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12-1 魔王城

「おかえりなさいませ、ヴェーヌス様」


 体をぴんと伸ばすと、魔王城門番は最敬礼を示してみせた。


「昨日ご帰還のしらせ、前庭より受けております」


 宿から聞いてたんだろう。特に驚いてはいないようだ。


 ここはもう本当に本館の扉前。ここまで突っ込んで来られる敵など皆無なので、門番とは言っても形式的にふたり立っているだけだ。


「魔王様も、久し振りのご対面を今か今かとお待ちになっております」

「うむ。門番の務め、ご苦労である」


 鷹揚に、ヴェーヌスが頷いてみせる。


「そちらが噂の捕虜ですか」


 後ろに連なる俺達を覗き込む。「捕虜」の先頭は俺だ。


 ここからはさすがに「ゆるゆる縛り」の偽装がバレるとヤバい。だから俺達は全員ひとりずつしっかり縛られて、さらに全員、縄で繋がれている。その分、武器防具は装備したままだ。絶対に解けないとかいう、魔導ロープだからな。


「そういうことよ」

「なんでも上物の女ばかりという噂で、城内でも盛り上がっております。拷問担当を巡って大喧嘩になって、ひとり死にました。その……」


 ランやマルグレーテ、アヴァロンと、ひとりずつ、舐めるように見つめる。


「その……私めを拷問担当にご推奨願えないでしょうか」

「捕虜の扱いは、父上と詰める」


 冷たい瞳で見つめられて、門番は震え上がった。


「も、もちろんでございます。これは差し出がましいことを……」


 汗を掻いてやがる。


「どうぞ。お通り下さい」


 悲鳴のような軋り音を響かせて、高さ五メートルはある黒扉が開いた。重々しい動作と音からして、金属製と思われる。やたらでかいのは魔王の権勢を見せつける意味もあるだろう。世界の独裁者が巨大建造物を建てたがるようなもので。あと……実際に巨大魔族がいるからな。それもあるはず。


「来い、馬鹿共」


 憎々しげな表情を浮かべ、ヴェーヌスが縄を引いた。俺達はよろけてみせる。怒りに満ちた瞳で睨んだり、おどおど恐怖の表情で下を向いたり、皆、見事に演技している。


「少しは縄を緩めろ。痛い」

「うるさい」


 ヴェーヌスに殴られ、脳内に光が飛んだ。


 ――ヴェーヌスの奴、ガチで殴りやがって。昨日の晩、俺の腕の中でかわいい声を上げ、涙を落としていたってのに。もう少し手加減しろっての。


 雑魚魔族の宿とは違って、ここは精鋭集まる魔王城だ。手加減が見破られれば殺される。そうわかってはいるが、理不尽な考えが浮かぶ。寝台でのヴェーヌスを思い浮かべて、なんとかこらえた。……というか、それはそれで考えすぎないようにしないと。でないと無意味に前屈みで歩くことになる。


「父上は執務室か」

「玉座におわします」

「うむ」


 ずんずんと、ヴェーヌスは廊下を歩く。轟音を立て、俺達の背後で扉が閉まる。なんとか生きてまたあの扉から出たいものだと、俺は願った。


「……」


 メインの廊下は、とにかく広い。なんせ幅が、ちょっとした国道くらいはあるからな。


 おまけに権勢を感じさせるためだろうが、やたらと豪勢だ。謎素材の黒壁で、床から天井にかけて血管としか思えない筋が幾つも、枝分かれしながら走っている。というか実際にどくどく脈動しているし。どうなってるんだろうな、これ。


 ところどころ、正体不明のオブジェやアイテムが飾られている。戦利品とか古代のアーティファクトとか、そんな感じだろう。


「……」


 魔族のテリトリーは大地から風、食い物や室内まで、どこもかしこも臭かった。だが奇妙なことに、ここ魔王城内部だけは違っていた。全くの無臭。いい香りもなく、自分の嗅覚が死んだような感じ。おそらくだが無臭化の魔法かなにか、そういう術式が起動しているのかもしれない。


