9-3 世界創造の秘密
「この世界はなモーブ、死の瞬間に私が創造したんだ。アドミニストレータではなく、私が」
「ちょっと待てよ、アルネ」
思わず口を挟んだ。おかしい。矛盾ありまくりだ。
「あんたはこの世界の在り方を変える戦いをしているんだろ、今。アドミニストレータ相手に。おかしいじゃないか」
「モーブの言うとおりよ」
マルグレーテも参戦してきた。
「この世界をあなた――アルネ・サクヌッセンムが作ったというなら、そのときに自分の好きな世界に作れば良かったじゃないの。なんで今になって世界の姿を変えようとしているの」
「それはなマルグレーテ、私が心の底まで社畜だったからだよ」
「社畜って……一所懸命、真面目に働く人のことだよね」
ランが口を挟んだ。
「モーブが教えてくれたよ」
「そうだな、ラン」
愉快げに、アルネはランを見た。我が子を見るような視線で。
「モーブ、お前は優しいんだな。自分の辛い過去でランが傷つかないように、そう説明したのか。……私が創造したキャラクターを大事にしてくれて、ありがとうな」
「それより、疑問に答えてくれ」
「社畜にとって、仕事とはなんだ、モーブ」
質問に、アルネ・サクヌッセンムは質問で返してきた。
「それは……」
突然尋ねられて、頭の中を色々な言葉が飛び交った。「奴隷」「重荷」「飯の種」「クソ業務」「嫌な上司」……どれもこれも、気持ちにしっくりこなくて消えてゆく。
「その……生きがいかな」
最後に残った言葉を、肚の底から押し出した。
「そうだよ。そのとおり」
我が意を得たりと、頷いている。
「私もそうだった。……きっと私は、もっと開発を続けたかったんだ。だから……元のゲームのままに、この世界が出来上がった。つまり仕事への執着だよ」
この世に未練のある死者が、幽霊になる。あれと似た感じだな。やり残した仕事がどうしても気になって、ゲーム世界が生成されたんだろう。
「なら、今更変える理由について教えて下さい。今更……というか、もうこの世界の歴史――つまりゲーム内時間にして――何百年も、アドミニストレータと戦っているんでしょ」
リーナ先生も、首を傾げている。
「この世界はなリーナ、私の仕事フィールドであると同時に、私を苦しめた業務の象徴でもあるんだ。世界を創造し、様々なキャラクターを配置した。……だが同時に『アドミニストレータ』という想定外の存在が生まれてしまい、私は驚愕した」
「ちょっと待てよ。アドミニストレータってのは、この世界と同時に生まれた。現実世界には影も形もない存在だってのか」
「ああそうだ、モーブ」
「アドミニストレータは現実世界から関与してこの世界に君臨するゲーム運営だと、俺はてっきり思っていた」
これまでの想定が崩れ去り、俺の頭は混乱した。この世界はアドミニストレータが創造したんじゃないのか……。この世界と同時に魔王をキャラメイクした。だから魔王に貸しがあり、あの地下でアルネ・サクヌッセンムにリモート接触しようとしていた――そう、俺は考えていたのだが……。
「アドミニストレータが生まれたのは、想定外の事態だったんだな」
「厳密に言えば、私の無意識が生み出した、言ってみれば『イドの怪物』という奴だな」
「井戸に住んでる怪物? そんなのあったっけ」
「『イドの怪物』というのはねレミリア、自分でも制御できない、無意識が生み出すモンスターということよ」
マルグレーテが解説してくれた。
「そういうことだ……。アドミニストレータはな、私を苦しめた上層部や経営陣の象徴として生まれたんだ。だから『管理者』。名前のとおり、全てを管理する。がちがちのシナリオだけを善しとし、そこから外れるものやバグを潰して回る。言ってみれば独善的な正義を振りかざす、厄介な自警団だよ」
「なるほど」
そういや、あの「魔王の影・アドミニストレータ」戦で、アルネの声はアドミニストレータのことを「私の鏡像」と呼んでいた。そういう意味だったのか……。
「アドミニストレータが象徴する理不尽な上司やプレッシャーと戦い、ゲーム世界の解放を実現する――。それがこの私、転生開発者アルネ・サクヌッセンムの、レゾンデートルなんだ」
「おでんがなんだって?」
「レゾンデートル。存在意義のことよ、レミリア」
「へえーっ。おいしそう」
「食べ物じゃないわよ」
いやレミリア、いちいち入ってくんな。今大事なところだ。マルグレーテも適切な解説&ツッコミ、ご苦労。お前らコンビ組んで異世界M1に出場しろ。
「つまりアルネ、あんたは自分の作った世界を管理する連中と戦い、世界の解放のために動いてるってわけか」
「そういうことだ、モーブ。……そしてヴェーヌス」
「なんだ」
「お前がまくし立てた疑問への答えが、ここにある」
「……続けろ」
「まず私の正体。これは今言ったとおり、この世界の創造者だ。アドミニストレータは、私が生み出した幻影の抑圧者。私達が対立しているのは、抑圧者から世界を解放することで、私自身の心も牢獄から解き放たれるから。そして魔族の本能な……」
改めて、ヴェーヌスを見つめ直した。
「それは、この世界がゲームだからだ。人間と対立すること。それはプレイヤーの敵役として、魔族が造形されたから。魔族本来の意志と無関係に……。暴力的に、無理矢理押し付けられた役割だ」
「……くそっ」
ヴェーヌスは毒づいた。
「あたしらは皆、運営の奴隷なのか」
「悪いがそうだ。馬鹿らしいと思わないか。魔族でも人間でも、自分の思うがままに好きに生きるべきだ。お前もぜひ、アドミニストレータとの戦いに協力してほしい」
「……」
ヴェーヌスは答えなかった。
「そしてヴェーヌス、魔族なのにお前が人間への敵対意識を持っていないのは……」
「もういい」
ヴェーヌスは遮った。
「そこまではお前に訊いていない。……それに冥府で母上に会ってわかった」
「そうか……ならまあいいか」
俺に向き直った。CRが、またカップに茶を注ぐ。
「私がこうして車椅子生活になったのは、世界創造に魂のほとんどのエネルギーを吸い取られたからだ。ミドルウエアが動作していてくれて、正直助かった」
車椅子の握りに置かれたCRの手を、後ろ手で優しく撫でた。
「これで全部話したかな……」
また茶を口に運ぶ。
「まだだ。イレギュラーの謎を聞いてない」
「そういえばそうか。悪かったな、モーブ……」
謝罪すると、アルネ・サクヌッセンムは話し始めた。「イレギュラー」と呼ばれる存在の秘密を……。




