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9-5 トリックスター

 CRに導かれ、俺達はアルネ図書館の長い廊下を歩いていた。出口があるとかいうワープポイントに向かい。みんなはがやがやと、今得た真実のことを興奮気味に語り合っている。だが俺の心は重い。


「みんな……」


 思い切って口に出した。全員、俺を振り返る。


「先に行ってくれ。……出口で俺を待て。あと……CR、残ってくれ」

「そう……」


 マルグレーテは、俺の目をじっと見た。


「わかったわ。さあ、行きましょう」


 なにか言いたげなレミリアの背中に手を当て、率先して先に進む。後にはCRと俺だけが残された。


「CR」


 黙ったまま、CRは俺の瞳をじっと見つめている。


「ふたりっきりで、もう少しアルネ・サクヌッセンムと話をしたい。お前のマスターと」


 CRが、まばたきをひとつした。


「彼女に話せ」


 口をきいたのはCRだが、声はアルネだった。


「アルネか」

「そうだ」


 CRが頷いた。


「CRを通じて聞いている」


 どう話すべきか、悩んだ。CR――アルネ――は、俺の言葉を辛抱強く待っている。


「その……ヴェーヌスのことなんだ」

「……」

「ヴェーヌスは秘名を自ら俺に教えた。そのため運命が絡んだとして、俺を殺す気だ」

「……」

「実際、決闘したんだけど、その最中、俺がアルネ・サクヌッセンムに会いに行くと知って、同行を願い出てきた経緯がある。それまでは殺し合いを保留しようと」

「……」

「それは彼女が、魔族と自分の真実を知りたかったからだ。そして……その疑問はまさに今、解消した」

「……」

「ヴェーヌスは言っていた。全てはアルネに会ってからだと。そのときまたふたりで考えようと。命を取り合うのか、あるいは誰も知らなかったもうひとつの道があるのか、と――」

「……」

「教えてくれアルネ。俺とヴェーヌスに『もうひとつの道』があるとしたら、それはなにか。ここまでの道のりでなにか発見できるかもと努めたが、結局最後まで見つからなかった。俺の手元にあるオプションは、『殺し合い』のみだ」


 CRは、無表情に俺を見つめている。それから口を開いた。


「ヴェーヌスはなモーブ、ゲーム文法で言えばトリックスターと言える」

「トリックスター……」

「元は神話学用語で、世界中の神話類型に出てくる秩序破壊者のことだ。善と悪、破壊と再生の二面性を持ち、主人公や世界に新たで意外な道を指し示す。たとえば日本神話で言えば、暴れ神スサノオが該当する」


 そう言えば、どこかで聞いたことがあったかもしれない。世界中の神話には奇妙な共通点がある。おそらくは人類の魂に響く設定って奴だ。優れた設定だったからこそ記憶に残り語り継がれ、神話化したわけで。その共通設定を抽象化してまとめるのが、神話学だ。ファンタジーゲーム製作にその知見を援用するのは当然だろう。


「ヴェーヌスはそのように設計してある。……ただ、獣人アヴァロンなどと同様、初期設定・裏設定のままゲーム本編からは開発初期に廃棄された存在だ」

「だからなんだよ」

「未見の裏設定だ。お前が混乱するのも当然。しかも私にしても、ヴェーヌスのイベントまではなにも創っていない。キャラクター設定を終えたところで本編への収録を諦めたからな。だから、お前とヴェーヌスのイベントがどうなるかは、さっぱりわからない」

「無責任だろ。それでもゲームディレクターかよ」

「それについては説明しただろう。……ただ、これだけは言える」

「なんでもいい。ヒントをくれ」

「魂の呼び声に従え」


 なにか言葉が続くかと思ったが、CRは口を閉じたままだ。


「はあ? たったそれだけかよ」


 苛ついて、思わず声が大きくなった。


「俺の魂は、混乱している。どうしたらいいかわからないし、戦闘になれば、体力技術に優れ、しかも切り札として魔王直系魔法まで持っているヴェーヌスに対し、勝ち筋が見つからない」

「お前の魂とは限らない」


 アルネ・サクヌッセンムは、そう言った。なにを聞いても、もう答えてくれなかった。


「くそっ」


 毒づいて俺は、CRに背を向けた。


「結局、自力で解決しろってことかよ。人のことを勝手に駒扱いしといて、フォローが薄いぜ。こんな塩サポートだと、ゲーマーがみんな暴れるだろ。バグゲーってだけでも大荒れだったのに」


 捨て台詞を残し、その場所を後にした。みんなが待つ出口に向かい。一歩……二歩。


「モーブ様」


 背後から声が掛かった。アルネではない。少女の声だ。


「……CR、お前自身なのか」

「はい」


 無表情ではない。俺を思いやる心が、顔に満ちている。


「マスターは私に魂を下さいました。魂とは、意識無意識を包括し存在そのものからあふれてくる、一番大事なものだと仰って」


 俺の手を、そっと握ってきた。ミドルウエアというから感情レスのロボットのような存在かと考えていた。そもそも自分の意志で話せる存在とも思ってはいなかったし。だがCRの手は柔らかく、温かかった。


「モーブ様からもヴェーヌス様からも、温かな魂を感じ取れます。ヴェーヌス様は、トリックスター。プレイヤーたるモーブ様を混乱させる役割ですが、それと同時に思いもよらない道へと、主人公を導くキャラクターでもあります。ふたつ……いえ幾つかの魂が真に触れ合うとき、解決の道筋も見えてくるでしょう」


 魂だと……。


 ふと、いつぞやの巫女カエデの言葉が蘇った。ヴェーヌスに関する情報など不要、魂を掴め――と。


「参りましょう、モーブ様。皆様がお待ちです」


 CRは進み始めた。俺の手を、しっかり握ってくれたまま。


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