2-3 アヴァロン、倒れる
「ベデリア様が動いたっ」
「おおっ!」
「早くもマナを感知しておる」
ハイエルフ陣営がどよめいた。老女巫女ベデリアは、六芒星の周囲を素早く一周すると、頂点のひとつのすぐ脇に陣取った。それから瞳を閉じると天を仰ぎ、なにか一心不乱に呟いている。
「凄い……霊力を感じるよ、モーブ」
レミリアは目を見開いている。
「さすがはハイエルフ随一の巫女だのう」
シルフィーは腕を組んだ。
「魔力なら我らダークエルフがダントツとは言うものの、霊力は足元にも及ばん」
「ベデリア様ははるか古代から連なる巫女の家系、最後のひとり。そのため祖霊の力も生かせるのです」
カイムが解説してくれた。霊力最強のハイエルフが祖霊の力まで借り放題ってんだから、そりゃ強いわ。
「なあレミリア、エルフ部族はそれぞれ特異な分野があるんだろ。森エルフはどうなんだよ」
「森エルフは機動力、アジリティーだね。それと弓は一番うまいよ。だから狩りが得意なんだ」
「アールヴって奴は。古種族で、全てのエルフの源なんだろ、そいつら」
「呪力だよ」
「……なるほど」
世界と隔絶し、外界に牙を剥く部族だもんな。呪力はたしかに高そうだわ。
「見ろ、早速汲み上げたぞっ!」
ハイエルフが歓声を上げた。見ると、ベデリアの足元から、虹色の煙が立っている。
「回収せよっ」
誰か、陣営の先頭に立っていたおっさんが叫んだ。慌てたように二、三人のエルフが瓢箪のような壺を抱えて飛び出した。蓋を取ると、煙は壺に吸い込まれていく。勝負のついでに、使えるマナは回収しようって腹か。ティオナ王女も結構ちゃっかりしてんな。まあ族長としては当然の事かもしれんが。
そうした動きは気にする気配すらなく、ベデリアはまた別の場所でなにか、一心不乱に祈り始めた。
「あれはクラインの壺よ」
カイムが教えてくれた。
「世界に開放されたマナは、そのままでは大気のストリームに取り込まれ、どこか辺境で生命に変わる。なので壺に吸引させて保存し、日々の暮らしに用いるのです」
「なるほど」
俺の元いた現実世界では、「クラインの壺」ってのは数学上の概念なんだがな。四次元レベルまで拡張すれば、三次元では不可能な位相も成立するって感じで。だがまあ別次元にマナを保管すると思えば、そんな物なのかもしれない。この世界では。
「それにしても、相手は動かんのう」
ハイエルフの誰かが、アヴァロンを嘲った。
「早くも負けを悟り、動揺しておるのよ」
「それか、残存マナを全く汲み上げられず、焦っておるのでは」
「勝手なこと言って」
マルグレーテは腕を組んだ。憤懣やるかたないといった表情だ。
「アヴァロンにだって戦略があるわ。きっとそうよ」
「大丈夫だよ、マルグレーテちゃん」
ランは心配していないようだ。
「アヴァロンちゃんの体からまっすぐ下に、凄いエネルギーが出てるよ」
「地下を探索しているのね」
「うん。地中深くまで浸透した先で、いくつもに枝分かれしてるよ。大木の根のように。細かな枝の先々でマナを探してるんだ。それも……小規模の残存マナは全部無視して」
「アヴァロンは、全然別の戦略を取っているのね」
リーナ先生が頷いた。
「ちまちま残存マナを汲み上げるのでなく、深いところ……そう、マナ井戸の根源を探っているのよ」
「あいつは獣人巫女。エルフ各部族とはまた違う歴史を辿ってきたからな。祖霊共々。マナ探索の手法も異なるのだろうよ」
赤い瞳で、ヴェーヌスはアヴァロンを見つめている。
「とてつもない力を感じるわい。『のぞみの神殿』正巫女の力がこれほどとは……。恐ろしいくらいだ」
「そんなに凄いなら、なんで相手はわからないのかしら」
「エルフとは霊力のレイヤーが違うのだ」
「そうだね。あたしもよく感じられないもん」
「あたしもだ」
「私もです」
エルフ三人組が言うからにはそうなんだろう。俺達パーティーにしても、深く感じ取れているのは「羽持ち」にされたランと、高位魔族ヴェーヌスだけ。即死モブである俺には、ほとんどわからない。マルグレーテやリーナ先生も同様のようだしな。
「また出たあーっ!」
次々に残存マナを汲み上げるベデリアの姿に、ハイエルフ陣営は大盛り上がり。歓声を上げ拍手をしては回収に走り回っている。
「あと……二十分くらいしかない」
天を見上げると、マルグレーテが太陽の位置を確認した。タイムリミットを示す「一本檜」。はるか上の樹冠に、たしかに陽が近づきつつある。
ここまでベデリアは、地層の湾曲部にわずかに残ったマナ溜まりの場所を、既に十箇所近く発見している。対してアヴァロンはひとつも掘れていない。さすがに不審に思ったのか、ベデリアが一瞬、アヴァロンを見つめた。ハイエルフのティオナ女王は、黙ったまま双方の動きを確認している。
そのとき――。
「あっ!」
レミリアが叫んだ。
「アヴァロンが……」
貧血したかのように体が揺れると、アヴァロンは地面に膝を着いた。がっくりと頭が折れる。
「アヴァロンっ!」
ハイエルフ席からも動揺の声が上がる中、俺は駆け寄った。滑り込むようにして、アヴァロンの体を抱く。
「モーブ……様……」
かろうじて頭を起こしたアヴァロンの体は、これ以上ないくらい熱かった。まるで沸騰を続ける薬缶のように……。




