1-8 ハイエルフの土地
「さて、どうなるか……」
ハイエルフの森に向け、俺達の馬車は進んでいた。長く使われておらず、下草が生い茂って進みづらい道を。喜んでいるのはスレイプニールくらい。休憩のとき、草を食い放題だからな。もちろんそんときゃ馬車上でもレミリアが菓子食い放題だ。
「どっしり構えていろ、モーブ」
御者席で、シルフィーは俺の右隣に座っている。
「エルフ二部族を説得したお前だ。ハイエルフとの交渉くらい、なんとかなる」
「そうそう」
俺の左隣はレミリアだ。食べ終わった果物の芯を森に投げると、山積みにしてある果物を、もうひとつ取り上げた。
「悩んだって解決には無意味。モーブらしくないよ」
「お前が能天気だから、なんとなく救われた気持ちになるよ」
「だってあたし、モーブのお嫁さんだもん。……愛してる」
俺の首に手を回すと、キスしてくる。黙って受け止めてやると、ちらとシルフィーの視線を感じた。
「先にこぶがある。揺れるぞ。乳繰り合うのはいいが、舌を噛むなよ。自分のも、レミリアのも」
それもそうだ。レミリアを抱き寄せ、俺の胸に顔を押し付けてやる。
「安心しろ、次はお前だ、シルフィー。お前の舌を噛み切ってやる」
「な……」
シルフィーの顔が、みるみる赤くなった。
「貴様、ここで死にたいのか」
短剣を抜くと、俺の顔先に突きつける。
「おいおい……」
思わず両手を上げた。手綱を放したから、馬の歩みが少し乱れる。
「冗談だよ。ごめんごめん」
どうにも、シルフィーに軽口はきかないほうがいいな。シルフィーは真面目で堅苦しいとか、ファントッセン国王も言ってたし。身近の同族から評価されてるんだ。それに間違いはないだろう。
「モーブ様」
馬車の荷室から、アヴァロンが顔を覗かせた。
「いちゃつくのも大概になさいませ。エルフの匂いが強まってまいりましたよ」
「い、いちゃついてなどいない。お前はこれが見えないのか」
突きつけられた短剣を目の前にしても、アヴァロンは微動だにしない。
「あら……、いい剣ですね。刀身が闇色に黒いのは、染めた物ではなく、鍛えた金属自身の色と存じます」
「魔導刀鍛冶が鍛えるのだ。詠唱しながら鍛造するので、色が変わり、刃こぼれもしなくなる。……お前、怖くないのか」
毒気を抜かれた顔で、刀を鞘に収める。
「さすがはモーブのパーティーだ。皆、肝が座っておる」
「それよりみんな……」
俺は荷室を覗いた。
「万が一のときの、準備はいいか」
「うん」
「はい」
「大丈夫だよー」
頷いてくれる。
俺達は使者だ。だから大丈夫とは思うが念のため、全員に戦闘装備を装着させている。突然の戦闘への備えだ。皆、荷室の壁に背をもたせ、なにかあれば飛び出す構えをしている。
御者席、俺の左右にレミリアとシルフィーを配置したのは、俺達が二部族を代表する使者だと、ひとめでわからせるため。いきなり胸を射抜かれるのはごめんだからな。もちろん御者席の左右には、ダークエルフと森エルフの旗印が掲げられ、森を抜ける風にはためいている。
「モーブ様……、先にエルフがいます。ざっと……二十は。場所からして……多分、ハイエルフかと」
アヴァロンが、俺の頬を撫でた。
「……俺にはなにも見えんぞ」
密生した森に陽が遮られ、薄暗い獣道がまっすぐ続いているだけだ。
「アヴァロンは視力が尋常じゃないからね。獣人だから」
瞳を細め、レミリアが前方を凝視する。
「うん。あたしにも見えた。速度を落として、モーブ」
「ああ」
手綱を操作し、馬を常歩に落とさせる。
「全員、戦闘準備」
命令した。まっすぐ前を見たまま。
「モーブ様、微笑んで」
「ああ」
無理やり口の端を上げて、笑顔を作ってみせた。友好的な使節に見えるように。
「なあにモーブ、それじゃ道化人形だよ」
レミリアに小馬鹿にされた。
「うるさい。もうキスしてやらんぞ」
「それは……いや」
「とにかく全員、落ち着くのだ」
シルフィーはどっしり構えている。
「あたしにも見える。じきに人間のお前にも見えるはず。ハイエルフは道の左右に並び、歓迎の儀礼姿勢をしている。あの姿勢を取っている以上、絶対に攻撃は仕掛けてこん。祖霊の魂を汚す行為だからな」
「なるほど」
「だが、こちらから攻撃すれば別だ。偶発的戦闘に陥らないよう、気をつけろ」
「大丈夫。俺のチームはそんな間抜けじゃない。……なにせ全員、一度は冥府冥界に落ちた身だからな。……俺も含め」
「面白い話だのう……」
楽しげだ。
「今度、寝物語で聞かせてくれ」
「あ、ああ……」
「馬車での就寝のときに」
ああ……そういう意味か。ちょっとどきっとしたわ、俺。嫁が六人もいるのに、まだまだ修行が足りんな。
「……」
俺にもエルフの列が見えてきた。常歩よりさらに速度を落とした馬車が近づくと、先頭のふたりだけ立ち上がる。男と女だ。見た目はレミリアのような森エルフと大差ないが、肌はいっそう白い。あと金属製の胸当てをしている。ミスリルともまた違う、白金に輝く謎の金属だ。
ふたりの前で、俺は馬車を止めた。
「俺達は正式な使者だ。森エルフとダークエルフ、二部族の」
「どうやらそのようだな」
無遠慮に、男が御者席の俺達三人を眺め渡した。
「旗印は本物のようだ。……魔導の力を放っているし。それに……両部族が御者席にいる。ただ……」
「ただひとつ、不思議なことがある」
女が引き取った。
「なぜただのヒューマンが、左右にエルフを従えておる。人間がエルフ二部族の使節をまとめているということか」
「モーブはね、あたしのお婿さんだよ」
「人間がエルフを娶るなど、そうそうはないこと。……そちらのダークエルフも嫁なのか」
「あたしは違う。瞳を見ろ」
「ここは暗い。よく見えんわ」
ならレミリアの瞳の異変もわからんな。すみれ色と黒の違いなんて。
「とにかく里の国王に会わせてくれ。話がある」
「使節なら……仕方ないのう……。厄介事を持ち込まれては迷惑だが……」
男はほっと溜息をついた。
「カイム、お前が案内しろ。俺は先に戻り、王宮に報告しておく」
「はい、ズーマー様」
カイムと呼ばれた女エルフは、ひらりと御者席に飛び乗った。まるで蝶のよう。ふわりと跳んで、音もなく舞い降りる。出会ったときのレミリア同様、草のような女子エルフの香りが広がった。
「モーブ様は、後ろで休んでいて下さいませ。私が手綱を取ります。エルフ二部族の代表と並び」




