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11-3 魔族最前線警戒所の夜

 ヴェーヌスの言う通り、出口すぐ脇に、大きな建物があった。


 誰も使っていないはずの通路が急に開いて驚いたのか、数人が飛び出してくる。小柄で薄汚れた肌。アジリティーに優れ知性もそこそこある、コボルドだろう。見張りには最適だ。ひとりだけ少し大きな奴がいたが、コボルドロードあたりか。手に手に、槍だの剣だのを握り締めている。


「縄を解け。貴様ら全員殺してやるっ」


 打ち合わせどおり、俺は叫んだ。悔しげに胴を振って暴れてみせる。まずは「人間が縛られ捕まっている」という状況を、わかりやすく見せておかないとな。初手で攻撃されないように。


「なんだなんだ」


 戸惑ったように、連中は顔を見回している。御者席のヴェーヌスを見て取ったコボルドロードらしき魔物が、剣を鞘に収めて近寄ってきた。


「これは……カーミラ様。お久し振りでございます」

「前線警護、ご苦労である」


 ヴェーヌスは頭を下げてみせた。


「いけません、カーミラ様。末端の我々などに頭をお下げになられては」

「ヴェーヌスでよい。お前には教えてあっただろう」

「ありがたいことでございます。……して、例のご首尾はいかがで」

「全て終わったわい」


 人間側に殺したい奴がいるとして、ヴェーヌスはここを潜ってきたからな。まあ俺のことだが。


「それはそれは……。さすがはヴェーヌス様でございますな。魔族一の偉丈夫……いえお美しい姫様ではございますが。ほっほっ」


 おべんちゃらをぺらぺら口にしながら、荷室の中を覗き込む。俺の仲間は全員、縛られて恐怖の表情を浮かべている。


「こいつらはなんですか。日々警備に苦労している私共へのご褒美でしょうか」


 よだれを垂らしている。いやお前ら警備もくそも、ここ誰も通らないだろ、アホ。


「死ねってめえっ」


 念のため、俺は怒鳴っておいた。


「うるさい」


 ヴェーヌスに頭を殴られた。ごんっという、大きな音がする。いやヴェーヌス、あんまり痛くないようにしつつ大きな音出すのうまいわ。どつき漫才のツッコミできるだろ、これ。


「へへへっ。うまそうな女でございますな。エルフも獣人もおりますし、たっぷり犯してから、鍋にしますか。そこな男は生きたまま鍋行きとして」

「それは許さん。こいつらはあたしの捕虜だ。重要情報を握っているからな。魔王城で拷問して聞き出す」

「なんと……」


 目を見開いた。


「ご自分の懸念を解決するついでに、かように重要な捕虜を連れ帰るとは……」


 蝿のように手を擦り合わせて、おべんちゃらを使う。


「さすがはヴェーヌス様。魔王様ご自慢のひとり娘だけありますな」

「魔王城までは、誰にも手を出させん。部下にも徹底しておけ」

「はい」

「もし不届き者がたったひとりでも出たら……」


 燃えるような赤い瞳で睨まれ、コボルドロードは震え上がった。


「わかっているだろうな」

「も、もちろんでございます。で、では宿の準備をしますので」

「捕虜は全員、あたしの部屋に泊まらせる。監視のためにな。飯もあたしと同内容だ。魔王城までは弱らせたくないからな。ひとりでも死んだら、我が軍の大損失だ。飯は部屋に運べ」

「了解です。ご指示のままに致します」


 なにかあれば自分が拷問されて首が飛ぶとわかっているのだろう。青い顔で涙すら浮かべている。


「馬にはなにもするな。捕虜に世話させる」

「お言葉どおりに」


 コボルドロードは、深々と頭を下げた。


          ●


「にしても、魔族の宿でも、そんなに悪くないんだね」


 食事が下げられ、後は寝るだけ。俺達だけになると、ランが口を開いた。


 汚れた部屋だが、広いっちゃ広い。当然のように窓なんかなく、出入り口は入り口の扉だけだ。


「ちゃんとご飯もお風呂もあったし。ほら、寝台も柔らかいよ」


 ぽんぽんと、ベッドの上で跳ねている。捕虜の体だから、さすがに夜着は着ていない。全員、いつもの戦闘装備のままだ。武器はもちろん持ち込めない。「封印した」として、馬車に隠してある。