 鋭い嗅覚の獣人アヴァロンがどう判断しているのか聞いてはみたいが、もちろんそれは後だな。まあ……俺達が生きてこの城を出られたら聞くって話にはなるんだけどさ。


「……」


 ときどき擦れ違う魔族は皆、廊下の端にへばりつく。深々と頭を下げ、ヴェーヌスの通過を見送って。どいつもこいつも、頭を下げたまま「捕虜」をガン見してやがる。中には涎を垂らしたり勃起してるカスまでいるからな。


「……」


 階段を何度も上りながら、魔王城、奥の奥まで進んだ。こんな深くまで連れ込まれ、二度と外には出られないんじゃないかと怖くなった頃、ヴェーヌスが立ち止まった。


 廊下はそこで行き止まり。大きな扉の左右に、魔道士と思われる魔族がふたり、鋭い瞳でこっちを睨んでいた。魔王の娘を前にしているというのに、このふたりは頭を下げることもなく、視線は厳しいままだ。


「通せ。父上と話がある」

「……」

「……」


 ふたりとも、返事すらしない。黙ったまま無表情にヴェーヌスと俺達を見つめていたが、やがて無言で扉を開き、左右に道を開けた。


「……」

「……」


 なにを考えているのか、さっぱりわからない。気味の悪い連中だ。ヴェーヌスに縄を引っ張られ、俺達は玉座の間に引きずり込まれた。背後で扉が閉まる。


 真っ黒の室内は、とてつもなく広かった。サッカーコートくらいあるだろ、これ。廊下と打って変わってなにも装飾品や家具、調度品が無いから、余計に広く感じられる。室内には魔族が大小十二体ほどいたが、特に会議しているとかなにかしているということもない。皆あちこちにばらけて、突っ立っているだけ。見定めるかのように、入ってきた俺達をただ見つめている。


 入り口から一番離れた奥に、大きな背もたれの椅子がただひとつ。背もたれには廊下の壁のように血管が走っている。それ以外の細工や彫刻はされていない。これが玉座だろう。なら座っているのは魔王ということになる。


 魔王は、意外なことに巨大でも邪悪な見た目でもなかった。普通に人間の男……それも二十代くらいのイケメンに見える。黒い髪と赤い瞳、それに容貌は、たしかにヴェーヌスとの血の繋がりを感じさせる。


 あの地下で「魔王の影」と戦った経験からして、もっと恐ろしげな姿と思っていたので、少し驚いた。ただまあ……オーラだけは凄い。というか瞳を見るだけで魂が吸い出され、食われてしまいそうだ。もう演技でもなんでもなく、俺は床を見ていた。あの目力に勝てるとは思えない。


「……」


 黙ったまま、ヴェーヌスは玉座の前に進んだ。たっぷり数分は掛かったと思う。ちらと振り返ると、ランはじめ全員、下を向いている。魔王の力に圧倒された俺同様、まっすぐ前など見ていられなかったのだろう。


「父上、今戻りました」


 玉座の三メートル前まで進むと、ヴェーヌスが口を開いた。


「うむ……」


 肘置きに置いた手で頬杖をつくと、魔王はヴェーヌスを見つめた。ヴェーヌスの背後、横に広がるように立つ俺達には見向きもしない。


 近寄ってみると、魔王はますます人間に似ていた。着ているのは襟や袖が大きめのローブのような上着で、下にはぴったりしたシャツとボトム姿。どれも闇色だから、ビジュアル系ゴシックバンドメンバーといった雰囲気だ。


「おい」


 魔王が声を出すと、室内の全員がこちらを見る。


「……」


 黙ったまま、魔王が手を振る。……と、魔族は全て、部屋を出ていった。ひとことも発さず。魔族が退室してたっぷり一分ほど置いてから、魔王は脚を組んだ。


「連れておるのはモーブと仲間か……」


 ふっと、微かに笑ったように見えた。


「まず、そのみっともない縄を解け」


 けがらわしいものでも見るかのように、手を振った。


「かように幼稚な偽装など……。父を馬鹿にするでない」


 偽捕虜なの、あっさり見破られたか。さすが魔王というか……。


 ――ヤバい……。


 ヴェーヌスの作戦が外れれば俺達は皆、ここ魔王城最奥部でなぶり殺しだ。筆舌に尽くし難い拷問が待っているだろう。


 俺の脇を、冷たい汗がつたった。


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