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6-3 男子寮食堂に武器屋の御曹司が現れた(回想シーン)

 男子寮食堂で小太りの同級生が俺の隣に座ったときのことを、俺は思い返した。


 俺と並んだとはいうものの、晩飯を食ってる間は静かだったよ、そいつ。で、食事も終わる頃、まじまじと俺を見て言ったんだ。ありがとうって。


 どういう意味か聞いたよ。


「僕、冒険者に憧れてヘクトールに入ったんだ。親父に金を出してもらって。実家は武器やアクセサリーの販売で、それなりにお金を持ってたからね」――奴はそう言ったんだ。


「でも入試はさんざんな成績で、まさかのZ落ち。最低でもCには入れると思ってたんだけど、貴重で高額な武器を持ち込んでも、ダメなものはダメだった。僕の実力さ」

「まあ、そういうこともあるよな。俺、前世でそういう奴、いっぱい見てきたわ」

「前世?」


 首を傾げた。


「ああ。こっちの話」

「それでね、なんかもう、ダメダメな僕の人生なんか、もう終わりだ。――そんな感じで、真っ暗気分で毎日過ごしてたんだ」

「気持ちはわかるよ」


 まあブラック社畜時代にそんな気分になる晩もあったからな、俺も。そんなときはとりあえず風呂と酒だよ。一晩寝れば、だいたい忘れるし。ストレスで潰れるヤワなメンタルだと、社畜なんかやってられんからな。


「Zの連中、だいたいそうさ。僕にはわかるんだ、同類だから」


 俺の目を、じっと見つめてきた。奴が黙ると、周囲の音が聞こえてきた。まずい飯を必死に詰め込む同級生の食事音が。


 また目を逸らした。茶のカップを見ながら続ける。


「でも、モーブとランは違ってた。Z配属なんて、まるで気にしてない。毎日楽しそうだし」

「かもなー」


 ランはどんな環境でも楽しくやれるキャラだ。俺にしたって、前世よりはるかにマシなんだから、不満はない。


「それどころか、遠泳大会で、大宴会しただろ。そもそもの大会の趣旨なんか無視して、自分達が夏の海を楽しもうって」


 目を見開いてみせた。


「それで僕も楽しかったし、クラスのみんなもそうだった。結果的に歴史に残る奇跡の優勝まで果たしたけど、それは僕にはどうでも良かったんだ。たとえ道を外れても、人生を楽しむ方法はある。それがわかったことが、重要なんだ」

「なるほど」


 たしかに、そこは大事だ。金なんか無くたって、楽しむ方法はいろいろある。――それを俺は社畜時代に会得したからな。なんたって安給料激務社畜だったし。


「あの大会から、クラスの雰囲気変わったろ、モーブ」

「まあな」


 実際そうだ。それまでは負け組コンプでどいつもこいつも腐った顔でぼんやりしてるだけの、白け切った静かなクラスだった。まともな授業だってないから、立ち直る気持ちにもなれないというか。


 それが遠泳大会から、不思議な一体感というかなにか前向きの雰囲気が、クラスに生じた。それは俺も感じてたわ。まずみんな、休み時間に互いに話すようになったし。俺やランにも、遠慮がちながら冗談を言ってきたりとか。


「僕、あと半年モーブと同じクラスにいて、考え方を学ぶよ」

「そうか」

「うん。それで卒業試験が終わって春になったら退学する。何年いたって、どうせ卒業なんかできやしないしね」


 思いを振り切ったかのように、カップの茶を飲んだ。続ける。


「でもわかったんだ。僕は人生の落伍者なんかじゃない。ただ冒険者に向いてなかっただけなんだって」

「それはひとつの考え方だな」


 実際、考え方を変えるってのは大事かもな。


「僕、親父の跡を継いで商売人になるよ。王国一の商売人になってみせる。それが僕の人生なんだ」

「はあなるほど……」


 正直、そのほうがいいとは思うわ。冒険者たって、辛いことのが多いだろうしな。だからこそ俺だってなる気ないし。それに小太りの体型からして……。


「その店では、武器や魔法のアクセサリーを扱うんだろ」

「そうだよ」

「冒険者だっていっぱい店に来るはずだ。違うか」

「もちろんそうさ」

「ならお前は、冒険者を助ける、冒険の仲間ってことさ」

「仲間……」


 意外そうに呟いた。


「だってそうだろ。店を訪れた冒険者の資質を見抜いて、力を最大限に発揮できる武器やアクセサリーを推薦する。その力を得て冒険者は日々、戦うんだ。お前のサポートが無かったら、冒険が失敗していたかもしれない」

「うん……うん」


 瞳が輝いてきた。


「だからお前は、立派に冒険者だよ。決して冒険の落伍者なんかじゃない。別の角度からまだ見ぬ世界を開拓する、もうひとりの冒険者なんだ」

「あ、ありがとうモーブ」


 俺の手を、がっちり握ってきた。


「僕、商売人になっても、冒険に役立つってことだよね。僕も冒険者ってことだよね」


 もう涙を流さんばかりだ。


「ああそうさ」


 別に適当に答えたわけじゃない。本音だ。社畜ならわかる。この世は、みんなの仕事でできてるってな。


 誰かひとり脚光を浴びる陰には、何百人もの社畜が精一杯あがいて生きた、その証があるんだ。そうした連中だって、立派な男さ。キンタマのついてるな。もちろん女も同じだ。


「だから頑張れよ、トルネコ」

「ト、トルネコ? 僕の名前と違うけど」


 戸惑ってるな。


「気にするな。俺が付けたニックネームだ」

「ニックネームか……。それ、語呂がいいね。……よし決めた。僕の店の名前は、トルネコ商会にする」


 キラキラ瞳で、ぐっと手を握り締めている。


「おう。いいなそれ」


 なんだかおかしくなった。俺のクラス、紋章マニアのラオウに続いて、武器屋トルネコも誕生したか。こんなん笑うわ。




●次話、ブレイズ&教師の同席には意外な理由があると、マルグレーテは語る……。

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