6-4 三人の誓いで、また謎フラグが立った
「――とまあ、そんな感じだったんだよ」
男子寮食堂でのトルネコ商会誕生の件を、俺は話し終わった。
「それ以来だよ。そんな感じでさ、たまには隣に誰か座って話すって感じにはなった。だいたいZの連中だけど。あの遠泳大会、みんななにか感じ取るものがあったみたいだ」
ランとマルグレーテが頷いた。
「モーブって、男の子から見ても魅力的なんだね」
ランは嬉しそうだ。
「でもあれだろ。ブレイズも認められてるみたいじゃないか」
「そ、そう?」
意外そうに、マルグレーテが眉を上げた。
「だって学園長とか教師に交じって学園生でただひとり、同じテーブルで食ってたし」
「ああ、あれねえ……」
なぜか言い淀んだ。ほっと息を吐くと、意味ありげに俺を見た。
「ねえモーブ。ブレイズって、正論を貫き通すところがあるでしょ」
「だろうな」
主人公だしな、王道の。
「それでなんとなくクラスから浮いてたんだけど、この間……ね」
「この間、どうかしたのか」
「ほら遠泳大会で、SSSはブレイズの作戦に従い、魔法を封印して真っ向勝負に挑んだじゃない。自分が優勝するからクラス優勝は決まったも同然。だから魔法なんか使って卑怯なことはするな――って主張したから」
「言ってたらしいなー」
マルグレーテが教えてくれたんだよな、お泊まり会のとき。
「で、結局負けた。それもまさかのZ、最底辺クラスにトップを奪われて」
「だなー」
死ぬ気で頑張ってゴールしたのにな、ブレイズ。フィニッシャー席のデッキチェアで、余裕でドリンクを楽しむ俺とランを見つけたときの奴の顔、思い出したわ。信じられないって表情で、目ん玉が飛び出しそうになってた。ビーチに座り込み、はあはあ荒い息をつきながら。
「それだけならまだモーブとランちゃんの特殊能力って言えたのに、格下のSにまで普通に負けて三位。それって、明らかに作戦ミスってことでしょ」
「まあ、そう言えなくもない」
てか、作戦ミスそのものだが。自分達の――というか自分の実力を過信した挙げ句、クラス戦略をないがしろにした。きちんと集団としての戦略を立てたSに、そのせいでボロ負けしたんだからな。
「それなのにブレイズったら、僕の作戦は完璧だった、ショートカットしたモーブがずるいとか、そんなことしか言わないの」
「言いそうだ」
ランが俺にデレたの、まだ妬んでるんか。それでも王道主人公かよ情けない。
「だからクラスが荒れてね。今は基本、ブレイズは放置キャラ。食事のとき、ブレイズが座ってるテーブルには、誰も着かない。大きな丸テーブルに、たったひとりぽつんと座って。怒ったような表情で、黙々と食事してるの。毎日毎食それなんで、見かねた学園長が、自分のテーブルに座らせてるのよ」
「へえーっ。学園長さんって優しいんだねー」
「ランちゃんもそう思うでしょ。でもブレイズ、ここに座れているのは自分が飛び抜けた実力を持ってるからだって、クラスで天狗になってて」
自分からどんどんヘイト集めてるじゃん。馬鹿な奴だな。いくら実力のある主人公でも、そのうち足元、掬われるぞ。もう俺とは無関係の男だが、少なくとも初期イベの頃は一緒だった。ちょっと哀れな気がするわ。変なこだわり捨てて、王道主人公らしく周囲に気を配ればいいのにな。
「あいつは一度、冷静に自分を分析したほうがいいな。他人からどう見えているのか」
アドバイスしてやろうかとも一瞬思ったが、無駄か。大魔王のように見下してる俺の助言なんか、聞くはずないわ。ランに言わせるにしても、「僕を捨ててモーブについたランが、今さらよりを戻したいってわけ? ふざけないでよ」とか、また変に誤解して反発しそうだしなあ……。そもそも捨ててもないしな、ラン。付き合ってもいない、ただの友達ポジションだったんだから。
