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11-2 魔族「抜け穴」トンネル

「さあ、トンネルに入るぞ」


 御者席から荷室を振り返り、ヴェーヌスが声を掛けた。


「大丈夫なはずだが、なにかあれば縄を切って飛び出してこい。戦闘になる」

「わかった」

「任せて」

「くっついてると、あったかいよね」

「そうそう」

「アヴァロン、あったかーい」

「ふふっ」


 仲良く荒縄でひとくくりにされても、みんな楽しそうだ。ぺちゃくちゃと、どうでもいい雑談に励んでいる。トンネルを目の前にして、肚を括れたようだ。


「モーブ、お前もいいな」


 俺はヴェーヌスの隣でぐるぐる巻きだ。


「おう。……おしっこしたくなったらどうするか、それだけ心配だ」

れ者め」


 呆れたように、俺の脚に手を置いた。


「そのときは解いてやるわい。……馬車の陰で済ませ」


 そのまま二度ほど撫でると、手綱を握った。


「進め、あかつき号。頼んだぞ」


 振り返って一度首を縦に振ると、あかつき号は歩み始めた。


 今日の先頭はあかつき号だ。唯一の牝馬だけどあいつ、度胸あるからな。スレイプニールのように余計な道草(雑草食い)もしないし、魔族の土地に踏み込むのには向いている。


「それにしても……よく偽装したもんだな。感心したよ」


 実際そうだった。ガチの最前線からやや離れた瓦礫の山に、入り口があった。どう見てもただの崩れた煉瓦の残骸。誰ひとり注意を払うはずもない場所でヴェーヌスが奇妙な印を結ぶと、音もなく残骸が横に動く。ずれるように。後には大きな穴が、ぽっかり口を開けている。真っ暗な大口を。


 魔法で開けたわけでもないので、人間側の魔道士にも勘付かれない。よくできた仕掛けだった。


 トンネルは大きく、天井も高かった。ヴェーヌスが言うには、サイクロプスやミノタウロス、トロールといった巨大な魔族が通れるようにとのことだ。


 こいつらは、どいつもこいつも攻撃力が高い。おまけにVITも桁違い。人間側の攻撃が集中しても、長い間は暴れ回れるだろう。そうして戦線後方で暴れ回って、人間側の守備軍を背後から襲う。浮足立ったところで前面の敵も総攻撃に移り、挟み撃ちで人間をひとり残らず虐殺する手筈とのことだ。


 正直、人間側より、よっぽど準備が整っている。俺が指摘すると、ヴェーヌスは鼻を鳴らした。なにを当たり前のことを……という表情だ。


「魔族との争いなど片手間に、人間側は内部で細かく争っておるでのう……。馬鹿なことよ」

「その点は魔族のがヤバいだろ。裏切りや下剋上こそ、魔族の残忍な性格の本質だ」

「ふん……」


 わずかの間手綱を離すと、縛られた俺を哀れそうに見つめてきた。トンネルには間欠的に魔導トーチが置かれており、ヴェーヌスの顔を、光と影の筋がゆっくり通り過ぎてゆく。


「だからこそ、圧倒的な力で押さえつけておるのだ、父上が。その意味で魔族は、人間共よりよっぽど平和に暮らしておる。モーブ、お前はしっかり現実を見よ。この世界をアドミニストレータの支配から解放しようとする戦士なれば」


 きれい事の通じる世界など、魔族側にも人間側にも、どこにも無い――。そう、ヴェーヌスは断言した。


 しばらく沈黙が続いた。馬車の揺れる音だけが、トンネルに反響した。驚くべきことに、地面はきれいに整地されており、馬車はスムーズに進む。防具や剣でも荒っぽい加工が常の魔族にしては、信じられないほど精緻な細工だ。ヴェーヌスに尋ねると、抜け道工作には最高レベルの知的魔族が絡んでいるという。それだけ戦略的な重要工作だったということだろう。


 そのまま、数時間も進んだ。捕虜輸送という偽装に応じて、馬車の歩みは常歩なみあしと遅い。それを考慮したとしても、ガチ大規模トンネルだ。


 途中、一度だけ休憩があった。見張りのヴェーヌスと俺を残し、馬車内の仲間は急いで食事を摂り、トイレに立った。俺は縛られたまま用便を済ませ(どえらく大変だった)、食事はヴェーヌスが食べさせてくれた。馬にもヴェーヌスが水を飲ませた。ヴェーヌス自身は、馬車を操りながら適当なものを口に放り込んで食事とした。


「もうじき、トンネルを出る」


 進みながら突然、口を開く。


「おう。それからどうする。このまま進むのか」

「いや……」


 ヴェーヌスが手綱を緩めると、馬車の歩みはさらに遅くなった。


「出たところに、警戒のための小屋がある」

「万が一、人間側が通路に気づいて突撃してきたときのためだな」

「そうだ。そこが宿泊所も兼ねている。そこで泊まろう」

「おいおい。大丈夫なのか」

「平気だ。例の偽装さえ見破られなければ」

「バレたらどうなるんだよ」

「そりゃ、戦闘だろうな」


 あっさり告げる。なにを当たり前のことを……といった表情だ。


「あたしが魔族だからといって、相手に遠慮はいらん。全員なるだけ早く殺せ」

「わかった」

「だが戦闘となると、問題もある。所詮ただの見張りだ。あたしらの力なら瞬殺できる。だが、中央に連絡はされてしまうだろう」

「そりゃあな、そこは警戒所だもんな、戦闘より連絡第一は当然だわ」


 多分、戦う連中と別に、上層部が即座に連絡入れるだろうしな。


「そうなると厄介だ。偽装もクソもなくなるでのう……」


 言葉とは裏腹に、楽しそうな笑みを浮かべた。こいつガチ、戦闘好きだよな。ある意味尊敬するわ。


 ちらと、荷室の中を振り返った。まだみんななんやら楽しそうに話し込んでいる。縛られたままうつらうつらと、ランはうたた寝をしているようだ。あいつ、度胸あるな。もう基本的には敵陣の真っ只中だぞ、ここ。


「そら、トンネルを出るぞ」


 ヴェーヌスはまた、印を結んだ。出口側の偽装を解くためだろう。


「皆にも注意を促せ。あと、外は明るい。視界を失わずに済むよう、今のうちに目を慣らしておけ」

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