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10-1 再戦のブラックフィールド

 出口まで、CRは見送ってくれた。追いついた俺にレミリアが手を振ったが、俺の厳しい顔を見たのか、手を止めた。俺の気分が伝染したのだろうか皆、複雑な表情だ。言葉少ななまま、ワープポイントを踏んだ。最後の瞬間まで、CRは手を握っていてくれたよ。


 意識が瞬間揺れると、そこはもう「不死の山」頂上火口、ど真ん中。戻ってきたんだ。


「さてみんな、下山しよう」


 気を取り直して声を掛けた瞬間、俺の周囲に闇の炎が立ち上った。真っ黒の炎が、ぼっという激しい着火音と共に。


「――!」


 炎はあっという間に広がり、仲間をみんな、フィールドの外に弾き飛ばした。ただひとり、ヴェーヌスを残し。


「……ヴェーヌス」


 戦闘フィールドの真ん中で、ヴェーヌスは俺を見つめている。真紅の瞳には、なんの感情も浮かんでいないように思われた。


「『もうひとつの道』を、ふたりで見つけるはずじゃなかったのか」

「そんなものはない。アルネに会って痛感した。お前もそう感じたはず……。あたしとお前の運命は、結局ここに収束した。たとえ……途中でどのような分岐を辿ったとしてもな」

「にしても、いきなりかよ。山を下り、今後のことをみんなで相談して、それからの話だろ。話し合って、それでも妥協点が見つからなければ協議離婚する。憎しみ合う夫婦だって、それくらい冷静に行動するってのに」

生憎あいにくだな」


 ヴェーヌスはフィールド外に視線を投げた。飛ばされたみんなは闇の壁を叩き、なにか大声で叫んだり、魔法や矢を撃ったりしている。フィールド内部までは、魔法も声も届かない。前回と同じだ。


「お前の嫁は、あそこにいる。あたしたちは離婚を迎えた夫婦ではない。殺し合う宿命が生まれただけの、かたき同士だ」

「敵じゃないだろ。仲間じゃないか」

「敵だろうが、仲間だろうがだ」


 体の前で、両拳を強く握ってみせる。ぼきぼきぼきっと、指関節が鳴った。


「なんでこんなにすぐなんだ。アルネのねぐらを出たばかりじゃないか」

「あたしも、気持ちが揺れるのは避けたいからな。お前はいい奴だった。……だがもう情けはかけん。魔族のあたしにとって、秘名を知られたお前は、ただの獲物。すぐに狩ってやる」


 無表情のまま言い放つ。


「剣を抜け、モーブ」


 それだけ言い残すと、ヴェーヌスは離れた。戦闘フィールドぎりぎりまで下がると、向き直る。


「早く抜剣しろ。無刀のお前相手では、弱すぎてつまらん。狩りの醍醐味すらない」


 言われて気づいた。ヴェーヌスとの決闘を避けられないかと悩むあまり、俺はまだ剣を抜いていなかった。ヴェーヌスの戦闘速度は知っている。短剣たる「冥王の剣」を、俺は抜いた。少しでも素早く振り回せるように、長剣のほうは使わない。


 ――落ち着くんだ。


 俺は自分に言い聞かせた。


 転生後、俺だってこの世界で何度も死地を掻い潜ってきた。それに最悪ヴェーヌス再戦になったときのことにしても、脳内でシミュレーションしてきた。それに従えばいい。運命の神って奴がいるとしたら、俺の生き様を見てくれていたはず。ランやマルグレーテ、それに他の嫁達の未来が懸かっている。運命だって、俺に味方してくれるに違いない。


「始めるぞ、モーブ。せいぜい……楽しませてくれ」


 体を低くすると、跳躍するように突進を開始した。サバンナを走り抜ける肉食獣のように。ヴェーヌス疾走と共に、低い草を踏み散らす音が、かさかさと聞こえた。


 落ち着け。まずは「敵」の動きを、しっかり見極めなくては――。


 目を見開くと集中力を高めるため、歯を食いしばった。


 突っ込んできたヴェーヌスが、三メートルほど手前で、高く跳躍する。


 冥王の剣を振ったが、ヴェーヌスは俺の頭上、間合いの外を飛び抜けた。


 跳躍したヴェーヌス。限界まで伸ばした体のライン。陽光に体を黄金に輝かせている。海峡に跳ねるイルカのようだ。


 ――きれいだ……ヴェーヌス。


 場違いな言葉が心を駆け抜けた。


 速度より高さ重視だったためか、前回の決闘のようにごろごろ前転で勢いを殺す必要はないようだった。下り立ったヴェーヌスは、そのまま俺の頭に向け、回し蹴りを放ってくる。首を蹴り飛ばすつもりだ。


「くそっ」


 剣で払ったが、予見していたとばかり、蹴りの軌跡が変わった。急降下した脚で、俺の左腿を蹴ってくる。


 小柄なヴェーヌスの蹴りとは思えないほど、一撃が重い。切り返した剣で薙ぐと、ヴェーヌスは飛びじさった。そのまま数歩距離を取ると、隙を探るかのように俺を見つめる。


 ――痛え……。


 たった一撃受けただけなのに、左腿が痺れるように痛む。もう迅速な移動はしにくくなった印象だ。自分の情けなさに、絶望的な気分だった。


 また突っ込んできた。跳躍する――と見せかけて、思わず踏ん張って動きが鈍ったこちらの逆をついて走り込み、今度は右腿を蹴ってきた。


 なんとか倒れずに済んだが、もう走るのは無理だろう。両腿の筋肉が痛む。


 無我夢中で剣を構え直して見ると、ヴェーヌスはまた距離を取っていた。なぶり殺しにするつもりかもしれない。フィールド外側では、俺の不利を見て取った仲間が、はらはらして戦いを見つめていた。


 ――ヴェーヌスの奴、斬撃リスクを減らすため、こちらの動きを封じたんだな。


 わかってはいても、どうしようもない。すでに相手の戦略は成功している。


 ひょこひょこ歩く手負いの獣のような俺を見ても、ヴェーヌスは無表情だ。


 動きが落ちたのを知ってか、三メートルほどの位置まで近づいてきた。様子を探っているのだろう。声を掛けるべきかどうか、俺は迷った。


 だが、掛けるにしても、なんと言えばいいのか。今さら「決闘は止めよう」か。それとも「もうひとつの方法をふたりで探そう」か……。どんな言葉も、相手の心には響きそうにない。瞳を見れば、それはわかる。もう悲しみも、それに憎しみすらもない。心を感じない。肉食獣が獲物を狙うときの、ただただ本能に支配された瞳だ。


 ――ヴェーヌスはすでに自分の心にけりを着けて、決闘に臨んでいる。


 そう感じた。それこそが、俺の尊厳を最後に守る手段だと考えたのかもしれない。決闘相手に対する、愛情だと。殺し合いに終わる宿命を持った仲間への、最大限の敬意だと……。


 なのに俺は、まだ迷っている。ヴェーヌスとの戦いを避け、仲間として今後も楽しくやっていける道はないかと、心が乱れている……。自分の心すらまともにコントロールできないのに、ヴェーヌスが象徴する異世界と――モンスターが跋扈ばっこするゲーム世界と――どう折り合いを着けろというのか……。


 混乱した頭に、ランやマルグレーテの笑顔が浮かんだ。




●次話、「逆襲の蓋然性」……。

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