「そうなのよ。わたくしも呆れちゃって……」
頃合いを見たのか、髭様が颯爽と現れた。マルグレーテに目配せする。マルグレーテが頷き髭様が背後に合図を送ると、ことさら豪華な銀の皿を捧げ持った給仕が現れた。上に、みかんほどの大きさの小さな赤いケーキが三つ、載っている。
「モーブ様の誕生ケーキでございます」
俺達の前の皿にサーブする。
「どう、モーブ」
マルグレーテに振られた。
「うまそうだな」
本音だ。……ただちょっと小さいな。貴賓食堂の誕生ケーキって、なんてのこう、どえらくどでかい迫力満点的なのが出るのかと思ってたわ。でかけりゃ偉い田舎式場のウエディングケーキみたいな奴。
「こちらは、召し上がった方の運を上げる特別なアーティファクトを、生地に練り込んであります。王家秘伝のアーティファクトでして」
髭様が説明してくれた。いや淡々と話してるけど、どえらく貴重な品だろ。なんのバックストーリーもない即死モブが食っていいんかよ。
「召し上がれ」
微笑んで頷いている。ランとマルグレーテは、俺を見つめて、自分の皿には手を付けない。
「じゃあまず、俺から」
フォークを入れると、信じられないくらいふわっとしている。すっと沈んだフォークを、蜜がとろりと追ってくる。はあこれ、スポンジケーキにクリームとソースを掛けてるんだな。そこだけ見ると特にギミックのない、「映えない」プチケーキにしか思えないが……。
「……」
口に入れた途端、艶やかな果実の香りが広がった。甘く、微かに酸味がある。最高の苺とさくらんぼ、それに葡萄を混ぜたような香味。それをまろやかなクリームのねっとりしたバニラ香が包み、しっとりもっちりしたスポンジとの間を取り持ってバランスを取っている。ふわふわの生地にしても、ケーキなのに変な話、上質の和菓子のようにもっちりしている。
「……すげえ」
それしか言葉が出て来なかった。こんなケーキ、前世でも食べたことない。出張でご相伴に預かったホテル飯のデザートでだって、出てこないぞ。
そんな俺を見て、髭様が微笑んでいる。
「ふたりとも食べろよ。これ……ちょっとありえないくらい凄いぞ」
「うん」
「そうね」
待ってましたとばかり、フォークを使う。十秒後、ふたりとも天使に祝福されたかのような笑顔になった。
「とびきりの逸品ね、たしかに」
「おいしいよ。モーブの誕生ケーキだからかな」
「モーブ様は、その身をZクラスに落としながらも、学園トップの実力をお持ちとか」
髭様が背筋を伸ばした。
「いえそんなことないですけど。たまたま勝つことがあるだけで」
慌てて否定した。あんまり目立ちたくない。ここは冒険者養成学園。王立だけに、王宮も動向は把握しているはず。変に評判が立ったら、卒業後に王家との義理でがんじがらめになりそうだ。それは避けたい。
「ご謙遜ですね。優れたお人柄と感服いたします。それで……」
訳あり顔になる。
「モーブ様には特別な品をお出しするようにと、学園長からも申し受けておりまして」
はあ。それでこのケーキか。貴重なアーティファクトを料理に使わないで、最後のケーキに使う点は、たいしたもんだわ。食事の組み立てで緩急をつけ、クライマックスを演出したってことだからな。それも俺の誕生を祝うケーキでだ。さすがはトップクラスの料理人だけある。
それにしても……。
学園長ってことは、あのハーフエルフか。遠泳大会で俺のやり方見て大笑いしてたけどな。俺の生き方、気に入ってもらえてたんか。「馬鹿がなんかやってる」で笑ったのかと思ってた。
「モーブ、お誕生日おめでとー」
「モーブ、誕生日おめでとう」
ランとマルグレーテが言葉を揃えた。
「ありがとうふたりとも。……そうだ。今晩もお泊まり会するだろ」
