ep-8 はじまりの村
「……」
背の高い夏草に埋もれた廃村を前にして、誰も口を開かなかった。建物は全て焼け焦げ崩れ去っていて、残骸からは草が生え、日陰の煉瓦には苔が生えている。
無人の廃墟にただ風が鳴っているだけ。あれから三年経っているのに、まだ微かに焦げ臭い異臭が漂っていた。
「……」
俺とランの顔を、リーナ先生がちらっと見てきた。
「どうする、モーブ」
遠慮がちに、マルグレーテが口を開く。
「このまま帰りましょうか」
「いや、平気さ」
ランが俺の手を握ってきた。
「モーブ……」
俺達は、「はじまりの村」に帰ってきた。あの日、突然の転生に大混乱していた俺に、ランが微笑みかけてきてくれた村。俺とラン、それにブレイズの故郷だ。
俺はそもそも転生者なので、この村自体に思い入れはない。しかしランは別だ。故郷の今を見てみたいとランに頼まれ、顔を出したのだ。俺にしてからが思い入れがないとはいえ、皆殺しになった村人を弔った。気の毒だと思うし、気分がいいわけじゃない。
「どうする、ラン」
「うん……」
ランは頷いた。
「見て回ろうよ、モーブ」
「そうだな」
まあそもそもランの希望だったしな。仲間を引き連れ、草を掻き分けて進んだ。
「ここはねえ、パン屋さんがあったんだよ。奥さんが優しい人で、ライ麦の黒パンがすっごく美味しくてね」
「ここは村の居酒屋だよ。酔っ払った人がよく外で寝てて、子供の私はちょっと怖かったんだあ」
「村の集会所だよ。なにか決め事があると、大人が集まるんだ。最後の集会はたしか、隣村のお医者様に、年に何度か一週間くらい出張してもらう打ち合わせだったよ」
雑草を踏み分けながらも、ランは妙に饒舌だった。
「そしてここが……」
立ち止まったのは、村外れの小さな建物跡だった。
「ここは……」
俺を見上げてきた。
「私とモーブが育った孤児の家……」
急に瞳が潤むと、涙がこぼれた。
「わた……私と……モーブが」
「もういい」
抱いてやった。
「泣いていいぞラン、我慢するな」
「……」
俺の胸に、ランは無言で涙を落としている。
――モーブよ――
どこからともなく、声が響いた。
「アルネ……」
ランを抱いたまま、俺は空を見上げた。
「なにか用か」
「悪いが、お前の動向は逐一観察させてもらっている。……なにせ世界を変えた、私の同士だからな」
「まあそれは仕方ないが……」
どこから見ているのかわからないので、とりあえず天を睨んだ。
「あんまりプライベートな場面は覗くなよ」
「寝台は見ていないから安心しろ」
笑い声が響いた。
「ただモーブ、お前もあんまり外ではするな。CRも顔を赤くしていたぞ」
なんだよ、水浴した泉の脇で……とか木陰で……とか、あれ全部見られてたのか。
「まあいろいろ観察させてもらったし、世界を救ってもらった礼もまだだしな。だから……」
急に、世界が虹色に輝いた。空も地面も、空気も。
「見てっ!」
リーナ先生が叫ぶ。
「凄い霊力を感じる……」
巫女アヴァロンも世界を見回している。
「これが……創造者の世界改変か」
ヴェーヌスが腕を腰に当てた。
「興味深い技だのう……」
見る間に、夏草がするすると短くなった。苔も消え、煉瓦や木材の瓦礫が丸出しになった。と……、瓦礫が急に宙に浮いた。ちょうど動画の逆回転のように、崩れた煉瓦は互いがくっつき、折れた柱は繋がり焼け焦げが消え、屋根が架かった。
「凄い……」
俺の胸で、ランは涙を拭った。
「私とモーブの村が……元通りに」
実際そうだった。村は、俺が転生初日に見たままの姿。村外れの小川では、俺とランが避難した粉搗き小屋の水車が回っている。
「ちょっとしたご褒美だよ」
アルネ・サクヌッセンムの声が続けた。
「CRが手伝ってくれた。CRもお前と話したいそうだぞ」
「モーブ様……」
ミドルウエアの少女、CRの声だ。
「なにかご要望があれば、私に命じて下さい。モーブ様に尽くすよう、アルネ様からもご指示を受けておりますから」
「いや、俺は自分の力で生きていくよ。神頼みで生きていくなんて、くそダサいじゃんか」
「ふふっ。そう仰ると思っておりました。では……私とアルネ様は、これにて失礼いたします――」
声が消えた。そのとき、背後から声が掛かった。
「ラン、ランとモーブじゃないか」
振り返ると、初老の男が立っていた。貧しい身なりだが、瞳はきれいだ。
「村長さん……」
ランが目を見開いた。
「どうして……」
「アルネ……」
俺は天を仰いだが、返事はない。どうやらアルネ・サクヌッセンムが世界線を操作し、この村のパラメーターをいじったようだ。あの魔族襲撃が無かったことになり、死者が生き返っているのだから。
「懐かしいなあ……ランとモーブがヘクトールに入学して三年か」
まなじりを下げ、村長はにこにこ顔になった。
「無事卒業して冒険者になったと噂には聞いていたが……、これがランとモーブの仲間か」
見回している。
「みな立派な人ばかりだのう……。こんな田舎では見たことのない獣人やエルフまでおって」
