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ep-3 のぞみの神殿

「もうだいぶ暖かくなったよね」

「そうだな、ラン。三月だし……」


 俺達の馬車は、山道を進んでいる。もう魔族の土地を出てかなりになる。だから風も森と山の薫風。優しくランの髪を撫でていく。


「春になる頃が、いちばん心がうきうきしてきますね、モーブ様」

「俺もそうだよ、アヴァロン」

「ふふっ」


 俺の腿を撫でてから、また手綱を握り直す。


「抱いて下さい、モーブ様」

「おいで。ほら、ランも」

「モーブ……」


 御者席で、ふたりの体を抱き寄せた。


 もう基本遊びの旅行なので、宿があれば片っ端からチェックインして、何日か逗留して体と心を休めている。もちろん寝台とか風呂とかでいちゃついて……。なのでもう、ながーい新婚旅行みたいなもんだわ。


 今も荷室では、リーナ先生とマルグレーテが、なにか俺の噂をしてくすくす笑い合っている。ちょっと聞こえた範囲では、どうやら夜の話のようだ。なんかマルグレーテが先生の指を口に含んでたから、だいたい想像はつく。食料の箱を覗き込んで、ヴェーヌスとレミリアがなにか話し合っている。減ってきた分をどう補充するか、決めているのだろう。革袋の茶など飲みながら、それなりに楽しそうだ。


「ああ、この道、懐かしいわ」


 アヴァロンが呟く。


「もうすぐだね、アヴァロンちゃん。あとちょっとで、『のぞみの神殿』に着くよ」

「母上は、どうしておられるかしら……」

「寂しがってないといいねー。お母さんがアヴァロンちゃんと会うの、半年ぶりとかだし」

「あの木の陰を過ぎたら、『のぞみの神殿』間近です。飯法はんぽうという、神域ならではの食事作法があるのです。それに使う野菜を育てる畑が、もう見えるはず……あら?」


 木陰に見え隠れする畑で、誰かがくわを振るっていた。作務衣にも似た作業着を着て。巫女カエデではない。男だ。三月の陽光に、ハゲ頭を輝かして……。


「嘘だろ、居眠りじいさんじゃん……」


 さすがに驚いた。


「おうおう」


 鍬を置くと腰のタオルで、じいさんはハゲ頭を拭いた。


「モーブではないか。待っておったぞ」


           ●


「モーブ様、よくぞお戻りになられました」


 白木の床。座布団状のクッションに正座した巫女カエデは、深々と頭を下げた。


 ここは例の神殿だ。小さな祠の本殿を背に、カエデは俺達と向き合っていた。


「見事に大願成就したとのこと。世界のためにも、お礼を申し上げます」

「ありがとうございます」


 そうは答えたが、どうにも俺は、気が気じゃない。


「母上、ご心配をお掛けしました」


 俺の隣に座ったアヴァロンも頭を下げる。


「母上のご祈祷が私や仲間、モーブ様を導いて下さいました」

「アヴァロン、あなた立派な嫁になったわねえ……」


 カエデは感慨深げだ。


「父親不在でどう育つかと心配でしたが……、私の杞憂でした。モーブ様という、こんな立派な婿を迎えて」

「全て母上のお導きです」

「ところで――」


 突然、ランが割って入ってきた。


「ゼニス先生、本当にここまで来たんですか」


 ラン、グッジョブ。俺もそれ、気になってたんだわ。


「おうよ」


 カエデの隣であぐらを組んでいるのは、居眠りじいさんだ。涼しい顔をしている。


「モーブがアドミニストレータを倒したのは、感得できたでのう。その影響で、わしが調べておった魔族の次の大規模侵攻も無くなったとわかった。ならばわしも、残り少ない命を自分のために使っても、神に許されるであろう」