「部屋が臭いのは、ちょっとだけどねえ……」


 情けなさそうに、マルグレーテが顔をしかめた。


「生臭いのと獣臭さ、それに腐敗臭に酸っぱい臭いまで……」

「そこは許してくれ。これでもかなりいいほうだ」


 魔族だけに、ヴェーヌスは平気なようだった。


「本当だよ。あたし、食欲全然湧かなかった」

「いやレミリアお前、いつもどおりぱくぱく食ってたぞ」

「そんなことないもんっ。スイーツも無かったし」


 怒ってやがる。


「食事自体、筋だらけの硬い肉と、臭いお芋だものね」


 リーナ先生も苦笑いだ。


「ふふっ」


 ヴェーヌスが唇の端を上げた。


「あの肉の正体がなんだか教えたら、お前らどうするかのう……」


 恐ろしいことを口にする。


「な、なんだよ」

「モーブ、青くなっておるぞ」


 大笑いしている。


「冗談だ。気にするな。ただの獣肉よ。ただ、調理は下手だでのう……」


 こいつ……。普段はぶっきらぼうなくせに、最近はときどき冗談とか放り込んでくるからな。冗談とわからず困るわ。


「お風呂までありましたね。魔族は不潔と、相場は決まっておりますが……」

「それはのう、アヴァロン。あの通路を通り、人間側で工作することが稀にあるからだ。忍び込んで人間を捕らえ、拷問して防衛軍の陣容などを聞き出し、殺して帰る。血塗れの体を洗うのに、さすがに風呂を使う。血が着いたままだと、蝿が付くからな」

「蝿くらい、どうでもいいでしょ。魔族なんだから」

「いやマルグレーテ。こっち側の蝿は針を刺し、肌の中に卵を産み付けるぞ。かえった幼虫は、皮膚と筋肉の間の脂肪層を全部食い散らかして糞に変え、最後は目玉に侵入して失明させてから脳に進む。脳を食い荒らしてさなぎになると、これが恐ろしいことに屍蝋化しろうかの毒を――」

「も、もういいわ。気分が悪くなってきた」


 青い顔をして、俺に抱き着いてきた。


「モーブぅ、ヴェーヌスがいじめるの……」

「よしよし」


 なぜか赤ちゃん返りしたマルグレーテを撫でてやった。貴族とはいえ田舎育ちだし、虻とかに嫌な思い出でもあるのかな。


「まあ冗談半分だわい。あまり気にするな……」


 入り口の扉に耳を付け、ヴェーヌスは外の気配を探った。


「もう寝よう。明日は早く出て進む。ここからは基本、馬車泊になるが、先にはまた宿屋もいくつかある。全体に、今日と同じ偽装で突き進むからな。みんな、うまいこと演技してくれ」

「モーブ様の演技、素敵でした」


 巫女服姿のアヴァロンが、手を口に当ててくすくすする。


「情けない男にしか見えませんでしたもの」

「そんなに情けなかったか」

「ええ。……でも本当のモーブ様は……素敵な殿方ですわ」


 俺の太腿に跨ってくると、唇を重ねてくる。嫁複数での色事に、少しづつ慣れてきたからな、アヴァロンも。時々はこんな感じで大胆になることもある。寝台では基本は恥ずかしがりで、俺のなすがままなんだけどさ。


「ん……ん……」


 熱くなった猫舌が、俺に応えてくれる。


「モーブ、わたくしも」


 マルグレーテにも求められた。


「それにこの先に蝿さえいなければ、わたくしだって大丈夫だもの」

「よしよし。抱いててやるから、早く寝ろ」

「モーブ……」


 寝台に入った俺に、ランとマルグレーテが抱き着いてきた。リーナ先生とアヴァロンも、もちろんレミリアも。


「ヴェーヌス。お前も来いよ。遠慮するな」

「あたしは扉に寄りかかったまま眠る。万が一、連中に気づかれたときのようにな。ここならノブに手を掛けられただけでわかる」

「そうか……。ありがとうなヴェーヌス。なにもかも」

「これもあたしとお前の未来のためだ。気にするな」


 ぶっきらぼうに口にすると、扉に寄りかかったまま腕を組んで目を閉じた。いつもの馬車泊の夜のような形で。

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