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11-4 魔王城で捕縛された俺達

「あれが……魔王城か」


 魔族の地は土地も空気も汚染されていた。遥か彼方の巨大な城は、濁った大気に霞んで見える。怪しまれないよう、俺達の馬車は、魔族の土地をことさらゆっくりと移動している。


「そうビビるな、モーブ」


 御者席のヴェーヌスは、知らん顔だ。


「ビビろうが虚勢を張ろうが、なんとなれば殺されるから同じだ」


 これでも勇気づけてくれているのだろう。思わず苦笑いが浮かんで、なんとなく緊張が解けた。


「ヴェーヌス、お前はあそこで育ったんだな」


 なだらかな斜面を、もう何日も登っている。くねくね続く荒れ道の先、切り立った崖の上に魔王城はあった。


 城自体は真っ黒。表面がごつごつしているから、多分だが岩造り。ゴシック建築のように、縦のラインを強調したデザインだが、左右非対称だし、大地に生えた悪性のデキモノのよう。吹きすさぶ風が腐敗臭を運んでくるから、なおのことそう思える。


 どうにも、あんまり暮らしたくはない。


「住めば都だ」


 俺の思考を読み取ったかのように、ヴェーヌスが呟く。荷室を振り返った。荷室ではもちろん、緩く縛ってまとめられた仲間五人が仲良く座っている。


「ここから三日で魔王城に着く。直近に守衛所を兼ねた宿がある。そこに投宿し、翌日は城に入る。みんな気を抜くな。ここからは居並ぶ魔族も精鋭揃い。戦闘力に優れる脳筋だけでなく、知性に優れた狡猾な種族も多い。偽装を見破られたら、あたし以外は拷問されて殺されるぞ」


 物騒なことを口にする。


「はーいっ」

「ねえヴェーヌス、あたしお腹減った。ヤバい土地に踏み込む前にご飯にしようよ」

「そうね。一度縄を解いてもらわないと。その……お花を摘みに行きたいし」

「モーブくんは、食事のとき、なに飲む? 先生、お茶を淹れてあげるね」

「モーブ様、縛られて苦しくないですか。その……夜、お体をお揉みします」


 ……みんなあんまり危機感ないみたいだな。


 なんだかんだ、魔族の土地に踏み込んで一か月近く経つしな。慣れたのもあるだろう。「魔王の娘が捕虜を連れて凱旋」という偽装の効果は、どえらく大きかった。全く怪しまれることもなく、ここまで侵入できたんだからな。もう一月下旬。ここから一か月が、もっとも冷え込む季節だ。


「これは……ヴェーヌス様」


 魔王城門前に馬車を寄せると、守衛所から何人もの魔族が飛び出してきた。でかいの小さいの色々。魔族には珍しく、でこぼこの荒細工ではなく、しっかり工作された鎧や防具を身に着けている。


「お戻りになられましたか」

「その男は……」


 俺に目を留めた野郎が、荷室も覗き込む。


「これは……」


 精一杯恐怖の表情を浮かべた女五人を見て、目を見開いた。


「殺さなかったのですか、こいつらを」

「捕虜だ。連合軍の秘密を握る斥候小隊を捕らえた。この馬鹿野郎がリーダーで」


 横で縛られている俺の頭を、ヴェーヌスが殴った。ごんっと、でかい音がする。……てか、ガチ痛かった。ヴェーヌス、さすがにここでは手を抜かんな。知性派魔族もいる前で手加減しては、偽装露見のリスクがある。


「くそっ! てめえら全員殺してやる」


 大声出すと立ち上がって、俺は暴れてみせた。


「静かにしろ、カス」


 力づくで座らせるとヴェーヌスは、また殴ってきた。


「痛えっ!」


 情けなさそうな声を上げてから、俺は大人しくしてみせた。


「こいつらは重要情報を握っている。父上の御前に引き連れてから拷問し、全てを吐かせる」

「なるほど。さすがはヴェーヌス様ですな。……感服かんぷくつかまつりました」


 もう一度荷室を覗き込む。縛られた縄の間からはみ出るランとアヴァロンの胸に目を留めると、まなじりを下げた。


「ヴェーヌス様、拷問の折には、ぜひとも私めを副官に……」

「考えておこう。……父上は」

「残念ながら、本日はお会いになれません。ご存知の通り、ご多忙の身なれば」

「わかっている。だから今晩はここに泊まらせてもらう。捕虜も一緒だ。あたしが監視する」

「は、はい。……では、宿泊予定の馬鹿共を全員叩き出します。ヴェーヌス様おひとりで全てお使い下さい」


 遠巻きにしている連中に振り返ると建物を指差し、自分の首を切る仕草をした。


 頷いた門番がどかどかと宿に踏み込む。やがてあちこちから悲鳴が聞こえ、魔族が大勢叩き出されてきた。中には裸のまま放り出された馬鹿もいる。どいつもこいつも悪態をついていたが、ヴェーヌスの姿を見ると押し黙った。恐怖の表情で、こそこそと姿を消す。


