6-5 「どこまで」のフラグか、確認してみた
髭様に見送られながら、晩餐の小部屋を出ると、もう貴賓食堂には誰も居なかった。食事の学園生や教師どころか、片付けの給仕もいない。どのテーブルもきれいに磨き上げられ、明日の朝食に備えて、白く輝くクロスが掛けられている。
たっぷり時間を掛けて飯食ったからな、俺達。
三人、手を繋いで旧寮のボロ部屋に。いつもどおり風呂の洗いっこをしてから、茶を飲んでいろいろ話した。そのうち夜も更けてきて――。
「じゃあ寝ようか」
なんか気まずいんで、とりあえず明るい感じで誘ってみた。
「わーい。添い寝タイムだあ」
ランは両手を上げて喜んでいる。
「そ、そうね……」
マルグレーテは下を向いちゃったけれども。
誕生日の晩。もう風呂もなにもかも済ませた。後は寝るだけだ。
「明日は週末だし、授業は無い。朝飯抜いてかまわないから、ゆっくり寝ようぜ」
「さんせーいっ」
「そうね……」
「さて……と」
とっとと裸になる。こういうのは、この気まずい時間を素早くスルーしたほうが多分いいだろ。前世童貞の俺とはいえ、そのくらいはわかる。
「あっモーブ。下着まで……」
マルグレーテが目を見張った。で、すぐ逸らす。
「いいだろ。今日は全員裸って話だし」
「で、でも……」
いつもは俺、パンツだけは穿いてたからな。今日は特別だわ。
「じゃあ一番乗りな。おやすみーっ」
部屋のランプを消して秒で寝台に潜り込むと、ブランケットを体に掛けた。そのまま暗闇に溶ける天井を眺める。脇からもぞもぞ、衣擦れの音が聞こえた。
「モーブ……」
ランが入ってきた。もちろん裸で。左側に寝ると、俺の腕枕で。
「えへーっ。モーブ、あったかい……」
うおーっ。ランの胸を感じる。俺の胸に。ベッドで裸の胸ってのは、初めてだ。変な話、俺、あんとき死んで良かったわ。生きてブラック社畜を続けてたって、こんなにかわいい娘と裸添い寝とか、夢のまた夢だろ。
「おいで、ラン」
「うん」
素直にくっついてきた。抱き寄せてやると、ぎゅっと抱き着いてくる。安心しきった猫のように。
「モーブの匂いがする。男らしくて……素敵」
「その……」
反対側のブランケットがまくられると、暗い部屋にかすかに浮かぶ白い体が、すっと潜り込んできた。なにも言わず。マルグレーテは上を向いたまま、黙っている。
「マルグレーテ」
「は。はいっ」
体がびくっとして、寝台が揺れた。
「なに緊張してるんだよ」
「だって……」
「見ろよラン。もう安心しきって寝てるぞ」
「やだ、本当に」
早くもランはすやすや寝息を立てている。
「いつもながら、眠るの速いわねえ……」
これはR18初体験フラグが、まだランに立ってない証拠でもあるわけだ。正直、少しがっかりした。さっきのがハーレムフラグだったとしても、アダルト方面への分岐フラグが、まだ先にいくつも立ち塞がってそうだわ。
にしてもランって、眠れないときないんだろうな。もうガチこれはうらやましいわ。
頭を上げてランの寝顔を確認すると、マルグレーテは溜息をついた。
「モーブがいたずらしないように見張ってくれるって言ってたのに……」
「いたずらなんかしないから、安心しろよ」
「そうね。モーブを信じてるわ、わたくし」
「母親と添い寝したかったんだろ。ならそんな硬くなってないで、ちゃんとくっつけ。なにもしないから」
「でも……あっ!」
面倒だ。右腕でぐっと抱き寄せると、俺の胸に頭を置かせてやった。
「モー……ブ」
消え入りそうな声だ。
「ほら、安心するだろ」
「……」
黙っている。強引に密着させたからか腕で突っ張っていたが、そのうちくたんと力が抜けた。
「そうね……。たしかに安心する。以前ランが言ってたように、モーブの心臓の音が聞こえるし。力強い音が」
「お前を守ってくれる音だ。母親と思って抱き着け」