 髭など撫でている。


「それに……お主らも、カエデに会えと焚き付けたではないか」


 いやたしかに、それはそうだ。アヴァロンやみんなから、「のぞみの神殿」に顔を出せってな。でも速攻かよ。どんだけエロ……いや愛を求めてるんだ、このじじい。


「先生、カエデさんと結婚したの」


 ランの火の玉ストレート炸裂。無邪気なだけに遠慮なしだわ。


「ぶほっ」


 さすがの大賢者も茶を噴いてて草。


「い、いや……わしは……」タジタジ

「ゼニス様は、ここに逗留されているのです」


 正座でぴしっと背筋を伸ばし、カエデのほうは涼しい顔だ。


「逗留ねえ……」


 レミリアはにやにやしている。


「その尻尾……」


 見ると、カエデの尻尾はじいさんの脚に巻き付き、足の裏を優しく撫でている。


「ゼニス先生、ポルト・プレイザーのほうは精算したんでしょうね」


 マルグレーテも呆れ顔だ。もちろんこれ、遠回しにカフェの女の子達のこと、言ってるんだな。


「もうマッサージの奴隷扱いはこりごりじゃ」


 ハゲ頭を叩いている。


「それより、モーブの話をもっと聞かせい」

「モーブは私の父とも対等に交渉しました。立派な男です」

「そうか、魔王と……」


 ヴェーヌスを見る。


「お主とは映像越しでしか会っておらんだったが……。どうよ、優しい顔になったのう……」

「ゼニス様。ヴェーヌス様の心は満たされ、ひとつに統合されたのです。最初にお会いしたときは魂が割れ、心が悲鳴を上げておりました」


 カエデが解説する。


「あたしが満たされたのは、モーブのおかげだ」


 無表情で告げたものの、俺ににじり寄ると、後ろから首を抱いてきた。


「何が大事なのかわかった。もう……迷いはない」

「そうか……」


 じいさんはなぜか、ヴェーヌスの腹をじっと見つめている。まさかとは思うが、妊娠がわかったんじゃないだろうな。


「なんにつけ、めでたいことじゃ」


 色々な意味に取れる言葉を口にすると、つと、俺に視線を移す。


「アドミニストレータ戦のことを詳しく話せ、モーブ」

「はい、先生」


 ほっと息を吐くと俺は、あの世界管理統制業務室で起こったことを全て、じいさんに話してやった。


「ほう、謎の剣を使ったと言うのか」

「ブレイズくんが襲ってきたときに持っていた剣です。ゼニス先生」


 ブレイズの最期を、リーナ先生が話した。


「業の深いことじゃ……」


 じいさんは眉を寄せた。


「今宵、ブレイズの魂の安寧を、カエデと祈ることとしよう」

「これがその剣です、先生」


 帯剣装備から無銘剣を外すと、じいさんの前に押し出した。


「ほう……」


 手に取り、鞘と柄を黙って見つめている。


「うむ……」


 すっと剣を抜く。途端に、闇色の煙が刃から立ち上った。


「これは……」


 すぐ鞘に戻す。


「恐ろしい力じゃのう……。モーブよ、よくぞこの剣を使いこなした」

「あと俺、先生にこれを……」


「冥王の剣」を、その横に並べた。


「先生にお返しします」

「うむ……」


 腕を組んだまま、置かれた短剣を見つめている。


「この剣が不要と感じたら返せと、先生はおっしゃいました。俺はアドミニストレータを倒し、世界を解放した。もう不要です」

「この剣は役立ったかの」

「ええ。俺をアドミニストレータに導くのに、充分に。それに……この剣は、冥界に落ちた俺と仲間の命を救ってくれた。それもこれも、先生がこの剣を俺に貸与してくれたおかげです。礼を言います」

「ありがとうございます」

「助かりました」

「先生、ありがとー」


 仲間も皆、自分の言葉で感謝を告げる。


「うむ。……ではこの剣は返してもらおう」


 一度手元に引き寄せ、それからまた俺の前に押し出す。


「先生……」

「モーブ、改めてこの剣を授ける」

「えっ……でも……」

「黙って受け取れ」


 居眠りじいさんは微笑んだ。


「今度は貸与ではない。お主に贈呈する。世界を救った英雄への、ささやかな顕彰けんしょうあかしとして」

「その……」

「受け取りなさい、モーブ」


 マルグレーテに促された。


「断れば大賢者様の顔を潰すことになる。ヘクトール卒業式の日、国王の顔を満座で潰して王宮から叩き出されたの、もう忘れたの」

「な、なら……遠慮なく」


 剣を受け取る。


「ほっほっ……すっかり嫁の尻に敷かれておるのう……」


 瞳を細めた。


「かかあ殿下は家内安全のしるしじゃ」

「あら、先生はどうなんですか」


 マルグレーテは、面白そうな瞳。


「わしか……。わしはのう……」


 カエデの手を取った。


「すっかりカエデの手の上で踊らされておるわい」

「ゼニス様……」


 頬を染めるとカエデは、じっとじいさんを見つめた。


「カエデ……」


 顔が近づく。


「ストップ! ストーップッ!」


 レミリアが立ち上がった。


「もうよしてよ。モーブとお嫁さんだけでイッパイイッパイなのに、ここでも見せつけられたらあたし、発情しちゃうじゃん」



●次話「トルネコ商会」、お楽しみに!

「トルネコ」こと同級生コルムは、ポルト・プレイザーに武器防具の店を開いていた。会いに行ったモーブにコルムが紹介したのは、意外な人物だった……。

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