1-3 ダークエルフ、ファントッセン国王
ダークエルフの王宮は、樹上にあった。ひときわ高くそびえる大木に魔導エレベーターが備え付けてあり、それで樹冠近くまで上ると、蜂の巣のような構造物があった。それが王宮だという。
エレベーターといっても床があるだけなので、どえらく怖い。バランス感覚に優れたエルフならなんてことないんだろうけどさ。エレベーターからこわごわ地上を見ると、馬車に繋がれたままのスレイプニールが、むしゃむしゃ下草を食っていた。あの野郎、怖いものなんもないのか……。
王宮は蜂の巣状つったって、直径十メートルとかだからな。シルフィーに案内されて、俺達は王宮の扉を潜った。前室などなく、そこがすぐ王の執務室とわかった。蔓草を編んで作った玉座に年配のダークエルフが座っていたし、側近らしき連中が数人、背後に立っていたしな。
「連れてまいりました、我が君ファントッセン様」
片膝を着くと、シルフィーが頭を下げた。俺もそうすべきか迷ったが、レミリアは動いていない。なら客人としてはこのままでいいのだろうと判断した。
「うむ。話は先行組から聞いておる。……たしかに種族混成だのう。魔族に獣人とか、極めて珍しい。……森エルフを娶ったのはお前だな」
「はい。モーブです」
「人間との恋は稀なことよ。エルフを虜にするほどの男とは思えんが……」
うすら笑いを浮かべてやがる。余計なお世話だっての。
「ファントッセン様、モーブは世界を管理者から解放した、強い男です」
レミリアが進み出た。
「ほうほう。それは感謝せんとならんのう……」
全然信じてないな。まあ当然だが。ここがゲーム世界で、アドミニストレータに管理されていたなんて、ごく一部を除き、中の連中が知ってるわけない。
「ファントッセン様……」
背後から進み出た女がひとり、玉座の国王になにか耳打ちした。先程からどえらく強いオーラを放っていたから、おそらく高位の魔法使いとか霊媒かなんかに違いない。ダークエルフの魔力はエルフ随一って話だし。
「ほう……」
王が頷くと、女はすっと離れた。
「フィーリーが読み取るにはどうやらその男、森エルフに留まらず、連れ六人とも全員を嫁にしておるようだな。それは真か」
「は……はい」
俺の答えを聞くと、背後のダークエルフがどよめいた。
「おお」
「まさか……」
「人間数人ならともかく、獣人を嫁に迎えるなどと」
「しかも巫女だぞ。普通は婿など取らない」
「それにあの魔族、とてつもなく強い魔力を感じる」
「そもそも魔族と人類は敵対している。嫁にするなど前代未聞」
「魔族とヒューマンの和解の兆しでもあるのであろうか……」
「馬鹿なことを抜かすな。ありえんわい」
「なら今、目の前におる嫁御をどう説明する」
「それは……わからん」
「ほら見ろ。ならば理由はひとつしかない。つまり魔族とヒューマ――」
前を向いたまま王が手を振ると、ざわめきはぴたっと収まった。
「なるほど……」
顎を撫でたまま、ファントッセン国王はしばらく黙っていた。
「本当に全員が嫁なら、証拠を見せてみよ」
「えっと……」
証拠? 証拠ってなんだよ。婚姻届なんてないぞ、この世界には。
「くだらん」
ヴェーヌスが吐き捨てた。
「魔族の女よ。無礼であろう。我が君の前であるぞ」
側近が騒ぎ立てる。
「証拠はこれよ」
俺を抱き寄せると、ヴェーヌスは唇を着けてきた。熱烈なキスを終えて唇を離すと、俺の頬を優しく撫でる。瞳を見交わしたまま。
「……もっと見たいのか、お前」
怒りの瞳で、国王を睨みつける。
「うむ……」
国王は唸った。
「魂すら揺らすそのオーラ……。よほど高位の存在であろう、お前は。なぜ……魔族の土地を離れ、放浪しておるのか……」
放浪の理由も魔王の娘であることも、ヴェーヌスは明かさなかった。なので俺も仲間もなにも言わなかった。
「モーブ様は、私共の婿殿です」
静かに、アヴァロンが付け加えた。
「この場で全員、接吻してみせましょう。ファントッセン様がもしご所望とあらば、さらに寝台をお借りしてモ――」
「もうよい」
国王は手を振った。
「余も少し遊びが過ぎた。客人を侮辱するつもりはない。モーブと嫁御殿には謝罪する」
「おお」
また側近がどよめいた。どうやらこの国王、滅多なことでは謝らないようだ。まあ……猜疑心に溢れたダークエルフだしな。
「どうやら全員嫁というのは、嘘偽りではなさそうだ。モーブよ、ダークエルフからも嫁を取ってみるか。なんなら余が選んでやる」
爆弾発言。さすがに背後の側近も口をあんぐり開けている。前代未聞だろう。ダークエルフ国王が通りかかった旅人、しかもただの人間に嫁を斡旋するとか。
「で、でも、エルフの恋はスローペースだから人間とは寿命が――」
「ペースもなにも、現にお前はエルフを娶ったではないか。それに余がダークエルフの魔法を使う。あるエルフがその男を憎からず思っていればあとは魔法で加速するだけだから、倫理にも反さない。短期間で発情まで到るであろう。モーブ、お前のように強い男であれば余も、縁戚関係を築いておきたいからな」
「その……」
俺が答えに詰まっているとシルフィーが、ちらと横目を飛ばしてきた。
「いえ間に合ってます」
自分でも間抜けな返事になった。そもそも嫁に間に合ってるもクソもないよな。
「そうか……残念だ」
ファントッセン国王は、顎など撫でている。
「まあ考え直したら教えろ。いずれにしろ、これほど強い女を何人も虜にした男だ。森エルフの婿になっても不思議ではない」
レミリアに視線を移す。
「レミリアと言ったな、森エルフよ。お前が嫁になったのも理解はできる」
「はい、ファントッセン様。あたしは子供の頃に里を出た身。ですがファントッセン様の噂はかねがね父から聞かされておりました。父の話では先代の――」
「世辞は間に合っておる。ダークエルフ相手だからといって、恐れんでもよい」
苦笑いだ。
「それよりたしかに、すみれ色の瞳になっておるな、お前は。不思議なことよ。……フィーリー」
振り返ると、さっき耳打ちしてきた女に呼び掛けた。
「ヴァルハラの祖霊はなんと判じておる」
「はいファントッセン様。嫁の瞳がすみれ色……。それは、その男の力の為せる業」
「モーブの力ということか」
「モーブ殿の秘めた力が、なにかを感じ取ったのです。エルフの血に潜む危機を」
「ほう……」
「あたしがヤバいってこと? マジ?」
いやもう地が出てるぞレミリア。さっきまで国王の前で取り繕っていたのに。
「そうではない」
フィーリーという女は首を振った。
「レミリアよ。お前の血を依代として、その男の力が警告を発しておるのだ。エルフの血の危機ということは、事はお前ひとりの問題ではない。もちろん森エルフだけでもない。近い将来、ダークエルフ、ハイエルフ、そしてアールヴまで巻き込まれることになるであろう。そういう大災厄だ」
「それは大事だ。我らダークエルフも動くか、久し振りに……」
大災厄と聞いたのに、なぜか国王は嬉しそうだった。「戦士の血が騒ぐ」って奴かもしれないな。平時の国王暮らしなんて、地味な行政の連続で退屈だろうし。




