でも躊躇すると、こっちも全滅だっ!」
ブレイズから受け継いだ無銘剣を抜き放つと同時に、駆け出した。先頭に立つシルフィーは、ダークエルフの魔導戦士。剣も弓もこなすが、攻撃魔導士として使うとき、最大限に力を発揮できる。カイムは霊力、ニュムは呪力、そしてレミリアは弓戦士。いずれにしても俺が守備的前衛として立ち、エルフ四人を守ってやるのが、ベストの布陣だ。
かろうじて、ヴェーヌスが突っ込んでくるのに間に合った。シルフィーの前に立ち、突進してくるヴェーヌスに対し、剣を下から上に振るった。
ひらり。
飛び上がって蝶のように反転するとヴェーヌスは、俺の剣筋から逃れた。そのままごろごろ後ろに転がり、立ち上がる。いつものあいつのように、優れた身のこなしだ。
「ヴェーヌス、止めろっ!」
無言。無表情だ。いやこれマジ、ヴェーヌスのゴースト……。つまりヴェーヌスは死んだってことなのか。向こうで。前衛たるヴェーヌスが倒れた以上、ランやマルグレーテは……。
「……」
また無言で突っ込んできた。
「くそっ!」
下段に構えた。相手はヴェーヌス。防御中心で行くしかない。
「……ふっ!」
レミリアの荒い息遣いと共に、矢が何本も飛んできた。どすどすと地面に刺さり、うち二本ほど、ヴェーヌスの体に命中した。一歩退いたヴェーヌスが、抜こうとする。
「氷結っ」
シルフィーの宣言と同時に、レミリアの矢は凍りついた。ヴェーヌスは引き抜こうとするが、周囲の体組織共々凍ったらしく、抜けやしない。そこに追加でレミリアの矢が突き刺さる。シルフィーの氷結がまた炸裂し、ヴェーヌスの足を地面ごと凍らせた。これで動きを封じたことになる。
最前線に立つ俺とシルフィーの体を、温かな輝きが包んだ。カイムが霊力で守護フィールドを張ってくれたのだろう。
「悪いな、ヴェーヌス……」
俺の長剣――あらゆる存在の抹消スキルを持つ無銘剣――が、体を切り裂いた。傷からは青白い光が漏れる。こんな現象が起こるということは、やはりこいつはヴェーヌス本人ではない。ヴェーヌスのゴーストだろう。
無表情、無言のまま、ゴーストの輝きは薄れた。がっくり膝を着き、俺を見つめたまま、青い輪郭が薄れ、その存在は闇に溶けてゆく。
「……倒したか」
すっかり消えたので、俺は剣を鞘に納めた。
「……ヴェーヌス」
どうしてここにゴーストとなって現れたんだ、お前。しかも敵として。ゴーストが出たということは、本人は死んでいるのか。最強前衛であるヴェーヌスが倒された以上、マルグレーテやラン、リーナ先生、それにアヴァロンがやられた可能性は高い。
あるいは、全滅近しと悟ったリーナ先生がもしや、ソールキン一族に伝わる、一生に一度の禁断技を放ったかも。自らの命を捨てて……。
「それに……みんな……」
俺の心を、闇が包んだ。




