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1-2 ククノチの土地

「どうだレミリア。そろそろだろ、エルフの棲息領域」

「うん」


 いつもの馬車。御者台のレミリアは、目の上に手を当て、前方を凝視した。荒れた山道進む俺達の周囲には、鬱蒼とした森が広がっている。もう初秋なのでただでさえ涼しいが、ここは高地だし森林に囲まれているから、通る風が肌寒いくらいだ。


「この樹木はまだ、人間の世界だよ。あの先に、エルフの好む森がある。ほら、あのひときわ高い樹木、あれは樹木神ククノチだよ」

「ククノチか……」


 ポルト・プレイザー近郊の「迷いの森」で、一度戦ったことがあるな、それ。本来は樹木神だが、魔族に邪悪な意思を注入されたとかいう、ヤバい奴。


「あんまり会いたくはないな」

「もうあんなことはないから大丈夫。ククノチは森の命を守るから、エルフは大好きなんだ。だから先頭のククノチがエルフ領域の境になってることが多くてね」

「あの先ですね、モーブ様」


 荷室から顔を出したアヴァロンが、俺を後ろ抱きにしてきた。


「たしかに、レミリアと同種の香りが流れてきます。心地よい森抜けの風に混ざって」


 そのまま、俺の首筋に唇を着けてくる。


「少し……休憩をなさいますか」ちゅっ


 吐息が熱い。俺、誘われてるのかもな。


「そうだな……」


 考えた。ここで休むと、またいろいろしちゃいそうだ。山の夕暮れは早い。あそこまではまだそこそこ距離がありそうだし、もう少し詰めておきたい。なに、休むのはいつでもできるからな。


「もう少し進もう。なにせ、ここまで色々あったからな」

「そうですね」くすくす


 実際そうだ。「はじまりの村」から馬車に乗り、遊びながらも北西を目指してきた。


「本当に色々ありました」

「レミリアが孕んだりとかな」

「またその話する」ぷくーっ


 レミリアにぽかぽか太ももを叩かれた。


「もうその黒歴史は忘れてったら」

「悪い悪い」


 実際、道中でレミリアの妊娠騒ぎがあった。「あたし、赤ちゃんできた」って言い張ったときは、ちょっと焦ったよ。レミリアに限らず、嫁全員と「思い当たる節」満載だし。実際、もうヴェーナスは俺の子を孕んでいるし。


 でもレミリアのは想像妊娠だった。いや、それともちょっと違うか。どちらにしろ結局、妊娠はしてなかったんよ。食べ過ぎでお腹痛いのを、本人が勘違いしたという……。


 嗅覚に優れた獣人であるアヴァロンですら、レミリアの妊娠を嗅ぎ当てられずに首を捻ってた。だから試しに消化薬になる薬草食べさせたらあっさり治って、大笑いよ。さすがのレミリアも、顔赤くしてたわ。結局、俺の嫁になってもおしとやかになるどころか、大食いは治らなかったってオチ。


 まあこいつも成長期だからな。


「あたしは早くに森を出たからね。だからエルフ各部族の力関係とか棲息地も変わってきてるって思うんだ」

「もう一度、各部族のことを教えてくれよ。四種族あるんだろ」

「そうだよ。まずはエルフ。別名は森エルフ。あたしの種族だね。それに上位種ハイエルフ。好奇心旺盛な森エルフとは違って、ハイエルフは外の世界にも人生にもすごく淡白。悟り切っているというかね」

「それは私も聞いたことがありますね」


 アヴァロンはまだ俺の首筋を舐めている。長い尾が前に回り、俺の服の隙間に入ってきて胸を撫でている。


「人によっては、ハイエルフは冷たいと感じるようです」

「冷たいんじゃなくて、淡白なんだよね」


 レミリアは、ほっと息を吐いた。


「あと魔導力に優れたダークエルフ。ダークエルフは懐疑心が強くてね。余所者を嫌うんだ。人間に対してだけでなく、あたしたち他種族のエルフに対してもだからね。だから森の縄張りを巡って争うのはだいたい、ダークエルフ相手だよ」

「ダークエルフはのう、性として妙に魔族と気が合うのだ」


 いつものように荷室の壁に背をもたせながら、ヴェーヌスが付け加えた。


「だから闇落ちして魔族の地で暮らすはぐれダークエルフもおる」

「エルフは仲間を大事にする種族だからだいたい群れるんだけど、ダークエルフは孤独に暮らす人もいるからね」

「んじゃあレミリア、お前は例外的なんだな、森エルフとしては。だってそうだろ。まだ子供のうちにエルフの森を出て独り、放浪していたんだし」


 成り行きでブレイズパーティーに参加し、逃げて倒れたところを俺に拾われたわけだ。


「……うん」


 こっくりと頷いた。


「まあ……ね。広い世界を見たくなったんだ。あたしは先祖返りって言われてる。先祖の血が濃いんだよ。世界を放浪していた時代の森エルフの」

「これで三種族。残りのひとつが、アールヴって奴だな」

「そうだよ。アールヴはね、全てのエルフ部族の祖。古代エルフと呼ぶ人もいるよ。でも閉鎖的で、外の世界とはほぼ没交渉。森の奥の結界に閉じ籠もって棲んでる。だからあたしたち森エルフでも、アールヴのことを詳しく知っている人はほとんどいないんだ」