どうにも魔族は遠い存在すぎて、ヴェーヌスの種族については思いつきもしないようだ。なんせここ、辺境山中のど田舎寒村だからな。
「さすがはモーブとラン、村の出世頭じゃ」
「それもこれも、村長さんが私とモーブの分の入学金を払ってくれたからです」
「ふたりに才能があるのは明らかだったからの。こんな田舎でくすぶっていては、王国のためにならんわい」
楽しそうに首を傾げた。
「実際、こうして出世してくれたしのう」
「あの……ブレイズは」
おずおずと、ランが切り出した。
「ああブレイズな。あいつのことはよくわからん。ヘクトールは卒業したらしいが、そこからどこぞに雲隠れしたと、父親が嘆いておった」
「ブレイズの両親は居るんですね」
俺の言葉に、村長は頷いた。
「当然じゃろ。多少ケチなところこそあるが、あの家はこの村にしては金もあるしのう……」
ほっほっと笑っている。
「モーブ……」
なにか言いたげに、ランが俺を見つめてきた。
「このことは後で話そう」
「うん」
だが俺は、ブレイズの件については想像がついていた。
村人は全員復活したようだ。ではなぜブレイズは消えたのか。村人はNPCなのに対し、ブレイズはプレイヤーキャラなためだろう。
NPCキャラだからこそ、復活できた。しかしブレイズはゲームでパーティーを組むことのできる、プレイヤーキャラだ。言ってみれば魂の入った存在であって、死んだからには復活はできないのだろう。だからこそ「行方知れず」という設定になっているのだ。
冥府冥界で冥王の元、魂の平穏を取り戻してくれているといいなと、俺は願った。
「これからモーブはどうする。村に住むのじゃろ。ちょうど空き家がいくつかある。そこを仲間と使ってはどうじゃ」
「ありがとうございます。でも俺とランは、世界を旅すると決めています。そのために縁の地をこうして最初に回っているのです。なのですぐに俺達は旅立ちます」
「そうかそうか。……立派になったのう、モーブ。誇らしいぞ」
うんうんと、楽しげに頷いている。
「だが数日くらいは滞在できるじゃろ。宿屋に泊まるがよい」
「そうですね……」
俺は仲間を見回した。皆、俺の決断を待っている。泊まるにせよすぐ出立するにせよ、全員賛成してくれるはずだ。……と、いきなりレミリアが俺の袖を引いた。
「モーブ、今日はこの村にゼッタイ泊まってよね」
「どうした」
「あのね……」
背伸びすると、俺の耳に小声で囁く。
「あたし……今夜、発情する」
「えっ!? ……マジか」
「うん。感じるんだ、予感を。だから……責任取って」
「俺がか」
「決まってるでしょ。……今晩は新月だし」
そういや、こいつの部族は新月の夜に発情するんだったな。女子エルフには発情期がある。といっても、発情するのは本当に好きな相手ができたとき限定。その男限定で発情するという。長寿なエルフの恋はスローペースで、人間を連れ合いにすることは滅多にない。なぜならエルフが恋に落ちる前に人間の寿命が尽きるから――そう聞いていた。俺がレミリアと知り合って、まだ二年かそこらだ。こんなペースで恋愛感情を抱くのは、異例中の異例だろう……。
「そういやお前、いい匂いがするな」
いつもの、草のような香りではない。バニラクリームのような、甘い香りだ。それに、俺を興奮させる効果があるようだった。
「彼氏にしかわからない匂いだよ。エルフの女子が、相手を決めたときにしか出さないんだ」
そう言えばそんなことを以前、レミリアが言ってたな。あの「迷いの森」での野宿のときに。
「だからお願い……」
ぴったりと寄り添い、擦り付けてるように体を動かしている。
「一応確認するけどお前、俺のことが好きなんだな」
「もちろん。じゃないと発情しないもん」
「そうか……」
見ると仲間は皆、「察し」という表情。まあエルフの発情期については、全員知ってるしな。
「わかったよ。俺もお前が好きだ。嫁になってくれ」
「決まりね」
マルグレーテが、ほっと息を吐いた。
「村長さん、宿にご案内頂けますか」
「もちろんじゃ」
「部屋はありますか」
と、リーナ先生。
「春は訪問者がほとんどおらんでな。秋の収穫シーズンだけじゃわい。穀物買い付けの商人で大賑わいになるからのう……。七人か……。七部屋でいいのかな」
「大部屋があるなら、ひと部屋でも構いませんことよ。今日はレミリアが特別だから、二部屋がいいかしら」
「ひ、ひと部屋……。男ひとりに女六人なのに……」
目を見開いている。
「これは……やはり居酒屋で皆に武勇伝を聞かせてもらわんとのう……」
レミリアに抱き着かれた俺に、村長は笑いかけた。
「この村の出世頭にして英雄となった、モーブの武勇伝を」
●第四部完結!
ここまでご愛読ありがとうございました。
90万字以上、文庫10冊分読んで頂けて感謝感激です。
もしまだ未評価の方がおられましたら、評価を頂けると超幸せです。
●次話、第五部予告!
さらに次々話として、第四部愛読感謝エキストラエピソード「レミリア恋愛フラグ管理編」掲載。ただの恋愛話ではなく、第五部に通じるプロローグを兼ねた展開にする予定です。