「うん。……ランも夢の中だし、恥ずかしくはないわね、今なら」
胸に手を回してきた。
「……たくましい胸。男の人って感じ」
俺の胸を、愛おしげに撫でる。
「いい匂いがするし……。男の人の」
脇の下に顔を突っ込むようにして、俺の匂いを楽しんでいる。唇がくっつくから、少しくすぐったい。
「マルグレーテの胸は柔らかいし、いい匂いがするぞ。女の娘って感じ」
「やだ」
くすくす笑うと、揺れた胸の先が、俺の胸を刺激した。甘えるように俺の胸に頭を乗せると、また俺の胸を撫で始めた。ふざけるように、胸の先をくりくりして。
なぜかマルグレーテの体のほうが、ランよりずっと温かい。酒に酔ったのかもな。ラン並に白い肌も、ほんのり色づいているし。ランはどうやら酒弱そうだから、結局ほとんど飲ませなかった。
風呂とかで垣間見える胸の先にしても、ランは薄桃色なんだけど、マルグレーテはずっと白い。周辺の白い肌と、そんなに変わらないくらい。ただ今日は飲んで血が巡ったせいか、風呂でも妙に色っぽかった。出始めの淡雪さくらんぼのような、はかない色で。なんというか、俺を誘う感じ。
「マルグレーテ、温かいな、体」
「モーブも。優しいモーブ……」
俺の体の上にあるランの手を、マルグレーテは握った。指を絡める。
「なんか変よね。三人でこうしてるなんて」
「変じゃないさ。俺達、もう親友だしパーティーだろ」
言ってみた。フラグを確認しておきたかったから。
「そうね。たしかに。それに……」
それきり、マルグレーテは黙った。
「……」
「……」
「……それに、何だよ」
「なんでもない」
恥ずかしそうに、顔を埋める。俺の胸の先に、唇が触れた。見方によっては、キスしていると言えなくもない。ちょっとだけ、熱い舌の先を感じたし。
「じゃあ寝ろ。マルグレーテが眠るまで、俺がしっかり抱いていてやるから」
「うん。お願い」
ぎゅっと抱き着いてくると、マルグレーテは瞳を閉じた。しばらくじっとしていたが、ぽつりと呟く。
「ねえモーブ……」
「なんだい、マルグレーテ」
「背中……なでなでして」
「裸に触っちゃいけないんじゃないのかよ」
「いいのよ。なんかすごく触ってほしいの。……それに胸とかじゃないし。背中くらいなら、お父様の言いつけに反したことにはならないわ……た、多分」
「ほらよ」
「……あっ」
俺が撫でてやると、小さな声を漏らした。体がぴくりと動く。
「くすぐったい」
くすくす笑っている。そうするとまた、胸の先が俺を刺激してくる。柔らかで繊細な背中を、俺は撫で続けた。
「我慢しろよ。これでも優しく撫でてるんだ」
「そうね。モーブが優しいのはわかるわ」
ランとマルグレーテ、風呂上がりのいい匂いが俺を包んでいる。撫でてやっていると、そのうちマルグレーテが静かな寝息を立て始めた。
俺ももう寝るか。正直、今はエロより癒やしを強く感じている。女と裸で抱き合って寝るのって、こんなにも気持ちがいいものなんだな。なんか癒されるわ。
「モーブ……大好き」
目を閉じて羊の数を数えているとき、ランの寝言が聞こえてきた。
●次話から新章「第七章 大晦日ヘクトール大遊宴」開始。
間近に迫った卒業試験。課題ダンジョン突破のため、学園生のパーティー組み競争が激化していた。大晦日の「大遊宴」は、組んだパーティーの実力を「隠し芸」として披露する大事な宴会イベント。なんの能力もないモーブは、どんな「芸」を披露するのか。そして主人公ブレイズは、誰と組んで卒業試験ダンジョンに挑むのか。すでに本来のハーレムパーティー要員ラン、マルグレーテのふたりともモーブべったりだというのに……。対照的なふたりの行動が、学園に波紋を呼ぶ! 次話4500字、一挙公開。
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