2-1 雑魚寝のお泊まり
「それにしても……モーブ様は大胆でいらっしゃいますね」
俺達に茶を立ててくれながら、カイムが呟いた。
「まさか我が君に勝負を挑むなどと……」
くすくす笑っている。ここはハイエルフ、カイムの家。外界に興味の薄いハイエルフの里に、宿屋などない。なので今晩はここに泊めてもらうことになった。茶の約束があるということを口実に、ティオナ女王が決めたのだ。
「それはあたしも驚いた」
ダークエルフ戦士、シルフィーが、茶のカップをテーブルに置いた。
「モーブはいつもこうなのか」
俺と嫁の顔を見回す。呆れ顔だ。
「よく皆の命がこれまで保ったものだ」
カイムはひとり暮らし。俺と嫁六人、それにダークエルフのシルフィーが泊まるにはやや狭い。それでもシルフィーは客間の寝台、俺と嫁は居間の床で雑魚寝と決めて、なんとかなった。嫁とは抱き合って眠ればいいからな。七人他人行儀に並んで寝るわけじゃないから、狭くていいのさ。
「いつもはもっと酷いよね」
茶菓子をぱくぱく口に運びながら、なんということはないとレミリアが口にする。
「そんなにか」
「そうそう。全員死んで冥府冥界に落ちたのに、モーブが冥王と交渉して生き返らせてくれたり」
「『草薙剣』遺棄クエストの途中で、魔剣に心を乗っ取られてあたしたちに襲いかかってきたり」
「ビーチリゾートで、カフェの女の娘全員の胸にマジックでくりくりサインしたり」
「む、胸をくりくり……」
無骨なシルフィーがムネムネ言うと笑えるわ。目を白黒してるし。
「魔王の娘を孕ませちゃったり」
「魔王の娘……じゃあまさか……あなたが……」
シルフィーとカイムの視線が、ヴェーヌスの腹に集まる。
「魔王の娘というのは、ここだけの秘密にしておいてくれ」
妊娠情報のほうはヴェーヌス、別に気にしていないようだ。否定しようがないよな、事実だし。
「まあそんな感じ。滅茶苦茶よ」
簡潔に、マルグレーテが取りまとめた。
「それは……皆もよく嫁としてついていくな」
「だって、愛しているもの」
「そう、モーブくんは魅力的。群れのリーダーよ」
「なんというか……うらやましい限りだ」
「そうですね。私もそう思います」
ふたりから、ぽろっと本音が漏れた。シルフィーもカイムも、狭い世界で生きてるからな。俺達みたいなドハズレの生き方は新鮮なんだろうさ。
「ならまあ……ハイエルフの王宮で、ティオナ様に面と向かって勝負を挑むのもわからんではないか」
「命知らずですね。全員殺されても、不思議ではない。エルフ二部族の使節だからこそ、かろうじて命が繋がっているだけで……」
「そこんとこはみんなに申し訳ない」
俺は頭を下げた。
「なんというか……勢いで」
「モーブは馬鹿でしょ。もうこれ、宿命として諦めるしかないのよ。はあーっ」
ここぞとばかり、マルグレーテが溜息をついてみせた。
「モーブくんは、学園に入学したときから、こんな感じだったわよね」
「リーナ様は、モーブ様の恩師であるとか」
「うんそう……。でももう教師じゃない。今は……モーブくんのお嫁さん」
「前聞いた話だが、恩師とそんな関係になるなどと……今でも信じられん」
シルフィーは絶句している。こいつ古武士然としていて、クソ真面目だからな。ちょっと刺激が強すぎるかもしれない。同級のふたりと三人同時に初体験したとか、儀式として巫女さん三人相手に関係を持ったとか、ヴェーヌスとは殺し合いの後でくっついたとか、そっち方面の話も色々聞かせてみたい気もする。
とはいえ、いくらなんでも刺激が強すぎるか……。瞳の色が変わってないから、ふたりとも彼氏、いないんだろうし。
