1-10 ティオナ女王の判断
「エルフ二部族の使節か……」
玉座に座っていたのは、ティオナとかいう女王だった。若い……というか、若くは見える。宮殿同様、玉座も石造り。だがまるで金のように、きらきら輝いている。
旧い時代に建てられたせいか宮殿は小ぶりで、「のぞみの神殿」よりはるかに小さい。玉座の間もそうだった。樹上にあるダークエルフ・ファントッセン国王の執務室と大差ない。
「ひとつの部族の使節でも、十年ぶり。あれは地脈の乱れで土地が痩せ、各部族で小競り合いがあったとき……」
気怠げに、ティオナ王は呟いた。玉座の肘掛けに頬杖を着いたまま。背後に多くの側近が詰めているのは、他のエルフと同じだ。ダークエルフのファントッセン国王同様、連れ合いはいないようで、席は用意されていない。
「ふたつの部族が合同して使いを寄越すなど、私の知る限りない。どうだベデリア、記憶にあるか」
「はい……」
頷いたのは、老女だ。
「私の生きておる時代にはなかったこと。なれど文献には記載があります。たしか……賢王ボーエン様のご時世かと」
「歴史と神話の境目か……」
「左様にござります」
「厄介だのう……」
溜息をついている。
「しかも仕切っておるのは森エルフでもダークエルフでもない。間抜け面のヒューマンとはな」
「失礼ながらティオナ様」
進み出たのはアヴァロンだ。
「モーブ様は優れたお方。エルフふた部族から旗印の使用を許され、両方を束ねてこうして参ったのが、なによりの証拠」
「ふん……」
興味なさげに、頷いてみせた。
「まあよい。使者というからには、なにか話があるのであろう。正式に使節を立ててきた以上、こちらも話を聞くのがエルフとしての取り決め」
俺の目を見た。
「話してみよ、モーブとやら」
「はい、ティオナ様。そもそも発端は、森エルフのレミリアを俺が娶ったことです。そうして一夜明け、レミリアの瞳はこのようにすみれ色に変色しました。……黒ではなく」
「やはりその話か……」
ティオナ女王は溜息をついている。
「その瞳を見たときから、嫌な予感はしておったわい」
「ダークエルフの巫女、フィーリーは、俺の血が、エルフの血に潜む秘められた危機を顕にしたと判断しました。祖霊の力を借り」
「おお」
「あのフィーリーが……」
「魔導力はエルフ一の存在だ。霊力こそ、我らがベデリア様がエルフ随一としても」
側近がざわめく。あのお姉様、やっぱ凄いんだな。
「森エルフの里でも尋ねました。カザオアール国王が言うには、長老ゴンザールさえ生きていればわかっただろうと、悔しげでした」
「なに……ゴンザールが死んだ……だと」
「つい数年前までは元気だったはずだ」
「ならやはり……地脈の……」
「うむ……」
「静まれ」
ティオナ女王が一喝すると、側近は黙りこくった。
「カザオアール国王は、俺に知恵を授けてくれました。エルフの危機についてさらに知るには、霊力に優れた種族に頼るしかない。……つまりハイエルフです。しかしここのところの森の乱れで、ハイエルフは警戒を強めていて、なかなか会ってはくれまいと」
「それで二部族の旗印を借りて、古き盟約の使節となったのだな」
「そういうことです、ティオナ様」
「なるほど。ただの人間に森エルフが旗印を与えたのは、わからんでもない。同族を嫁に取った男だからな」
頬杖をついたまま、しばらく黙っている。
「しかしあの曲者ファントッセンが、あっさり旗印を貸与するなど……」
独り言のように呟く。
「しかもお気に入りのシルフィーを使節につけて」
えっ……。シルフィー、気に入られてるのか。ファントッセンに散々からかわれてた印象しかないんだが……。
シルフィーは黙ったままだ。俺の左右を、レミリアと共に囲んでいる。もちろんレミリアも今日は静かだ。さすがに空気は読めるみたいだな。ここに茶菓子があったら怪しいが……。
「我が君」
例のベデリアとかいう老女が口を挟んだ。
「ファントッセンめは、この男になにか可能性を感じたのでありましょう」
「可能性……とは」
「モーブとやらが連れた女は七人。このうち、シルフィー以外の六人は、この男の嫁のようです。ならばこそ、並大抵の男ではないでしょう」
あら、ここでも見破られたか。やっぱ霊力や魔導力に優れたエルフには、なんでも筒抜けだな。
「なんとっ」
「魔族もおるのに。しかもものすごいオーラの持ち主だ」
「獣人の、しかも巫女まで」
「ありえん……」
側近が口々に叫ぶ。
「なるほど。まあ……わからない話でもないか」
女王は、ほっと息を吐いた。
「ベデリア、近う」
「我が君……」
近寄ってきたベデリアの耳に、なにか囁く。しばらく瞳を閉じ天を仰いでいたベデリアが、今度は女王の耳に何事か吹き込んだ。この世界に転生してあちこち行った。神職のやり方は知っている。祖霊だか神々だかに語りかけ、その神託を得たんだろう。
「そうか……」
頷いたティアナ女王は、俺に向き直った。
「それでモーブ、お前は我らに助力を願い出るのだな。エルフの瞳の徴は、種族危機の徴。解明のため、エルフ随一の霊力を持つ我らの力を借りたいと」
「はい、そうです」
「うむ」
あっさり頷いた。
「ありがとうございます。ではさっそく――」
「慌てるなモーブ。誰が同意した」
「いや、今……」
「古き盟約に従い、話だけはたしかに聞いた――と、認めただけだ。森エルフ、そしてダークエルフの依頼は断る」
毅然とした顔で、ティオナ女王は言い切った。いや俺、使節任務失敗じゃん。