「めんどくさそうだなあ……アールヴとダークエルフは」

「あら、モーブ様なら大丈夫ですよ。あらゆる種族の女子を虜にする殿方ですし」


 くすくす。


「実際ほら、馬車を見れば……ねえ」


 アヴァロンが俺の頭を持って後ろに向かせる。リーナ先生が手を振ってくれた。ランとマルグレーテは、ブランケットの中で抱き合ってふたり、すうすう寝息を立てている。恥ずかしそうに、ヴェーヌスもちょっとだけ手を振った。


「嫁にするのとは話が違うだろ」

「私はそうは思いません。男として以上に、人物としての魅力ということですから」

「まあなんにつけ、まずは森エルフだ。レミリアの瞳の件を聞いてみたいしな」

「そうだね、モーブ」


 レミリアが俺の腕を取った。


「ねえ気恥ずかしい? モーブ。あたしを嫁にして森エルフの里に入っていくの」

「そんなことないさ。お前は俺の大事な嫁だ。なんてからかわれたって、かまやしない」

「モーブ……」


 すみれ色。レミリアの瞳がしっとりと濡れてきた。


「好き……」


 優しく、俺にキスしてくる。俺はレミリアに応えた。抱き合ったまま、唇を重ね続ける。


 その瞬間――。


「危ないっ!」


 飛びついてきたアヴァロンが、俺とレミリアを押し倒した。


――ドンっ――


 御者席が振動した。見ると矢が一本、背もたれに突き刺さっている。黒檀のような闇色樹木。矢羽は黒鳥の羽だ。


「ダークエルフの影矢だ! 森エルフじゃない」


 飛び起きたレミリアが、跳躍した。スレイプニールの上に器用に仁王立ちになると、大きく手を広げる。


「動かないでみんな。これは警告の矢。大人しくしていれば大丈夫。反撃すると攻撃を受けるよっ」


 前を向いたまま叫ぶ。俺達を振り返りもせず一心に、不思議な型を繰り返すように手を振っている。おそらく、あれはなにかの信号だ。


常歩なみあしっ」


 レミリアの指示で、馬が進みを弱める。


――しゅっ――


 風切り音がして、また一本、矢が飛んできた。レミリアの頭をかすめるように。射出されたのは、前方の大きな樹木からだ。周囲にも増して鬱蒼と葉が茂っており、枝や射手の姿は見えない。


「停まって、スレイプニール」


 レミリアの叫びで、馬車は停まった。例の大木の葉ががさがさ揺れる。顔を出したのは、ひとりの女エルフだ。虫も多いだろう森暮らしなのに、ビキニ姿。浅黒い肌に長い銀髪。それに弓を使うためだろう、胸だけは胸当てで二重に覆っている。


「森エルフに余所者か……」


 高い枝から、身軽に飛び降りる。俺ならあれ、脚の骨折るわ。


「おまけに獣人の巫女。それに……なんだ人間に交ざってそいつ……」


 ずんずん進んでくると、馬車を降りた俺の仲間を見つめた。


「魔族じゃないか。どうして人間なんかとつるんでるんだ……」

「俺達はほっておけ。仲間に手を出すってんなら、俺は全力で阻止する」

「ふん。威勢のいいことだ」


 あっという間に短剣を抜くと、俺の首筋にあてがう。刀身も黒い。夜は暗がりに紛れて刃の輝きすら見せずに敵を倒せるだろう。


 だが、俺は動かなかった。みんなも。ここで殺す気なら、樹の上からとうに射殺されていたはずだ。


「お前が仲間を守るというのか。弱い人間のお前が」

「ああ、そうさ」

「……そうか」


 俺が微動だにしなかったからか、女は少し驚いたようだ。短剣を鞘に収めた。


「女を守る根性はあるようだ。……ではお前がリーダーで、間違いはないのだな」

「ああ。俺はモーブ。ダークエルフに敵対するつもりはない」

「そっちがなくとも、こっちは違う。侵入者は敵と見なす」


 胸元のペンダントを秒で咥えると、そいつが吹いた。笛の音が、涼しい森にこだまする。


「……」


 がさがさと音を立てて十人以上のダークエルフが、あちこちの樹の上に姿を現した。男も女もいる。手に手にロングボウや魔導杖を構えている。ひとりだけ、連発式と思われるボウガンをこちらに向けていた。


「死にたくなければ、ここから去れ。警告してやっただけ、有情だと思うんだな」

「待って」


 俺の前に、レミリアが立った。


「あたしたちはただ、森エルフの里に行くだけだよ。あたしの故郷だからね。昔……あたしが里を出たときは、こっちの方角は森エルフのテリトリーだった。あんたたちはもっと裏手だったでしょ。だから道だけ通して。なにもしないから。ダークエルフの村にも寄らないよ」

「お前……」


 驚いたように、ダークエルフは目を見開いた。


「すみれ色の瞳。それは……」


 俺とレミリアの顔を、交互に見つめる。


「お前が嫁にしたのか」

「ああそうだ。結婚すると普通は草色から黒になるんだってな。でも違う色になった。だから森エルフの王に、事情を聞きにいくところなんだ」

「そうか……」


 振り返ると今度は短く二度、笛を吹いた。ダークエルフは全員姿を消し、移動を始めた気配がある。


「エルフを嫁にするほどの男であれば、ダークエルフとしても話を聞かねばなるまい。嫁の瞳の件もあるし」


 ほっと息を吐いた。


「あたしはシルフィー。お前達を里に案内する。手綱をよこせ」

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