「もちろんだよモーブ。ねっマルグレーテちゃん」
「え、ええ……」
マルグレーテは給仕の耳を気にしているようだが、案ずるまでもなかった。話題を察知して、全員さっと消えたからな。いやマジここの給仕、スキル凄いわ。
「なら今晩、全員裸で寝ようか」
「えっ……」
マルグレーテが絶句する。
「わあいいね。モーブ抱き枕、素肌で感じられるとか最高。九月も末で今晩ちょっと寒くなるみたいだから、三人で温め合って眠れるね」
ランは大喜びだ。
一度してみたかったんだわ。素肌の添い寝っての。ランはいつでもOKしてくれるだろうけど、マルグレーテはな……。誕生日とか、そういうスペシャルな日は、提案にちょどいい機会だわ。
「わ、わたくし、殿方と裸は……」
ナプキンをぎゅっと握り締めて、瞳が泳いでいる。
「お泊まり会だと俺、最近いつも裸だぞ」
「わ、わたくしは服を着ているもの」
「風呂で裸になるけどな」
「それだってモーブには体見せてないし」
たまーにタオルで隠すの忘れるから、ちょくちょく見てるけどな。そう指摘すると、マルグレーテは真っ赤になった。まだ残っていた例の酒を、一気にあおる。
「ふう……」
飲み干すと、ほっと息を吐いた。下を向いて、しばらく黙っている。それから瞳を上げた。
「ま、まあ……。裸で寝るくらいなら、お父様の言いつけにも背いてないし」
「それ気になってたんだけど、言いつけってなんだよ」
「それは……」
言いにくそうにしていたが、そのうち諦めたのか、話してくれた。
「殿方には、体を触らせてはならないということよ。エリク家の女として、清らかな体のままで、どこかの貴族に嫁入りしないとならないし」
「風呂で俺、お前の背中に触ってるぞ」
「それは洗ってくれてるだけじゃない。実家で侍女にやらせてるのと同じ。もっとこう……貞操に関わる話よ。わかってるでしょ」
睨まれた。
「安心しろ。手を出したりしないから」
多分まだR18版初体験フラグ立ってないしな。ランとだって進展ないし。
「本当?」
首を傾げた。
「ああ。マジマジ」
「……ならまあ、いいわ」
ほっと、溜息を漏らした。
「でも約束してね。絶対わたくしには触らないって」
「ああ。ランが証人だ」
「うん。私、モーブを見張ってるから安心して、マルグレーテちゃん」
「じ……じゃあいいわ。それにわたくしも……モーブと添い寝すると、なんだか落ち着くし。自分があるべき場所に収まってるって、感じるの」
もう酒は空だ。マルグレーテは、茶のカップを口に運んだ。
「わたくし、子供の頃からひとり、個室で寝させられたの。エリク家は貴族だから、甘えるなって。……でも本当は、お母様と一緒に寝たかった。寝物語を聞かせてもらいたかった。子守唄を歌ってもらいたかった」
マルグレーテの瞳が潤んだ。少し酔ったのかな。本音を話してるし。
「きっとわたくし、モーブにそれを取り戻してもらいたいんだわ。抱き合ったまま横になって、優しくしてもらうの」
「じゃあ決まりだねっ、マルグレーテちゃん」
マルグレーテの手を取ると、ランがぶんぶん握手した。
「あー楽しみだなー、私。三人のお泊まり会、久しぶり。私も、モーブに頭なでなでしてもらうんだぁ」
「それならわ、わたくしも……」
「任せろ」
――と言った瞬間、俺達の頭上に、例の赤い光の輪が生じた。一瞬輝くと消えてゆく。もちろんふたりは、今回も気づいていない。
「なんのフラグだよ、今度は」
前回のフラグが、おそらくパーティー成立の合図。……てことは今回これ、ハーレム展開のフラグなんじゃないのか。タイミング的にも「仲良し」方面のフラグっぽいし……。
とりあえず今晩、確認だな。ランやマルグレーテとの仲が、どこまで進展するのか。




