1-6 森エルフの依頼
「すみれ色の瞳になったか……」
森エルフのカザオアール国王は、難しい表情だ。
「はい。それでカザオアール様のお言葉を賜りたく、里に戻った次第です。……あたしとモーブの新婚旅行も兼ねて」
「はて」
国王は笑った。
「嫁が六人もおって、今さら新婚旅行でもあるまいに」
「あらあなた、レミリアは最後の嫁でしょう、きっと。女子にとって、新婚の旅は格別なもの」
マーリン王妃が微笑む。
「あなただってご記憶にあるはずでは。それともまさか、お忘れに……」
「いやよく覚えておるわい。たった百年前のことだからな」
焦ってるな。
「それよりすみれ色だわい」
話を逸らそうと必死だ。
「長老さえ生きておれば、瞳の変色について、適切な意見も得られたであろうに……」
「えっ……」
レミリアは絶句した。
「ゴンザール様が……お亡くなりに……」
「もうかなりの歳だったからのう……」
「ダークエルフの魔道士は、エルフの血に潜む危機の顕れだと言っておったぞ」
ヴェーヌスの言葉が、居並ぶ森エルフに波紋を広げた。
「ダークエルフ……だと?」
「あいつらと邂逅したのか」
「殺されも……せず」
ざわめきが広がる。
「ダークエルフの里に行ったは真か、レミリアよ」
「はい、カザオアール様」
「ファントッセンはなんと言っておった」
「王様はねえ、私達がみんな本当にモーブのお嫁さんかどうか知りたがったんだあ」
よせばいいのに、またしてもランが余計な話をする。
「だからヴェーヌスがモーブにキスしたんだよ。アヴァロンは、みんなキスしてもいいよって言ってた」
「ほう!」
いや王様、食いついてるじゃん。
「あなた」
「いやその……そうではなく、レミリア、お前の瞳の件をどう言っておったかということよ」
「エルフの危機を、モーブが顕にしたと。あたしを嫁にして……その……精を注ぎ込んだから……」
「うむ!」
力強く、国王が頷いた。
「どのようにして注ぎ込めば、そのようなことが起きるのか」
「それは……その……さ、最初はあたしを下にして……」
「もう結構」
迷いながらもレミリアが細かな説明をし始めたところで、王妃が止めた。まあそりゃそうだ。国王は知りたがったみたいだけどさ。
「長老ならば原因がわかったことでしょう。しかし今のエルフには、伝承を知る者は居ない。魔力に優れたダークエルフでもその情報止まりということ。となれば、霊力に優れたエルフに尋ねるしかない。……そうですよね、あなた」
王妃に睨まれると、国王はもっともらしく頷いた。てかこの人、長命のエルフにしては意外に俗物で、嫁の尻に敷かれてるのでは……。
「わしもそう思っていたところだ。……レミリア」
「カザオアール様」
「ならばハイエルフの里に行け」
「ハイエルフの……」
「うむ」
国王は頷いた。
「ハイエルフなら知っておるだろう。……しかしここのところの森の乱れで、ハイエルフは警戒を強めておる。なかなか会ってはくれまい」
「森の乱れは、地脈の乱れが影響しているのですよ、レミリア」
王妃が付け加えた。
「おそらく地下の水脈を司る神になにかがあったのでしょう」
「俺達パーティーがハイエルフと会う方法はありますか」
「そうだのう……モーブ殿」
国王に見つめられた。
「エルフ各部族には、真祖イェルプフの頃からの盟約がある。それに従えばあってくれるであろう」
側近連中がまたしてもざわめいた。どうやら、古の盟約って奴は絶対らしい。
「旗印を掲げて進むのだ、モーブよ。……古の盟約としてはやや弱いがのう」
「それなら、ダークエルフの旗印も掲げではどうでしょうか」
「無理な話よ」
マルグレーテの提案は、一笑に付された。
「我らとダークエルフは、森の乱れで一番やりあった仲。部族のシンボルたる旗印など、掲げさせてはくれまい」
「俺が頼んでみます。ダークエルフのファントッセン王に」
「モーブ殿……」
国王は唸った。どうやら無理そうだ。……と、マーリン王妃が、なにやら国王に耳打ちした。ややあってから、国王が頷く。
「……とはいっても、なにもせずば埒が明くまい。モーブよ、試しにダークエルフの里に向かってみるか」
「お任せください、カザオアール様」
俺の言葉に、側近連中はしきりに首を振っていた。でも俺、なんだか妙に自信があった。ファントッセンは食えない奴ではあったが、悪い男には思えなかった。森エルフが行けば立場上、冷たくあしらわれるかもしれないが、部外者……しかもドハズレの俺なら面白がってくれそうな気がする。なんせ冗談半分とはいえ、縁戚関係はどうだとまで言われたからな。
「あなた、モーブ様に任せましょう」
マーリン王妃の口添えもあり、カザオアール国王は、俺と嫁の七人を、森エルフの使者として任命してくれた。