「今、部屋を消毒します、ヴェーヌス様。すぐご案内しますので、しばしお待ちを……」


 猫撫で声で、愛想笑いをした。


          ●


「離せ。クソ魔族。てめえら全員殺してやる」


 俺も仲間も、わざと暴れながら引きずられた。


「そうよ。この魔法封印縄さえ外せたら、瞬時に地獄の炎に焼いてやるのに」

「ほう。魔族に地獄の炎とは……、気持ち良さそうだわい」


 にやにや顔の魔族に、部屋に押し込まれた。大きな続き部屋だ。窓もない牢獄のような大部屋に俺と仲間――つまり捕虜。それと続く入り口側の部屋が、ヴェーヌス。つまり監視ポジションの部屋だ。もちろん奥の部屋には、外側から魔導錠が掛けられるようになっている。


「大人しくしておれ」


 ヴェーヌスの声と共に、座敷牢部屋の鍵が、外から掛けられる音がした。


「ではヴェーヌス様、お食事の用意を致します」

「いらん。晩飯は持ち込んだ食料で済ます。捕虜は飯抜きだ。少しは大人しくなるだろうからな」

「ごもっともで……」


 追従笑いと共に魔族は出ていったようで、外が静かになった。それからたっぷり五分は経ってから鍵が外され、ヴェーヌスが入ってきた。


「うまくいった。……今、縄を解く」


 全員の縄と解くと再度外の気配を探り、ヴェーヌスは茶の入った革袋と携行食を持って戻ってきた。


「飯にしよう」

「待ってたよっ」


 レミリアが両手もろてを上げた。


「お腹減ったーっ」

「明日は父上と面会する。いよいよ勝負どころだ。たっぷり食べて英気を養おう」

「私が配膳しましょう」


 そこらにあった不揃いのカップに、アヴァロンが茶を注いだ。


「ほらレミリア、これおいしいよ。燻製肉」


 ランがみんなに食事を配った。しばらく皆、言葉少なに栄養を補給する。


「お風呂に入りたいところねえ……」

「悪いがここには風呂はない。隠し通路入口とは違って、血塗れの奴など泊まらないからな。蝿も近寄らん」

「後で、濡れタオルで体を拭いましょう。……なに、馬車旅と同じよ」


 リーナ先生が、懐からタオルを取り出した。


「悪いけどこのタオル、洗いながら使い回しね。……ここ、タオルなんてないでしょ、ヴェーヌス」

「そういうことだ」


 ここまで何度か、魔族の宿屋に宿泊した。どこにもそんなもの無かったからな。寝台にシーツが敷いてあればいいほうで。


「さて……」


 食事も終え、そろそろ寝ようかという頃になって、ヴェーヌスが口を開いた。


「父上と会ったときに、切り札を切る」

「切り札……」

「そうだモーブ。あたしとお前の殺し合いの運命を、唯一変えることのできる切り札を」


 なぜか全員黙っている。仕方ないので俺がツッコんだ。


「そんなのあるんなら、最初から使えばよかったのに」

「そうはいかん。父上の面前でなければ効果はないし。そもそも……準備も必要だ」

「準備だと……」


 考えたがわからん。


「あたしがこの解決策を封印してきたのは、自分の気持ちがわからなかったからだ。そのへんを曖昧にしたままでも、アルネ・サクヌッセンムが別の策を示してくれるのではと期待した」


 ほっと息を吐いた。


「だがそれは叶わぬ願いだった。だからあたしは決意した。自分が死ねばいいと。モーブを助けるためにはそれしかないと」

「ヴェーヌス……」

「だがそれもぎりぎりでモーブに見破られ、あたしは生かされた。文字通り、首の皮一枚のところで」

「あれは……そうだな……」


 俺が見破ったというより、剣の魂が見破って俺の行動を制限してくれたんだがな。まあいいか……。


「そうしてあたしは決意した。自分の心に素直になるべきだと……。魂となった母上にさとされたことでもある。……あの冥府、黄泉平坂よもつひらさかで」


「七つ目の魂」のことだな。あの謎の。「不死の山」クエストの登山途中で、ヴェーヌスは俺に教えてくれた。あれは実は母親の魂だったと。


「父上との対決には。あたしやモーブ、それに仲間全員の命が懸かっている。父上を説得できなければ全員、殺される。おそらく……あたしも。不肖ふしょうの娘として……」


 手を伸ばすと、ヴェーヌスは俺の手を取った。


「だからモーブには協力してもらう」

「おう。任せろ。なんだろうとやってやるぜ」

「頼もしい言葉だ。では、今から最後の切り札を用意する。……モーブの協力を得て」

「俺が? 今から? 魔王の面前に出てからじゃなくか」

「そうだ。……こちらに参れ」


 扉を開けると、前室へと俺を導いた。なんだかよくわからないまま後ろをちらと振り返ると全員、俺とヴェーヌスを見つめていた。黙ったまま。

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