1-7 ふたつの旗印
森エルフの旗を掲げた俺達の馬車がダークエルフのテリトリーに戻ったのは、すぐに王宮に伝わったようだ。壮年のダークエルフひとりが高木から道に降り立ち、事情を聞いて俺達をまた王宮に案内してくれたよ。
「しばらく退屈はしないで済みそうだのう……」
樹上の王宮。玉座で脚を組んで、ファントッセン国王は楽しそうだった。
「モーブが森エルフの旗印を掲げ、使者としてこの里に舞い戻るとは……」
再度の訪問ということで、俺達は正式に客人扱い。茶と茶菓子を振る舞われている。といっても遊びに来たわけではない。俺達は皆、遠慮がちに蜂蜜茶を楽しんでいた。……ただひとり、食欲モンスターを除けば。
恥をかかせまいとしたのか、マルグレーテは自ら率先してレミリアに菓子を渡していた。気の利く奴だ。それを見て、リーナ先生もレミリアの前に、自分の皿を置く。アヴァロンは迷っているようだったが、こらえきれずにひとつ食べてからレミリアに残りを渡した。ランとヴェーヌスは気にもせず、自分の分をもぐもぐ食べている。
「してモーブよ。なぜに戻った。この短期間では嫁の瞳の件など、解決どころか解明すらできておらんであろう」
「はい国王。その件でひとつ、頼みがあります」
「無礼者っ」
居並ぶ側近のひとりが、声高に怒鳴った。
「我が君に請願するなら、きちんと手順を踏め。まず我らに相談の上、書――」
「よいよい」
国王は手を振った。
「こやつは痴れ者よ。嫁は六人もおる。言ってみれば女たらしの女衒も同然……ただどうやら、ドハズレた能力にて、世界を救っておるようだ。そのドハズレ具合に免じて、手続きはなしにしてやるわい」
「ありがとうございます」
持ち上げられてるようでいて、その実、かなりディスられてる気もした。だがまあとりあえず礼を言っておく。なんせ頼み事に来てるわけだし。……にしてもダークエルフって京都人かよ。めんどくさっ。
「頼みとやらを言ってみよ、モーブ」
「はい。ダークエルフの旗印、先祖伝来の旗印を、お借りできないかと」
「……」
さすがに国王も黙っちゃったな。
「……」
「……」
「……」
国王が俺の請願を許諾したからだろう。側近も大声で怒鳴りつけてはこなかった。ただまあ……全員黙りこくっちゃったけど。真っ青になった側近は、ちらちら国王の顔色を伺っている。
「……一応、理由を聞いておこうか」
「はい。森エルフのカザオアール国王の話では、嫁の瞳に現出した危機についてはわからないと。つい最近、長老が亡くなったので」
「ゴンザールが死んだのか……」
一瞬だけ、国王の顔が悲しげに歪んだ。なにか……過去の繋がりとか経緯でもあるんだろう。
「面白い男であったが……」
「それで、ハイエルフならわかるのではないかと。霊力の強い上級種なので。それで――」
「なるほど」
国王は、最後まで話を聞かなかった。
「今、ハイエルフは疑心暗鬼。話を聞きにいくにも里は開かない。ならば古き盟約を使えばいい。我ら二部族の旗印を掲げた正式な盟約の使節として……。こういうわけだな、モーブ」
「はい。そうです」
「そういうことか……」
国王はまた黙った。なにか考えている様子だ。
「我が君、前代未聞の事態ですぞ。断りなされ」
「そもそも、森エルフどもは、我らが土地に攻め入ってきた部族ではないですか。旗印が並ぶなど、言語道断」
「この侮辱、森エルフの里を襲って思い知らせてやりましょうぞ」
「黙れ」
国王が手を振ると、玉座の間は沈黙に支配された。
「我が民の気持ちはわかっておる。……フィーリー」
「我が君」
「祖霊はなんと言っておる」
「……意見が割れております」
「さもあらん。……余に決済せよということか」
ほっと息を吐くと、背後の側近を振り返った。
「シルフィーを呼べ」
●
やがて入ってきたシルフィーは、俺や嫁の姿を見て驚いていた。
「モーブ……」
俺の顔をまじまじと見つめる。
「もう戻ってきたのか。……では、あの話を受ける気になったのか。魔法の」
「あの話って……」
「あ。ああ……。いや、なんでもない」
苦笑いしている。気のせいか。決まりが悪そうだ。
「ほう……。魔法とな。余の魔法であるな、前モーブに話した……」
シルフィーの困り顔を前に、ファントッセンはにやにやしている。
「真面目なシルフィーがか」
ほっと息を吐いた。
「面白いものを見させてもらった。……さてモーブよ」
「はい」
「ダークエルフの旗印、たしかにお前に預けよう」
「えっ……」
「本当ですか、我が君」
「前回、あの旗印が里を出たのは五百年前ですぞ」
シルフィーも側近も、言葉を失っている。
「五百年ぶりの行動とは、余もモーブと同じ、痴れ者かもしれんのう」
かっかと笑う。
「預けるのはいいがモーブよ、旗印は部族の象徴。大切に扱ってもらわなくては困る」
「わかります」
と言っても実はよくわからんが(適当)。要するに、応援団の団旗みたいなもんか。……まあエルフを応援団扱いして、どっちにもすまないとは思う。
「これはなモーブ。森エルフも同じであろう。あっさりお前に貸与したのは、同族を嫁にしておる男ゆえ」
なるほど。大食い怪獣が嫁だもんな、俺。
「よって、ダークエルフからもひとり同行させる」
「よ、嫁としてですか」
さすがに驚いた。
「バカを抜かすな」
大笑いされたわ。
「ただの帯同者だわ、アホ」
「すみません……」
そりゃそうだよな、もちろん。……恥。
「そういうわけだ、シルフィー」
ファントッセン国王は、真面目な瞳となった。
「モーブに同行し、ハイエルフの里に赴け。我が里で最初にモーブと知り合ったのは、お前。その運命の流れに従うのだ」
「御意」
ひざまづいて、左手の拳を右手で包む。
「我が君のご意向に応え、旗印に籠められたダークエルフの誇りを、必ずや――」
「ああよいよい。そうしゃちほこばるな」
優しい瞳となった。
「戦士の家系だけに、堅苦しくていかんのう、お前は。そこなエルフ嫁を少しは見習え。何も考えず、出された菓子など人の分までぱくぱく食べて人生、幸せそうではないか」
「は、はい……」
ちらとレミリアを見る。
「いいか、少しだけだぞ。全部見習ってはならん」
「御意」
「へへー、モーブ。あたし、褒められちゃった」
最後の茶菓子を口に放り込むと自慢気に、レミリアが俺を見る。いやお前、褒められたのか微妙だぞ。まあ俺の嫁達の仲がいいのは、菓子のやり取りを見ていた国王に伝わったとは思うけどさ。
「モーブよ……」
立ち上がると、シルフィーは俺を見た。
「短い間とは思うが、よろしく頼む」
頭を下げてきた。
「お前の期待に応え、必ずや――」
「もう、そのへんにしておけ」
ファントッセン国王にあっさりいなされてて、笑ったわ。シルフィー、ダークエルフ内部で、融通の利かない古武士扱い受けてるんかもな、これ。