「でもアヴァロンちゃんの霊力が見られるんだよ。私は楽しみだな」
「ありがとう、ランちゃん。私も楽しみ。モーブ様もお役に立てるのが」
「お茶のおかわりをどうぞ」
カイムが苔茶を注ぎ足して回った。
「お菓子もまだまだありますよ」――と付け加えたのはもちろん、旺盛なレミリアの食欲を目の当たりにしたからだろう。
「でもモーブ、アヴァロンにはどんな勝負をさせるの」
ようやく満足したのか、レミリアは菓子の征伐から茶での水分補給に移ったようだ。
「それはティオナ女王に任せてある」
「それでいいの、モーブ。ぜえったい向こうに有利な勝負にされちゃうじゃん」
レミリアは首を傾げている。
「なに、負けたっていいのさ。霊力勝負だ。別に殺し合いでもないわけで」
「なにそれ……」
目を見開いてるな。
「俺が狙ってるのはなレミリア、ハイエルフとの繋がりを保つこと。向こうだって人間だ。仲良くなれば断りにくくなるだろ」
「人間じゃあないわね」
マルグレーテの冷静なツッコミ、ご苦労。
「そんないい加減な戦略でアヴァロン、お前は平気なのか」
シルフィーに見つめられると、アヴァロンは微笑んだ。
「私はモーブ様をお支えするだけです」
膝に乗ってくると、アヴァロンが俺の首に腕を回してきた。
「モーブ様ぁ」
「よしよし……」
頭を撫でてやる。つい抱き締めてネコミミだの尻尾だのを撫でてやると、そのうちアヴァロンの息が荒くなってきた。
「まあた始まった」
レミリアは冷たい瞳。すみれ色の。
「外の人がふたりもいるんだから、少しは遠慮しなよモーブ。恥ずかしい」
「まあ……」
俺とアヴァロンが抱き合う姿を、カイムは呆れたように眺めている。シルフィーも。こっちは食い入るような瞳だが。意外にシルフィー、むっつり系かもしれんな。
「こういうのは見たことがない。だからそのままでいい。少し……なんというか、うらやましいというか……」
アヴァロンが俺の首にキスする姿を、まじまじと見つめている。
「シルフィーもそのうち恋人できるよ」
レミリアが能天気に言い放つ。
「それにカイムも」
「そうでしょうか、レミリアさん」
「当たり前じゃん。ハイエルフもダークエルフも違いなんてない。エルフだって恋をするからね。だから子供ができるんじゃん」
「そうですね……いつの日にか。さて、そろそろ晩餐の準備をしましょう」
カイムは立ち上がった。
「人数も多いので、簡単に作れる煮込み料理にて恐縮ですが」
「なら私も手伝うね」
「わたくしも」
「あたしもー」
ランが立ち上がると、俺の嫁は皆、続いた。アヴァロンも。せっかくいちゃいちゃしていたんだから、ちょっと惜しい気はしたが。
「あたしもやるか」
「いえシルフィー様、客人になにもかも頼ってはハイエルフの恥です。幸い、モーブ様の嫁御様でも手は余るくらいですし。でももてなしにご協力いただけるのなら……」
にっこり微笑む。
「モーブ様のお相手をお願いします」
「あ、あたしがか」
顔が真っ赤になった。
「あたしが……その……モーブに体を預け、首筋に接吻……とか」
「あら……」くすくす
「いやシルフィー、俺の話相手になってくれってことだろ」
「そ、そうか……。それもそうだな」
手でぱたぱた顔を仰いでいる。
「アヴァロンの代わりをしてくれと言われたのかと……」
いやこいつ、さすがになんも知らなすぎだろ。戦闘以外のこと、親に習わなかったんだな。話によると母親は早くに亡くなり、父親も戦いに死んだ戦士だというし。意外にシルフィー、ドジっ娘属性あるのかもな。




